三年間限定の公爵夫人 ~転生したと言い張る旦那様は私を幸せにしたいらしい~
有木珠乃
第1話 公爵様は変な人
「契約結婚……ですか?」
突然デーゼナー公爵様に言い渡され、私こと、ルエラ・レビは驚きのあまり、固まってしまった。
だって、今日初めて会った人に、契約結婚を申し込まれたら、誰だってそうなるでしょう。
しかも面識がない上に、格上の貴族から突然、邸宅に来てほしいという招待状を貰って来てみれば、契約結婚?
この招待状だけでも、断ったらどうしよう。宛名を間違えて送られてきたんじゃないかってビクビクしてやって来たというのに。
そもそもこのドニ・デーゼナー公爵様は、この国の貴族令嬢なら、誰もが結婚したいと思うほどの人物だ。
青い髪から覗く金色の瞳は美しく。その整った容姿から権力まで、すべてを兼ね備えている、といっても過言ではない。
何か事情があって契約結婚をしたいというのなら、募集すればいいのよ。そしたらホイホイと令嬢が釣れること、間違いないのに。保証してもいい。
それなのに、何故こんな冴えない子爵令嬢如きの私に求婚を?
私は思わずテーブルの上にあるティーカップを見つめた。
うん。どこからどうみても、一般的な顔だわ。加えて特徴のない薄茶色の髪の毛に、黄緑色の瞳。これを地味といわずに何というのだろうか。
さらに、我がレビ子爵家と婚姻を結んでも、デーゼナー公爵様には何のメリットもない。
「あぁ。半年……一年は無理か。う~ん、三年! そう、三年の間だけ僕と結婚してほしい」
デーゼナー公爵様は、私の反応などお構いなしに言い放った。それもプロポーズを!
「ルエラ・レビ子爵令嬢。ダメだろうか」
「ダメ、といいますか。なぜ私なんですか? 契約結婚なら他の……令嬢でもいいと思います」
もっと綺麗な、という単語は飲み込んだ。折角求婚してくださっているのに、そこまで卑下するのは、相手にも失礼だからだ。
「他の令嬢ではダメなんだ。レビ嬢じゃなければ」
「……ではせめて、契約結婚の理由を教えてもらえませんか? 爵位でも分かるように、我がレビ子爵家は、デーゼナー公爵家と婚姻を結べるほどの家柄ではありません」
「まぁ、そうだね。それによって、レビ嬢には苦労をかけてしまうかもしれない。でも僕は、レビ嬢を幸せにしたいんだ」
「え?」
な、な、何を仰っているの、この人は⁉
「あの、確認なんですが、私たち、今日が初対面ですよね」
「うん。一応ね」
「一応、ですか?」
「うーん。レビ嬢にとってはってことだよ」
どういうことだろう。
けれど、デーゼナー公爵様の不可解な発言は、それだけに留まることはなかった。
「分かった。納得がいかないのなら、一目惚れってことにしておこうか」
「デーゼナー公爵様が、ですか?」
取って付けた理由でも、一目惚れはあり得ない。
「そう。ダメかな?」
「……ダメといいますか、周りの令嬢方は納得されないと思います」
「あぁ、そうか。レビ嬢はそういうのを気にする設定だったね」
「設定?」
「あぁこっちの話だから、レビ嬢が気にする必要はないよ」
やはり、雲の上の方ともいえる公爵様の考えなど、子爵令嬢の私には理解できない領域なのだろう。
私が頷くのを確認すると、デーゼナー公爵様は話を続けた。
「でも、僕との婚姻で、レビ嬢にあらぬ噂を立てられるのは本意じゃない。だから、こういうのはどうかな。レビ嬢は色彩に関することに詳しいよね」
「えっ、あ、はい。ほんの少しですが……」
「謙遜することはないよ。僕はそれに助けられた、ということにするのは、どうかな?」
「い、意味が分かりません」
もしかして、この方は私の秘密を知っている……?
その心情を読んだのか、デーゼナー公爵様は私に微笑んで見せた。
「怖がらないで。僕はそれでレビ嬢をどうにかしたい、というわけじゃないんだ」
「……何のことを仰いるのか、サッパリです」
「うーん。ここまで話すつもりはなかったんだけど、一週間前、首都にある本屋で、誰かと話さなかったかい?」
一週間前? 本屋?
「あっ、えっ、でも……」
「信じられない? あの時が、僕たちの初対面だったんだよ」
デーゼナー公爵様は、いたずらがバレた子のように笑って見せたが、私はそれどころではなかった。
だってあの時、私が声をかけたのは、老齢な紳士だったからだ。
「あれは、いえ、あの方はデーゼナー公爵様だったというんですか?」
「うん。そう」
「何故?」
「この姿で街中に繰り出すのは危険だからね」
確かに。世の令嬢が放っておかないのと同時に、権力に群がる者たちもまた、デーゼナー公爵様を見かけると、声をかけるのだ。
お近づきになりたくて。
私は大変だなぁ、と思いつつ、一週間前の出来事を思い出すことに専念した。そこに、契約結婚を申し込む、理由が隠されていると思って。
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