第4話 1年生 4月 学校編3 佐々木翔馬

 教室にはすでに半分くらいの時間生徒がいた。みんな緊張しているからなのか喋っている人は少なく、ほとんどの人が机に座っていた。


「楓!優夜!」


 自分の机に向かおうと見渡していると声をかけられた。声の聞こえる方に顔を向けるとこっちに歩いてくる小柄な男性がいた。


「翔馬!」


「お前もこのクラスなのか!?」


「そうだよ!めちゃくちゃ驚いた!まさか2人とも同じクラスなんて思わなかった!」


「こっちのセリフだよ。いるのは知っていたけどまさかね」


「この1年めちゃくちゃ楽しくなりそうだ!なあ、楓!」


 こいつは佐々木翔馬。中学3年生の最後の中体連の県予選で対戦した。最終Q残り4分。30点差がつき勝負あった試合にあいつだけが諦めていなかった。当時163cm(大会パンフに書いてあった)で所謂チビだったが彼の情熱溢れるプレイで20点差まで縮まった。


 そして試合終了後、帰る前に俺はあいつの元へと行った。


「優夜、帰らないの?」


「悪い、用事が出来た!先帰ってて!」


 楓に不審がられたがそんなことよりも早くあいつと話をしたかった。

 彼のチームメイトに居場所を教えてもらい彼の元へと辿り着いた。そこにベンチに腰をかけ休んでいた彼がいた。


「なあ、佐々木くんだよね?」


「そうだけど?黒瀬くんだよね」


「俺のこと知ってるんだ」


「まあ、俺らの世代じゃ知らない人はいないでしょ。未来のスーパースター黒瀬優夜、

清嵐楓の2人を」


 話していると彼の目が赤く腫れていることに気づく。


「ごめん、邪魔したかな」


「ん?ああ、大丈夫だよ。全力でやった結果だ。初めて県大会まで進んで2回戦で君たちに当たった。勿論、悔しいよ。とっても。」


「……」


 そう言って彼はタオルで顔を拭く。


「でも、嬉しくもあったんだ」


「嬉しい?」


「うん。俺はこの身長だし、ドリブルは苦手、左手のハンドリングもない。外のシュートも苦手。俺に出来るのはディフェンスと誰よりも早く先頭を走ること。体力と根性だけが取り柄だから。でも、勝てなかった」


「……」


「結局、20点差つけられたし、最後の1分で足攣ってコートを離れたし。」


 彼は少しだけ涙を流した。そんな彼を見て俺は何も言えなかった。こうして試合終わったあと誰かと話すことがあまりなかったから。そして、負けることがどれほど辛いのかも全くじゃないけど分からなかった。



 俺は公式戦で負けたことがなかったから。


「それでも、君たち相手に全力を出せたことがすごく嬉しかった。初めて3Pが4本も決めれたんだ。自分たちの得意な形でゴールを決めれた。普段、自分勝手だけどアシストも出来た。仲間のために体も張れた。初めて30点も点が取れた。」


 彼がどれだけバスケに向き合ってきたのか。どれだけ嬉しかったのか。そして、仲間のために頑張れるのだと知った。

 代表活動もしていた俺にとっても初めてだった。これだけバスケを愛し、これほどまでに嬉しそうに話すのを。


「そして、君たち2人にブロックできたこと。真っ向から点を取れたこと。この2つが1番嬉しかった」


 彼は試合時間の全てを俺と楓を相手にディフェンスした。しかし、体格に差があり彼を抜くことは難しくはなかった。それでも嫌なディフェンスだった。

 自分より身長が低くても優秀な選手はたくさんいた。彼より高く、優秀な選手はたくさん見てきた。けれどもこんなにも差があるのに彼は諦めずに挑んでくる。普通なら諦めるような状況でも。そして、楽しそうにプレイしているのも。

 仲間が点を取れば喜ぶし、点を取られても鼓舞し続けた。彼のチームで誰よりも声を出していたのは間違いなく佐々木だった。


「後悔がないわけじゃないよ。それでも嬉しかった。確実に言えるのはこの日、誰よりも楽しんだ。」


 彼の真っ直ぐな言葉、目に嘘はないことは分かった。だからこそ俺は彼と一緒にプレイしたいと思った。


「そっか。俺も全力を出して戦えたこと誇りに思うよ。高校はどうするつもりなの?」


「まだ考えてなかったなぁ。まあ、地元の高校に進学するかなぁ。黒瀬くんはいろんなところから推薦きてるでしょ?それとも海外?もしくは、あの話の通りなの?」


「うん。あの話の通りだよ。今はプロとかNBAとか考えてなくて自分の行きたい高校に行って楽しみたいんだ」


 代表活動していると記者さんからプロや海外を目標にしてますかという質問があるが俺はそこまで興味がなかった。興味がないというより自分の人生を好きなように楽しみたい思いが強く、あまり考えていなかった。


「勿体無いなぁ。やっぱりいろんな人に言われたりするの?」


「そうだね。言われたりするけど俺の人生だから好き勝手やるつもり」


「そっか笑。なら応援してるよ。1人のファンとして。」


 そう言って俺たちは時間を忘れて会話を楽しんだ。こんな風に楓以外と話せたのは久しぶりだった。

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