選ばれるべき人間
三鹿ショート
選ばれるべき人間
目が覚めた私の眼前には、複数の人間が床で眠っていた。
いずれも首輪のようなものが装着され、床から飛び出した輪と足首が鎖で繋がれているために、満足に動くことは出来ないだろう。
だが、私には何の拘束も施されていなかった。
私と彼らの差異は何なのだろうかと考えていると、私の近くに一冊の本が置いてあることに気が付いた。
他にするべきことも無かったために、内容に目を通していく。
そこで、私は思わず本の内容と眼前で眠っている人間たちとを交互に見やった。
本に記載されていた内容とは、眼前で眠っている人間たちが犯した罪の数々だったのだ。
外見からはそのような罪を犯すとは想像することもできなかったが、人間というものはそういうものなのだろう。
誰もが偽りの姿で生きているのだ。
そんなことを考えているうちに、人々が目覚め始めた。
拘束されていることに驚き、困惑した後に、唯一無事である私に疑問を発していくが、私もまた何故このような状況に陥っているのかは不明である。
それを説明しようとしたところで、室内に声が響き始めた。
加工しているために、声の主の性別は不明だが、私を含めた全員が、その発言に驚きを隠すことができなかった。
それは、私が生き残るべき人間を一人だけ選択するというものだった。
私が不必要だと決めた人間は、即座に首輪が爆発し、その生命活動を終了させることになる。
ゆえに、自分がいかに生き残るべき人間なのかを私に主張する必要があるということだった。
何故、私が他者の生命を左右する立場と化したのだろうか。
同時に、私の一言で一人の人間の生命が失われることに、果たして耐えることができるのだろうか。
そこで、私は選ばなければ良いのでは無いかと考えた。
無事である私だけでも逃げ出し、外に助けを求めに向かえば良いのではないか。
しかし、そのようなことを考えることは想定されていたようで、私を含めた二人にならなければ扉が開くことは無い仕掛けになっている上に、時間制限というものが存在していないということだった。
つまり、私が選ばない限り、私の生命もまた危ういということである。
そのことに気が付くと、私は腹をくくることにした。
私が戻らなければ、自宅で待っている彼女が永遠に独りとなってしまうからだ。
彼女に寂しさを覚えさせるわけにはいかない。
そのために、私は彼女と共に生活することを決めたのである。
私は深呼吸を繰り返した後、頬を強く叩くと、眼前の人々に向かって告げた。
「では、自分が生き残るべき人間であるという理由を主張してください」
***
一人は、医師だった。
多くの人間の生命を救う立場であるために、その職業の人間はこの世界に必要な人間であることは、疑いようもない。
だが、手元の本によると、眼前の医師は昏睡状態の患者に手を出して、己の欲望を満たしているらしい。
そのような獣が、生きている必要があるのだろうか。
***
一人は、教師だった。
道を誤った多くの生徒を正しい方向へと導いた結果、中には大企業に就職した人間が存在しているらしい。
しかし、手元の本によると、弱みを握った生徒を空き教室に呼び出しては関係を持ち、卒業した後も脅し続けているらしい。
そのような獣が、生きている必要があるのだろうか。
***
その他の人間たちもまた、一見人格者だが、実際のところは邪悪な存在ばかりだった。
私がその罪を指摘すると、決まって口を閉ざしたかと思えば、言い訳めいた言葉を並べていく。
誰もが生き残るに相応しい人間では無いと考えていたが、唯一、何の罪も犯していない人間が存在していた。
それは、貧しい育ちながらも罪を犯すことなく懸命に働き、今では妻と子どもを持っている普通の男性だった。
涙ながらに家族の元へと帰りたいと願うその男性について、手元の本には何の罪も記載されていなかったのである。
ゆえに、私はその男性を生き残るべき人間として選んだ。
その直後、男性以外の人間の首輪が爆発し、多くの人間の生命が失われた。
床に倒れていく首の無い死体と、段々と広がっていく赤い液体に戦いていると、不意に男性の首輪が自動的に外れて床に落ちた。
それと同時に扉が開いたため、男性は涙を流しながら私の手を握り、感謝の言葉を口にすると、開いた扉の奥へと駆けていった。
残された私は、転がる死体たちを見ながら嘔吐した。
たとえ罪を犯していたとしても、私はこのわずかばかりの時間において、多くの人間の生命を奪ってしまったのである。
その現実に耐えることができないということは、私は真面な人間であるということの証左なのだろうが、私もまた、罪を犯したことには変わりない。
何故、私が選ばれたのだろうか。
人間の生命がいかに大事であるのかということを伝えるためなのだろうか。
それならば、ここまでのことをされなくとも、理解している。
私は、このような場を用意した相手に呪詛を吐きながら、扉の先へと向かった。
***
帰宅した私は、彼女に事の全てを語った。
彼女は私の犯した罪を責めることなく、無言で私の話を聞き続けた。
彼女が無言を貫き続けたのは、今回の件において、正解は何も無かったということなのだろう。
あのような場を用意した人間がそもそもの悪であり、私は運悪く選ばれてしまっただけなのだ。
そして、あの場を抜け出すためには、悪人を罰するしか方法は無かったのである。
ゆえに、私は加害者であり、被害者である。
だからこそ、彼女は何も告げることなく、黙って私の話を聞いているのだろう。
だが、そろそろ口を開いてくれても良いのではないだろうか。
彼女と生活を共にしてから数年が経過するが、未だに一言も発してくれない。
もしかすると、喧嘩をした際に首を絞めてしまったことを怒っているのだろうか。
選ばれるべき人間 三鹿ショート @mijikashort
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