第7話 初めての町はジジルです
日が傾きかけた頃、目的の町につきました。
人の町や村はそれぞれ規模は違いますが魔物から身を守るために周辺をぐるりと高い壁で囲い暮らしの安全を保証しています。
魔王が眠りについている間でも魔物は棲息していますから、人と魔物の戦いは無くなることはありません。囲壁には門が設置されそこを通るには検問があります。ロータルの暮らしていた村にだって検問はありましたよ。勿論住んでいる住人は顔パスで通れますけど旅人は違います。
「少し並んでるな」
エアハルトがちょっと面倒くさそうに言いました。二人いる門番の前には五、六人の旅人と最後尾に荷馬車が一台列を作っていました。
「なんだコイツ?」
門番の一人がエアハルトが連れているロープで繋がれた泥棒に気が付き近寄ってきました。
「こいつは盗っ人だ。儂の荷物を盗って行った所をこの若いのが捕まえてくれたんだ」
ネーポムクが説明すると門番はあぁと頷きピュッと短く指笛を鳴らしました。すると町の中から二人の男が出て来て泥棒を引き渡しました。
「俺はこの町の自警団の者でカルロという。調べてからまた連絡したいんだがいいか?」
「あぁ、構わん。ついでにどこから安く休める場所はないか?」
ネーポムクがカルロに尋ねると村の南端に旅人用の無料の広場があると教えてくれました。
「その前に身分証を出してくれ」
カルロは私達を門の側に置いてある机に連れて行くと手を差し出しました。
人の世界にはギルドというものが存在しそこへ登録すると証明書が発行される。ギルドには冒険者ギルドと商人ギルドの二種類があり、大概の大人はそのどちらかに登録しているのです。
登録には魔道具という魔物からとれる魔石を利用して作られた道具が使用されそこへ血を登録する事で完了するらしいです。
ネーポムクとエアハルトが当たり前のように登録カードをカルロへ渡しました。そして二人は私を振り返りじっと見てきます。
「あの……持ってない」
ロータルは家族に邪険に扱われているだけでなく当然十六才で成人していれば持っているはずの登録カードすら与えられていませんでした。
「ええっ!そうか、そこまでか」
エアハルトが深いため息と共に首を振っています。
「こいつは儂の弟子なんだが住んでいた村から逃げて来たんだ」
虐待され逃げて来たなんて話しても良いんだろうか?まさか早々に馬鹿兄達の事で捕まるなんてことは……まぁ、捕まりませんけどね。
「そうか、それは気の毒だが町の決まりでカード無しじゃ通せ無いんだ。即座に登録してもらえればいいんだけど手数料がかかる」
カルロが私の姿を気の毒そうな目で見てきます。どう見ても金があるようには見えないんでしょうね。
「いくらかかるんですか?」
「一万ルブだ」
それって千ルブより多いですよね。
私はズボンのポケットに入っているコインを取り出した。例のニケからもらった餞別です。
「それっぽっちか」
ネーポムクが嫌そうに顔を歪めました。
「いいよ、俺が払ってやる」
なんとエアハルトが残りの九千ルブを出してくれるそうです。流石勇者候補!
「貸してやるだけだからちゃんと返せよ」
だそうです。世の中甘くないですね。
「勿論だ、ギルドに登録すれば仕事が出来るんだろ?」
私は生まれてこのかたお金の為に働いたことがありません。魔王なんで欲しい物は力尽くで奪えばいい。住む場所も、世界も。そんな私が人に金を借りてそれを返すために働くだなんて、長生きはするものですね。ちょっと楽しみです。
「登録したからって直ぐにいい仕事が出来るわけないだろうが、まぁ頑張ることだ」
カルロは私とエアハルトから金を受け取り、門に隣接された建物の中へ連れていきました。
「じゃあ、ここに名前を書いて。それからここへ血判を」
言われるままに机の上にある紙に名前を書きそこへ渡されたナイフで指を少し傷つけ血判を押しました。この紙は魔道具でそれを他の魔道具で登録すると完了らしい。こんな道具を使っているとは凄いな、人類!もしかして魔道具を使って魔王を倒したのでしょうか?
因みにロータルは字が書けませんでしたが私は大丈夫です。魔王って長生きしてるだけあって人類の読み書きもばっちりです。
「登録のダブリも無いし、初回で間違い無いな。では改めて、ようこそジジルへ」
やっと町へ入れたがすっかり日が暮れていました。
私はこの旅で初めて人が住む町へ入ったんです。これまでは魔王の攻撃や魔物によってぶっ潰された町しか見たことが無かったのでこれが原型だったのかとちょっと感動しました。
暗くなったとはいえ食事をする店や屋台等が通りに並び道を照らしています。門番に聞いた通りを南に歩いて行くと一際大きな建物に近付いていきました。石造りで頑丈そうな三階建ての立派な建物はどうやら冒険者ギルドのようです。他の民家は殆どが二階建てなのできっと多くのお金をかけて作られたに違いありません。ギルドって儲かるんですね。
ギルドの横の道を通り奥へ進むと少し拓けた場所に出ました。ここが無料の広場のようです。
広場には私達の他にも人が居て、テントを張っている者や馬車を止めている者、地面にそのままシートを敷いているだけの者などが各々好きな場所に留まっているようでした。
私達三人も他の人達と距離をとれる場所を見つけそこに腰を落ち着けることにしました。
「あぁ、腹が減ったぞ。ロータル、肉」
ネーポムクが偉そうに私に要求してきます。もちろん肉なんてもう持って無いしこれから狩りに行くわけにもいかないようです。夜は門が閉じられ明日の早朝まで余程の事情がなければ出入り出来ないそうです。こうして人類は魔物から身を護っているんですね。ま、この辺りにうろつく魔物は下っ端中の下っ端ですからこれくらいの護りでなんとかなるのでしょう。魔王ならワンパンです。
こんなことなら昼間の内に狩りをしておけば良かったです。二人共何も言わないから気にしていませんでした。
「いいよ、今夜は俺が何か買ってくる。ただし文句いうなよ、俺だって金は無いんだからな」
エアハルトが笑顔でそう言って一人で買い物に行きました。お金も出して自分が買いにいくなんて、本当にお人好しの勇者候補ですね。
私が少し呆れているとネーポムクがゴロリと横になりました。
「お前は補助魔法の素質があるようだな。考えてみれば初めての魔法が"身体強化"だからな、当然か」
攻撃魔法の一番多く普及している魔法は火魔法です。一番原始的で一番操作しやすいので、魔王が木っ端分身を作る時も火魔法を装着します。付けるのも単純で使うのも簡単。それは人の場合でも同じだったのかネーポムクが最初に試すように指定してきたのは火魔法でした。
それと同じ様に"身体強化"は補助魔法でも簡単な方です。だから突然魔法が使えるようになって無詠唱でも使えたということだろう、と思っていたんでしょう。
「そうか、補助魔法って何があるんだ?」
もちろん私は知っていますけどロータルは知りませんから聞いておきましょう。
「補助魔法は攻撃魔法以外の全ての魔法の総称だ」
そうそう、攻撃魔法は火、水、土、風、雷ですね。それはいつも右手の仕事で
「身体強化、回復なんかがここに入る」
「じゃあ俺は補助魔法を使えてネーポムクは攻撃魔法を使えるってこと?」
小枝に火をつけてましたからね。勿論その前から漂う雰囲気でわかってましたよ。
「まぁ、ざっくり言えばそうだが儂は身体強化は使える」
…………は?なんですと?
「身体強化は補助魔法だろ?攻撃魔法師なのにどうして?!」
ビックリし過ぎて理解が追いつきません。攻撃魔法師が身体強化を使えるなんて勘違いではないでしょうか?
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