第5話 旅は道づれです
「お前は何も知らないようだがその割に物怖じせんな」
ネーポムクは私が焚き木を拾っていても手伝うわけでもなくフラフラついて来ます。ちょっとは気遣って拾ってくれてもいいのではと思うのですが。
「それって褒め言葉なのか?」
「人は経験すればするほど起きる事柄の先が読めて驚かなくなったり先手をうったりするもんだ。だけどお前はなんだか違うのう」
ネーポムクの言葉はよくわかりませんが、兎に角私は何かを疑われているようです。
「魔法を突然使える様になったと言ったな。初めて使った魔法はなんだった?」
ロータルの体で初めて使った魔法は確か盾の魔法です。これをこのまま話していいのでしょうか?私にとって魔法というのは自分の手足を動かすように何も意識せず使えるものですが、人類の魔法師は訓練を重ね成長していくものだったはず。ここでは素人臭く行動したほうがいいのでしょうが……
「あの時は一番上の兄が俺を木に押しつけて腹を思いっきり蹴ってきたんだ」
ありのまま話す方が良い気がしますね。嘘が見破られそうです。
「内臓を痛めて死んでもおかしくないの」
「その前も木に向かって投げつけられた後だったから実はあまり覚えて無いんだけど、痛いのは嫌だって思ってぎゅって体に力を込めたんだ」
ネーポムクはなるほどという感じで頷きました。
「恐らく身体強化か盾の魔法だな。その後は?馬鹿兄達に怪我させたんだろ?」
「結果的にそうなったというか、兄が俺のせいで足を怪我したって叫んでたから怖くなって思いっきり突き飛ばして逃げて来た。悲鳴みたいなのが聞こえてたからきっと怪我をしたと思う」
これで事故っぽく感じるでしょう。
ネーポムクはじっと私を見ながら何かを考えているようです。
「お前はやっぱり変だな。見てろ儂が今からこの枝を燃やすから」
そう言って足元の小枝を拾い上げ私に突きつけてきました。
「"燃えろ"」
話す時とは少し違う声色に小枝は瞬時に燃え上がり直ぐに燃え尽きハラリと灰が舞い散りました。
「凄い、ネーポムクは攻撃魔法が使えるんだ!」
わかってましたけどね、ここは驚くべき所でしょう。
「ふん、それはいい。今ので儂とお前の違いがわかるか?」
「攻撃系と身を守る魔法の違いか?」
「違う、詠唱してるかしてないかだ」
あぁっ!!やっちゃいました。
人類は魔法を使う時それに応じた詠唱が必要だったんです。痛恨のミスです、どうしましょう。
「そ、そうなんだ。俺って変なのか」
ここに来てやっちゃった感は否めませんが仕方がありません。この先のためですからここでネーポムクには静かに消えてもらうことにしましょう。胡散臭い感じが結構好きだったんですけどね。
そう思って彼に拘束魔法をかけようとしたのですが思いもよらない言葉が続けられました。
「無詠唱魔法はA級の魔法師よりも更に上のS級の魔法師に時折みられる技だと聞いた。お前が本当に初めて使った魔法が無詠唱だと言うんならもしかしたら恐ろしい程の潜在能力があるということかもしれんな」
「あ……そう、なのか?あんまりというか初めて聞いたぞ、そんな話」
魔王といえど世の理を全て把握していないことはわっていますが、魔法に関してはこの世の誰よりも理解していると思っていたのでかなり驚きました。それを人から教えられるとは……
「これはあまり知られていないし、真偽のほども確かめられていない伝説的な話ではある」
なんだおとぎ話か、脅かさない欲しいです。でも興味はありますね。
「恐らく魔物の中でも上級の奴らが攻撃魔法を使えるから人でも無詠唱で使うことが出来るんじゃないかと仮説を立てた奴がいたんだろう。詠唱する魔物なんか見たことないからな」
そりゃあね、あいつらは魔王が作った最下層の分身ですから作るとき最初に少し魔力を与えて一つの攻撃魔法だけを使うことが出来るように仕上げてます。魔王の力ですから無詠唱とか最初から意識してませんでしたけど。
「魔法の詠唱って決まりがあるのか?もしかしたら俺が偶然口にした言葉が詠唱になっていたのかも知れない」
変に優秀なネーポムクに目をつけられ無いようにちょっと足掻いてみましょう。駄目なら……仕方ないですね。やっぱり消してしまいましょう。
「詠唱の決まりか。確かに攻撃魔法なら"燃えろ"だの"凍てつけ"だの規模に合わせてそれなりにわかりやすい言葉が使われとるな。恐らく長い年月をかけて魔法師達が魔法を行使するのに的確な言葉が選ばれてきたんだろう。つまり言葉に魔力を乗せて放出すればいいんだから意識の問題なのかもしれんな」
ということは、私が自分の身を守りたいと思いそれに魔力が上手く乗った結果だ、と分析されたようです。私だってよくわかりませんからそれでいいでしょう。
「ネーポムク、出来れば俺に正式な魔法を教えてくれないか?詠唱の言葉も幾つか聞いたことがあるけどよく知らないんだ。俺のいた村には魔法師はいなかったから」
ロータルの育った村はド田舎だったのでもし子供に魔法師の素養があれば直ちに一家で村を出て都会へ向かいます。
村じゃただの便利屋扱いだろうけど、上手く都会で才能を伸ばすことが出来れば冒険者パーティに参加して大金を稼ぐ事が出来ます。
「教える、のぅ。果たして儂がお前に必要かの?」
「そりゃ必要さ、俺には魔力があるとわかったけど使い方はさっぱりだ。頼むよ、魔法師になれれば金を稼げる。このままじゃ何をして暮らしていけばいいかわからないんだ」
ここで項垂れれば同情を引けるはずです。
「今のままでも野ウサギも野ネズミも狩れるのだろ。生きていくにはそれで十分だと思うがの」
確かに。でも私はロータルの体で生きていく為だけにここにいるのでは無いんですよね。同情を引く作戦は失敗のようです。
ネーポムクは私の答えも聞かずにエアハルトの眠る焚き火のある方へ向かって歩き出しました。私は焚き木を抱えて彼の後を追います。
「頼むよネーポムク。俺にはこれしかない、他になんの取り柄も無いんだ」
ロータルの記憶の中にあるこの言葉、かなりネガティブな発想でちゃんちゃらおかしいです。殆どの人間は才能などありません。そして殆どの人が努力して何かを手に入れているのです。それくらい魔王にだってわかります。環境は悪かったでしょうがロータルにだってただ殴られる日々だけじゃ無くて出来ることがあったかも知れません。これまではチャンスが無かったといえばそうかもしれませんが、生きていればこの先にあったかもしれませんね。
ですが彼は殺されてしまいました。運が無かった、と人は言うのでしょうが、どちらにせよロータルは私にとってあまり好ましい男では無かったようですね。陰気すぎます。
ネーポムクは焚き火のそばに座り冷えた体を温めていました。まだエアハルトは眠っているのですからここで話しを続けるわけにはいきませんね。
仕方無く私は拾ってきた焚き木を黙って火にくべ、静かに座り火の揺らめきを眺めていました。
「儂は毎日肉が食いたい」
何もすることが無かったのでそうしていただけなのですが、ネーポムクが突然変なことを言い出しました。
「っ!う、うん」
人としてここは相槌を打つべきでしょう。
「働く気は無い」
「そうか」
まだ話は続くようです。
「無闇に人と交わる気もない、洗濯なんて以ての外だ。だが清潔でいたい、後は時々酒が飲みたい、金が入ったら馬車で移動がいいのう」
何やらツラツラと自分の思いを口にした最後にこう言いました。
「上手く仕上がった暁には儂が生きとる間ずっと金を寄越せ、大金でなくて構わん」
私を見つめニヤリとしました。
「何の話だ?」
疑問を口にするとネーポムクが怒ったような呆れたような顔をしました。
「ぶっははははっ!」
突然隣で眠っているふりをしていたエアハルトが笑い出しました。
「ロータルっ!それは無い!鈍過ぎだろ」
腹を抱えて転げるエアハルトに合わせて取り敢えず笑顔を作りハハッと笑いました。頬がピクピクするのは慣れていないせいですね。
「本当にわからないのか?!ネーポムクはお前に魔法を教えると言ってるんだよ。条件は真っ黒だけどな」
なるほど、そうだったのですか。凄くわかりずらかったですね。
真っ黒ってどういう意味でしょうか?
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