第4話 森で過ごしました

 焚き火を囲い夜を過ごしていました。捕らえていた男にも少しだけ肉を与えて温かい場所に置いてやっています。こんな奴どうでもいいですけどコイツを切っ掛けにエアハルトと親しくなれそうだと思えば無駄ではないでしょう。


「エアハルトは何処かへ行く途中か?」


 馬にも乗らず荷物もリュックが一つだけ。かなり軽装に見えます。冒険者ってこんな感じなんでしょうか?


「いや、あてのない旅をしてる。冒険者ギルドに登録してるけど一人だし、ランクはC級だ」


 パチパチと木が小さく爆ぜる焚き火に小枝を焚べながら微笑みを見せます。その話を聞いてちょっとおかしいなと思いました。

 冒険者ギルドというものがあり、そこでランク付けをしていることはロータルも知っていますがランクC級というのは下から二番目という事ですからエアハルトには当てはまらないはずです。

 魔法で鑑定した感じではそこまで弱く無いはずです。自分で気づいていないんでしょうか?ロータルの記憶によればギルドに登録しているなら依頼を達成する度にランクを測ることが出来るはずですから、測り忘れなんてことはないでしょう。冒険者ならみな上を目指すはずです。


「エアハルトは上級冒険者にはならんつもりか」


 隣で横になり目を閉じていたネーポムクがボソリと言いました。起きていたことはもちろんわかっていました。


「あぁ~、まぁ、そんな事は無いけど」


 エアハルトはなんだか濁した返事をします。それに少し困った様な顔も。


「俺はまだ冒険者になって間もないし、特に目的もない。待っている家族も無いから当分は色々な所を周るつもりなんだ」


 上級冒険者になればギルドから強い魔物の討伐とか何かと頼まれることもあるようです。それを面倒に感じているのかもしれませんね、勇者候補なのに。


「最近の若もんにしてはのんびりしとるの」


 ネーポムクはそう言いましたが否定的な意味は含まれていないようでした。きっと自分も本来の魔法師としての力を晒していない事も何か関係しているのかもしれません。


「はは……そうだな。それよりロータルは何をしてる人?」


 エアハルトが私に水を向けてきました。これは話を変えたいということでしょうか?


「俺は……」


 ここで変に誤魔化し疑いを持たれればこれから先に一緒に進めないかもしれません。


「家族に疎まれて村を出たんだ」


 エアハルトが驚きネーポムクが体をピクッと反応させました。きっと私が魔法を使える事はネーポムクにはわかっているはずです。彼もそこそこ使える魔法師ですから。


「どうしてそんな、いや、会ったばかりの俺達に話したくないか」


 エアハルトは遠慮して言ったようですがネーポムクがむくりと起き上がりました。聞く気満々のようです。


「いいんだ、赤の他人の方が返って話しやすいし俺も聞いて欲しい。これからどうすればいいのかわからないんだ」


 大きくため息をついて項垂れました。人というものは同情を引けば親切に接してくれるとロータルの経験でわかっています。ロータルはそれが嫌だったようですが今の私にはいい方法です。


「何があったんだ?儂はお前らよりは長く生きとるから色々と耳にしてきた。話くらい聞けるぞ」


 自分は私よりも上だと主張し、変に頼られても困るから話しを聞くだけだと言って好奇心を満たそうとして言質は取らせない。流石じじいですね。


「実は俺は男三人兄弟の末弟で……」


 そう言うとネーポムクがむぅっと少し疑いの気配を出しました。

 男兄弟の三男といえばどこの家でも居場所がないもののようです。虐待もありえますが私が魔法を使えるなら話が違います。

 魔法師はレアなものでありランクによってはかなり利用価値がありますが、私は自分の魔力を少しばかり隠してロータルとしてここにいます。あまりに無力だとこの先に利用価値が無いと思われるでしょうし、強過ぎても変に思われますからね。それでもそこそこの魔力量の持ち主だとネーポムクにはわかっているはずです。


「これまでずっと兄達に虐げられてきだんだけど昨日、急におかしな事が起きたんだ」


 私はこれまで殴る蹴るの暴行を受けてきたが昨日突然魔法を使えるようになり状況が一変したと説明しました。


「なるほどのぅ、それで、か」


 ネーポムクがまだ納得しきれていない感じだけど筋は通っているので頷きました。

 生まれた時から魔法を使えれば三男でも虐げられるはずがない。だけど突然魔法を使えるようになることは稀に起きる事実。そこを上手く話に折り込み疑いの目をそらすことが出来そうです。


「それなら魔法を使えるようになったと言って家族と話し合えば村に戻れるんじゃないか?もう殴られないだろうし」


 エアハルトが自分が殴られていたかのようにつらそうな顔をしています。上手く同情されたようですね。


「だけど、村を出る時に兄達に怪我をさせてしまったんだ。きっと怒ってる」


 奴らの死体はちゃんと隠してきたから見つかるはずは無いけれど、居なくなったと知れば私が疑われるでしょう。


「そんな村に帰る必要も無かろう」


 ネーポムクはそう言うとまたゴロリと横になりました。


「何言ってるんだネーポムク、争ったとはいえ家族がいるなら一緒に暮らすのが良いだろう。話し合えばきっとわかってくれるさ」


 エアハルトがネーポムクにそう話しましたが彼は鼻で笑います。


「はっ、そんな蜂蜜の砂糖がけのような事を。その家族はこれまでロータルを何年も虐待してきたのに急に変わるわけが無かろう。例え変わったとしてもこれまでの事を帳消しになんて出来るわけがない。ロータルの気持ちも考えてやれ」


 それを聞いてエアハルトはハッとし、そうだなと項垂れました。


「すまん、ロータル。俺には家族がいないから……」

「いや、いいんだ。だけどネーポムクの言う通り村には戻れない。戻りたくないんだ」


 これまでの事を思い出し気持ちが落ち込んだ、という風に俯いて顔を隠しました。今はまだ人として話したり、コミュニケーションを取ったりすることに慣れていない為その場に応じた表情を上手く出せていない気がします。こういう時は顔を見せない方が無難です。だってちょっと笑いそうです。


「今夜はゆっくり休めよ、ロータル」

「ありがとう、エアハルト。後で見張りを交代するよ」


 そのまま横になりエアハルトに背を向けました。視線の先で捕まえた泥棒の男がこっちを向いてヘラっと笑っています。殺してもいいでしょうか?いや、駄目ですね。結構良い感じに話が進んでいるんですから。




 深夜を過ぎたあたりで見張りを交代しました。エアハルトは旅慣れていない私に大丈夫だから寝てろと言いましたが無理に交代してもらいました。もしかしたら私が上手く見張りが出来るか不安だったのかもしれません。初めて村の外に出たと思っているでしょうから。


 ここは街道から少し脇へ入った木陰です。

 辺りはまだ暗く、街道にも森の中にも人影は我々以外にありません。

 時折離れた所で野ネズミがカサリと音を立てて木の葉を蹴散らし走っていきますがこちらへ来ることはありません。

 私はネーポムクに気づかれないように魔力を薄めて森へサーチをかけてみますが危険な動物も、強い魔物もいません。まぁ、私より強い魔物なんていませんが。

 見張りの必要はありませんが手元を見ると焚き木が少し足りないようです。夜明け前にはまだ時間がありますが冷たい空気が地面から立ちのぼって来るようです。

 仕方なく近くをまわり焚き火用の木を探すことにしました。どうせ暇ですしね。

 皆が眠る側の焚き火が見える範囲内の小枝を拾い集めていました。あまり離れるのは良くないでしょう。

 ロータルの記憶によれば焚き火にはよく乾いた細すぎない枝がいいようです。細すぎる木は一気に燃え上がり直ぐに燃え尽きるようですね。人類は色々な事を考え学びながら生きている。ロータルの記憶の中でさえ私の知らない事があるのですからきっと他にも面白い事を知っているのかもしれません。


「お前は変わりもんだの」


 もちろん気づいてましたがネーポムクが私の背後にそっと近づき声をかけてきました。


「眠れないのか?」


 焚き木を拾いながら振り向きもせず答えました。


「歳だからな、若い頃と違って眠りが浅くて夜中に何度も目が覚めて朝までは眠れないんのだ」

「そうか、人は年を取ると段々と変化していくんだな」


 眠り一つもままならんとは、人類も大変ですね。ちなみに魔王はほぼ眠りません。休息はとるけど意識が無くなるなんてことは起きません。

 だけど勇者に倒された時は一時的に意識を失いますから、きっとアレが魔王の眠りなのでしょう。







 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る