第3話 偶然を装います
念のため街道ではなくその脇の森の中を歩き数日経ちました。
探索魔法で探れば人の目に触れる事無く街道を行く馬車や人を感知できるので勇者候補のエアハルトが通ればわかる位置にいます。勇者候補には特別な印をつけておきましたからね。
それに森の中には小動物がいるから狩って食料にすれば丁度いい。ロータルはガリガリですから。
魔法で気配を消しながら徒歩で進んで行き野ネズミや野ウサギなんかを見つけると拘束魔法で捕まえクイッとくびり殺し、そこらの蔦で束ねて担いでいきました。こういう時に攻撃系の魔法が使えないのは不便ですね。
おおよそこの三百年、魔王は活動を停止していました。
前回勇者に倒されてから復活までちょっと時間がかかってしまい、最近やっと分身を作れるまでに回復しました。
だから人類はそれほど魔物に脅かされる事無く生きていたでしょうが、近年は少しずつ魔物が活発化しているなぁと感じているはずです。
段階を経て魔物が人や村、町なんかを襲っているはずですから。
そしてこれからは時々
そうしなくちゃ誰も面倒な勇者になろうなんて思わないでしょう?
野ウサギと野ネズミを担ぎ森の中を歩いていると街道から誰かがこちらへ向かって走って来ました。
まさか私の存在に気がついたんでしょうか?今の私は気配を消して行動しています。そんな私に気づいたなら相当腕がある奴ですけど近づいて来る人の気配はそんな感じじゃないですね。
「うわぁっ!なんだお前?!急にあらわれやがって」
目の前に転がり出てきたのは小汚い男です。手にはこれまた小汚い袋とナイフを持っています。私がいるとは知らずにここへ来たようです。
反射的に男に拘束魔法をかけました。別に意図は無いです。ただせっかく順調に歩いていたのに足を止めさせられてムッとしちゃっただけです。
「うぐっ、何しやがる!」
硬直した体がバッタリと倒れ地面にうつ伏せで男が叫んでいます。
うん、面倒です。
そのまま踏み越えて立ち去ろうとした時、また誰かが街道からこちらへ向かって走ってきます。
おっ、この気配は……
「わっと、あぁ、失礼。旅の人ですか?ここにナイフを持った男が、あぁ、コイツです。捕まえてくれたんですか?ありがとうございます!」
黒髪で剣を帯びマントを着た冒険者。うん、間違い無い、ちょっと汚れていますが勇者候補のエアハルトですね。もちろん印も確認出来ます。
エアハルトは私が拘束魔法で捕獲した男を睨みつけ側に落ちていた袋を拾い上げました。
「自分より弱そうな者から奪うなんて酷い奴だ」
おぉ、これは人としての正義感というやつですね。なるほど勇者候補になるだけの事はあります。それにしても私がただ男にムッとして押さえただけなのに捕まえてくれたと思ってお礼を言うなんてちょっと考えが甘いようですね。流石勇者候補。
「いや、なんだか怪しい男だと思って咄嗟にやっただけだよ。泥棒か?」
男の脇に落ちていたナイフを拾いエアハルトに差し出した。
「そうなんだ、お年寄りからひったくって逃げるところをちょうど見かけてね。こっちだ」
倒れている男に手早く縄をかけて担ぎ上げ来た道を引き返すエアハルトについて行きました。エアハルトは街道のすぐ脇で座り込む老人の前にいくと担いできた男を下ろしました。
「こいつだよね」
取り返した袋を渡して老人に確認しています。
「あぁ、間違い無い、すまんな若いの。助かった」
老人は顔をあげて白い顎髭をスルリと撫でました。その顔は荷物を奪われて焦った様子も無くノホホンとした感じです。それにこの爺さん、魔法師です。魔力を感知できるので間違いありません。エアハルトが捕まえなくても自分で何とかできたはず、何故こんな事をしているんでしょう。
「良いんだよこれくらい。それよりさっき突き飛ばされていたろ、怪我してないか?」
「あぁ、大丈夫だ。ただちょっと……腹が空いただけだ」
爺さんは私が持っている獲物をチラッと見ると自分の腹に手をやりました。
「そうか、だけどこの辺には村なんか無いしな。ちょっと待てるか?今から何かを食べる物を探し……」
「あんた美味そうな野うさぎを持っとるの。早う食べんと傷んでしまうぞ」
私が持っている獲物には目もくれず今から探しに行こうとするエアハルトを遮り爺さんは物欲しげな視線を向けて来ます。人って時々遠回しな言い方をして理解出来ない時があります。これもきっとそのたぐいですね。
「いや、お爺さん。これはこの人が狩った獲物だから駄目だよ。みんな生活があるんだから。俺が直ぐに獲ってきてやるから待ってな」
エアハルトは私を見てあまりにボロボロな服装をしていたので相当な貧乏だと思って遠慮したようです。
「いや大丈夫だ。一人で食べるには多過ぎるから、一緒に食べよう。どうせこの辺で野宿しようと思っていたんだ」
野ウサギが二匹と野ネズミが三匹、流石にお腹いっぱいとはいかないだろうけどひと晩ぐらいしのげるでしょう。それにここで親睦を深めれば後にパーティに入れるかもしれません。きっとこれはいい作戦でしょう。
夕食とするには少し早い時間でしたが今夜は四人でここで野宿することとなりました。捕まえた泥棒はこの先にある町へ連れて行って自警団に引き渡せば多少の金になるそうです。
「こいつはロータルが捕まえたんだから君が自警団に渡すといいよ」
エアハルトが野うさぎを捌きながら私に言ってきました。
「いや、エアハルトだってこいつを追っていたんだ。一緒に捕まえたと報告しよう」
こう言えば良い感じに謙虚に見えるのではではないでしょうか?
さっき自然な流れでお互いに自己紹介し、今は焚き火を囲って肉を焼いているところです。もちろん私が狩った獲物です。
エアハルトは野ネズミもささっとさばいてくれ、焚き火で焼いてくれています。
ロータルは不器用でそんなに手早く処理出来ないのでやり方をじっくりと見て覚えました。なんせ魔王なんで、記憶力がいいんです。次からは私にも出来ます。
「あぁ、ほれ、そっちのやつはもう焼けたんじゃないか?」
ネーポムクが火の側に座り自分がいる場所から遠くにある野ネズミを刺した串に手をのばします。この爺さんは本当になんにもしないです。
「ちょっと待って、あぁいい頃だな。ほら熱いから気をつけて」
エアハルトが焼き上がった串を取ってやりネーポムクに渡すとお礼も言わずに齧り付きました。
「う〜ん、美味いのぉ」
ネーポムクが嬉しそうに食べる姿を見てエアハルトが笑みを浮かべています。こいつは所謂お人好しって奴ですね。流石勇者候補。
「これももういいぞ、ロータル食べろよ」
私にも嬉しそうに焼き上がった肉串を渡してくれました。先程から肉の焼けた匂いが漂いお腹がグーグー鳴っています。こんな風に人の体での食事は初めてです。
魔王の時は何かを焼いて食べるなんてことはしませんでした。そもそも魔力が満ちていれば空腹はそれほど感じなかったし食べるという行為はそれほど重要ではありませんでした。
私より弱い魔物達が先を争って獲物を捕らえ貪る姿や血まみれになっている姿を理解できず鼻で笑っていたもんです。
さて、初めての人としての食事を頂きますか。
「なんだこれ……」
一口食べるとジュワッと肉汁が口の中に広がり油の旨味がより食欲をそそります。焦げ目がついた表面はカリッと香ばしく、中は少し弾力のある噛みごたえで噛めば噛むほど味が滲み出てくるようです。
「空腹は最高のスパイスっていうからな、塩だけでも美味いもんだろ?」
思わず夢中で食べる私にエアハルトが嬉しそうに言います。
「うっ、うん。そうだな、ありがとう」
食べ終わると自然と口角が上がりました。
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