第2話 出発しました
なんの計画もなく取り敢えず名も知らぬ村を出ました。
さっき痛めつけられたばかりのロータルの服は汚れ奴らの血が飛び散っていたから清浄魔法で清潔にはしましたがボロ服の状態までは直りません。その内いい服を手に入れることにしましょう。
親にも兄弟にも(死んだけど)見放されたロータルとして村道を進みます。本来なら人は手ぶらで計画もなく旅に出ることは無いでしょうが私って魔王の分身だしなんとかなります。
実は私の他にも魔王の分身がいます。
魔王は多くの弱い分身が欲しい時は髪を引きちぎるような動作をしそこらへバラ撒きます。こうすることによって自身の魔力を取り出す事が出来るんです。
するとたちまち統率能力を持った命令が理解できる小物分身が出来上がります。これは少量の魔力で作れるのでいくらでも補充出来る使い捨て魔物で強さもそこそこの奴らです。こいつらが更に低級な魔物を操ります。
そして私のようにより優秀な分身は自らの体を分けて作り上げられ意志を持って動くことが出来るんです。持てる力も分けるためそれぞれ異なる得意分野を使えそのレベルはほぼ魔王。勿論切り分けたからって魔王本体の見た目は変わりませんよ。魔力的な例えです。
私は左手で主に担っていた回復や補助魔法など攻撃以外のその他の魔法全般。
右手は攻撃魔法全般。そして足は強靭な体を使った物理攻撃全般です。
そもそも魔王は知能の高い魔物から生まれた見た目
不死というわけでは無いけれど不老。これまで何度か長きに渡る世界征服を果たして来ましたが時々勇者と名乗る人類が私の世界を破壊したんです。
私の世界は魔物の魔物による魔物の為だけの世界。中心部はディストピアと呼ばれ私の城もそこにありました。
勿論私の世界には人類も生息していました、端っこにひっそりとね。
魔物にとって人は餌であり娯楽であり憂さ晴らしでもある有用な家畜のようなモノです。しかも放置しているだけで勝手に増えていく優秀な家畜だから育てる手間もない。
その家畜が時々手向かってくるのはなかなか良い余興だったんです。
なにせ不老なので時々退屈で死にそうになります。そんな時は人類にちょっとしたお遊びをしかけていたんです。
まず奴らが住んでいる端っこの国に一時の安息を与えます。魔王にしてみればほんの一瞬ですけど、人類にすれば個体が数代入れ替わるくらい。すると毎回何故か人類はもう魔王は死んで世界が人類の物になったと勘違いして国を広げたり人類同士で争ったりし始めます。
本当にこれが毎回のルーティン。
誤差はありますが間違いなくこの道を進むんです。
うん、うん、優秀な家畜です。
順調に人類が数を増やした所に魔王が復活したとか何とか噂を流し、魔物が村や町を襲う回数を徐々に増やしていきます。
すると最終的に勇者が魔王を討伐しようと現れる!
ババーーン!っと。
いや、感無量です。ここまで数百年かかる時もあるから目の前の勇者パーティを見た時は拍手しそうになる時もありました。
大概はちょっとやられたふりをしつつ眠くなってきたら最後にプチってお遊びは終了。
達成感が凄く良かったんです、ちょっと前まで。
そう、ちょっと前から異変が起きました。
何故か勇者に倒されてしまった事があったんです。そいつらは確かに人類の中ではそこそこ優秀でパーティの連携もよく取れていたんですけど、何故倒されてしまったのか原因がわかりませんでした。だって絶対に魔王の方が勝ってたんですから。
でも完全に消滅させられた訳ではありません。なんせ魔王なんで、人類の知らない魔法を駆使してある程度の時間をかけて復活してまた人類を征服しました。が、倒された時の記憶が曖昧で原因がわからないままなので寝覚めが悪いからそこから数回同じ様な事を繰り返してみました。するとやっぱり何度かに一回は倒されるんです。
これはいつしか傾向と対策を練らなければいけない案件となったのです。
んで、話を戻して私がロータルに入って馬鹿兄弟を始末したとこから。
村から私を追いかけてくる小娘がいました。
「ロータル、何処に行くの?早く家の事をしないとまた馬鹿兄弟に殴られるじゃない」
小娘は確か、ニケ。時々ロータルに食べ物をくれる幼馴染みです。
「ニケ、俺はここを出る」
早く勇者候補を探さなきゃいけませんからね。
「出るって何処へ?」
驚いたのか目をまん丸と見開くニケ。
「決めて無いけどやらなくちゃいけないことがあるんだ」
ニケは更に驚いてポカンと口を開けた。そしてジロジロと私を上から下まで見て訳がわからないって顔をする。
「今日は新しく怪我してない……それに昨日の痣も消えてる?」
なかなかの観察眼ですね。これ以上一緒にいて何か気づかれては面倒を避けるために殺らなきゃいけなくなりそうです。そうでなくても馬鹿兄弟の事もありますからね。
「ニケ、俺行かなきゃ」
ロータルは少なくともニケを嫌っていませんでした。私も無闇に人を殺して追手がかかり勇者パーティに入れなくなったら困ります。だから早くここを離れたほうがいいですし、それはニケの為にも良いでしょう。弱くたって人も頑張って生きてるのだからそんなに早く死にたくないですよね。
「そう……何があったか知らなけどアンタはここに居ちゃ辛いばっかりだもんね。今これだけしか無いけどあげる、今日は受け取ってくれるでしょう?最後になりそうだし」
そう言って金を手渡されました。なるほど、餞別というやつですね。ロータルの記憶の中にある人類の習慣も理解していかなくてはいけませんね。
ニケは何度かロータルを助けようとしましたがこれまでは彼は殆んど断って来ました。どうせ馬鹿兄弟に取り上げられると思ったんです。だけど確かに人にとって旅に金は必要ですね。
「ありがとう」
受け取って踵を返すと歩き出しました。少し行くと後ろでニケが叫びました。
「元気でねー!」
ニケの言葉に振り返りました。
これは私を気遣ってくれる言葉ですか。初めてです、こんな事。
「ニケも、元気でな」
ニケと同じ様に手を上げて振りました。
これでいいでしょう、なんだかいい気分です。けど胸の辺りがもぞもぞします。これはなんでしょう?何かの病?ロータルは病気だったのでしょうか?魔法で探ってみるけど何もないようですから気のせいですね。
歩きながらもらった金を掌に出してみました。
金はルブと呼ばれる単位で、今もらったのは1000ルブ。食事が一回食べられるくらいのようです。
ロータルはいつも腹を空かしていました。ろくに食べ物を与えてもらって無いのに朝から晩までずっと働かされていたから仕方ないですね。本当にガリガリですからこれで何かを食べるのもいいでしょう。
走ったら目立つので早足で村道を出ると街道へ出ました。ここらは田舎なので街道と言っても整地されているわけでもなく、ただ人が行き交うことによって出来たデコボコな道があるだけです。
突き当たった街道の左右に伸びていく道の先をそれぞれじっくりと見ます。それほど頻繁に人が通る訳ではありませんが一日あれば何度か旅人や商人なんかと行き合うでしょう。
どっちへ行きましょうか?まずは国の中心部を目指す方がいいでしょうね。
私達三人の魔王のスペシャル分身はそれぞれ勇者候補になりそうな人材の近くに配置されているはずですから探すのは難しく無いはずです。
確か私の担当する勇者候補の名は、エアハルト。黒髪、二十歳、男、剣使いの冒険者。
候補に近づき観察、力量を確認して魔王を討伐するように仕向けディストピアへ行くように誘導します。
上手く行けば私達がパーティに入った状態で魔王本体と対峙し、勇者がどうして魔王本体に勝てるのかを探った後にプチ殺す。
うん、良い作戦です。
ですが大概は魔王の勝ちだから今回の勇者が魔王本体を追い詰めるほど強くなるかわからない。そこが今回の作戦の問題点ですね。
まぁ、とにかく街道を左へ行きますか。
私は魔王の左手ですから。
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