魔王の左手
蜜柑缶
第1話 どうも
どうもぉ〜、魔王でっす!
と言ってもその力のほんの一部なんです。そうですね、言ってみれば左手の力くらいってとこですかね、もちろん右利きの。
つまり本体と比べれば若干弱い感じですがそこそこ使える無くてはならない立場のもんです。
今回私が派遣された勇者になる
さて、今回魔王の命令で人類に派遣されたのは深い事情があるからなんです。
分身とはいえ自分も魔王なのに魔王の命令で、とかちょっと変な感じだけどそこは流して下さい。
これまで魔王と人類の戦いは幾度となく繰り広げられてきました。魔王が勝つと人類を征服し好き放題に大陸中を暴れまわります。
『
時に人類から勇者を名乗る輩があらわれ魔王を討伐しようとしてきます。大概は問題無くチャッて片付けられるのですが、ある日強いのが来ちゃったんです。
本気のやつですね。あれには参っちゃいました。それで討伐されてしまったんです。
でもまぁ、魔王って呼ばれるくらいだからそう簡単に消滅したりしないんです。根本的な魂はいくら勇者といえど完全に消すことは難しくって、時間はかかりますが復活することが出来るんです。
毛根強い!的な感じで忘れた頃にしれ〜っと復活しまた人類を脅かしてやりました。
でもですね、やっぱり勇者もまたあらわれちゃうんです。
もうこれってイタチごっこなのでいい加減に対策をしてみようかと思いまして、今回の作戦が実行される時が来ました。
はぁ、長い前フリですね。ついて来てます?
で、私はたった今、村人一号に入り込んじゃいましたっってところからお話しましょう。
魔法の力を駆使して魂と記憶を融合させ……まぁ、詳細は省きますが、憑依というか乗っ取りというか入れ替わりというか、呼び方はお任せ致します。言っておきますけど私がコレに入ってなかったらコレはたった今ただの死体になってましたからね。
「あっ、目を開けた。焦ったよ、ちょっとやり過ぎじゃないか?ゲッツ兄さん」
どうやら目の前に立ちはだかる馬鹿丸出しの顔で話しているのはこの身体、ロータルの直ぐ上の兄ギードのようです。
では私は早速ロータルになりきって振る舞うことにしましょう。
レッツ潜入!
「はっ、こんな奴死んだって誰も悲しまないし困らない」
ゲッツと呼ばれた長男は顔からして脳がつるつるそうですが無駄に体格がいいようです。
この馬鹿兄ゲッツに体当りされ木の幹で強かに体を打ち付けられショック死していたロータルの身体は流石にボロボロ。痛いのは嫌なので直ぐに回復魔法をかけてやりました。パってね。
これで良し。でもちょっと痛いふりしてみましょう、面白そうですから。
「イタタッ、もう止めてよ兄さん達」
ロータルの記憶をたどれば毎日毎日あきもせず殴られ利用されて馬鹿にされ続ける日々。しかも父親も助ける素振りもない。いわゆる家族ぐるみの虐待のようですね。まぁ、ロータルは弱くてどんくさいから仕方ないですけど。
「ロータルが生意気な口をきくな!黙って殴られてろ」
そう言って私を蹴ってきやがりましたけど当たる寸前に盾の魔法で防いだので痛みは感じませんし、盾は目には見えません。
「
あっ、予想外に盾が硬かったのかゲッツが足をくじいたようです。
まぁ自業自得ですね。
「別に何もしてない。兄さんが自分で蹴るのを失敗したんだろ」
そう言って私と間違えて背後の木を蹴ったと思わせてやりました。きっとコイツ馬鹿だから気付かないでしょう。
「え?蹴りそこねたか」
ほらやっぱり気づいてない。
「お前が避けるからじゃないか」
次男ギードが言いがかりをつけてくるのはいつもの事。コイツも
「そんな、俺だって痛いのは嫌だよ」
「だから、ロータルが生意気言うなって言ってんだ!」
こりもせずゲッツが大振りに右腕を振りかぶると馬鹿みたいに力一杯振り下ろしてきました。
そんな馬鹿力で殴ったらいつか人は死にます。さっきのロータルのようにね。
幸い側には馬鹿二号のギードがいます。今度はコイツを盾のように引っ張りこむと見事にゲッツのパンチを受け止めました。ガキッていったから歯が折れたでしょう。
「ぐわっ!ゲッツ兄さん何するんだよ」
口元を押さえゲッツを睨むギード。こいつらだってそんなに仲がいい訳じゃないんです。家の財産は全て長男が引き継ぐとかいう訳のわからない習わしのせいで仕方なく家に置いてもらう為に媚を売っているだけの関係なんです。
「お前が急に飛び出して来るからだろ!それよりロータルを押さえろ」
一回は回避したけどこれ以上は面倒くさいです。
揉めている二人をグッと押し退けて立ち去ろうとしましたが、この体まるで筋力がないです。
きっと飯をまともに食っていないせいですね。このままじゃ旅に出ても直ぐに死ぬんじゃないでしょうか。
「見ろよ、ロータルが逃げようとしてるぞ」
えぇっと、まず魔法で身体強化して。
「学習しないのは相変わらずだな、俺達に力で敵うはずないのに」
それから攻撃魔法は使えないから、そうですね、道中は防御魔法をかけっぱなしにして敵が襲いかかってきたら攻撃力を低下させればいいでしょう。
「今度はちゃんと押さえとけよ」
チッ、人が体の調整をしている時に邪魔な奴等ですね。
私の体を木の幹に押し付け逃げられなくしようとしているつもりなのか、二人が呆れるほどの馬鹿面を緩ませる。
「今殴ってやるからな、ロータル」
長年魔王をやっていると時に人類を研究することもありました。
どうして個体の力は魔王に及ばないのに多数でなく数名の勇者と呼ばれるパーティに倒されるのか。
結果はまだわかっていないが一つだけハッキリしています。
「くらえ!ロータル」
こんな馬鹿の相手をしても答えはでないということ。
私を押さえていると思っている二人に暗闇魔法をかけました。
「うわぁ~、目が見えない!なんだコレっ!?」
魔法で攻撃されたことないようです。まぁ、ただの農民ですからね。戦争でも無い限り関わることはありません。
「なんだ!イテッ、どうすりゃいいんだ!ギード!」
「俺もわからないよ、ゲッツ兄さん。ロ、ロータル!何とかしろ」
手探りでぶつかり合いながら私を探す馬鹿な兄達。たった今殴りかかってきた奴を助けるわけ無いって人類じゃなくても常識じゃないでしょうか?
とりあえず二人を掴んで地面に引き倒しました。
「ギャッ!」
「わぁっ、や、止めろ、向こうへ行け!」
慌てふためき腕や足を振り回す二人を身体強化した体でそれぞれ思いっきり蹴り上げるとボコッと変な音がし血を吐きました。
折れた肋骨が肺に突き刺さりました?このままここを離れてもいいですけど下手に見つかれば追手がかかります。それは面倒くさいですよね。
「兄さん達って、結構しつこそうだから息の根を止めとく方が後腐れないかな」
体をくの字に曲げて縮まっている二人に近づくと必死に首を横に振っています。
「い、嫌だ……やめてくれ」
それロータルも言ってました、何年もね。
「この事は……赦してやる、これからは……殴らないから」
そんな言葉を信じるほど愚かではないですよ、私も、死んだロータルもね。幸いここは人目につかない静かな場所です。こいつらの死に場所にしては勿体無いほど。でも殺りますけどね。
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