第8話

「楽しかったです。あんなにはしゃげたのは、初めてかもしれません。こんなにいっぱい買っちゃって。部屋のどこに置くんですかね?ふふ。」


「でも、本当に良かったです。あなたが提案してくれなかったらこんな経験はできませんでした。場所にだけ来て、私が知っているものだけを出して……もっと味気のない買い物だったと思います。」


「さて、どうしましょうか?これから。日がすっかり傾いちゃって。もうすぐ夜になってしまいます。」


一日彼女のそばで過ごして仲良くなれた。だからこんなことを言っても許されるだろう。

「それも、君がやっているの?」


「……当たりです。ここには朝も夜もありません。だから私がつくるしかないんです。おかしいですよね……。自分でなんでもできるのに自分を縛るように制限をつけて、誰もいない世界で、誰から見ても自由な私は……不自由を求めているんです。そうしないと私。普通を知っている私はどうにかなってしまいそうで、でも周りを自分の想像で囲むのはどこか違うんです。寂しいとか……そんな簡単にまとめてほしくなくて。」


「想像で囲んでも私しかその真実を知ることができません。私がこの世界の全部を決めているだなんて。そして、誰も私を保証してくれないんです。だから……。」


「呼んでくれたんだね……。それに知ってほしかった。」

この言い表せない苦しみが罰だというのならお釣りがでるくらいだ。

それほどまでに生み出してしまった自分の罪は重いと思う。


「はい、こんな自分勝手な理由でごめんなさい。……最後まで付き合ってくれますか?」


「……私が想い描いたエンディングに。」


——————


目の前には広い湖が広がっている。足場は小さな石が敷き詰められており慣れていなければ歩きにくいだろう。肌を撫でる風がやさしく心地よい。


「テントの設営よし!夕食のカレーの用意よし!キャンプファイヤーよし!」


「君にキャンプの趣味があるなんて知らなかったよ。」冗談めかして言ってみる。


「ないない、ないですよ。だって私はインドア派ですから。」


手を顔の前で右左にパタパタと振りながら否定する。

確かにこのスチルは彼女のルートでは登場しない。別のキャラクターのものだ。


「火起こしもできませんし、テントもたてられませんよ。」


「じゃあ、なんで急に……。」少し呆れて聞いた。


「なんでも、いいじゃないですか。なんていうか特別な気持ちになれるんです。普段いた家の中よりもどこか開放的で空気も澄んでいて、それに……。」


「自然なこととして、あなたとふたりきりで過ごせているんだって、この特別な時間を素直に過ごしていいんだ……って思うことができますから。」


「……カレー食べよ?」


「……はい!そうですね!そろそろごはんも炊けてますよ!……あっつ!」


火で直接あぶられている飯盒を素手でつかもうとした彼女はつかむこと叶わず、飯盒は余計に火の中へと押し込まれた。


「あ、ぁぁ……!」


「何とかするから火傷したところを水で冷やしてて。」


「はい。ありがとうございます……。」


木で飯盒をつつき、なんとか外に追い出す。蓋がしっかりと閉まっていたから大事には至らなかった。


「よかったー!ごはん無事ですか?」


雫が落ちるくらいにびちょびちょに濡れたタオルで指を冷やしながら彼女は言う。ごはんよりも自分の指の心配をした方がいいと思う。


「こぼれてはいないかな?」


「そうみたいですね、では御開帳!」


今度は濡れたタオルで持っているから安心だ。しかし、開いた飯盒の中身を見て彼女は固まった。


「あ、ぁぁ……見て、真っ黒。」


どうやら火にかけすぎていたらしい。水分をすべて奪われた黒い塊が飯盒にこびりついている。


「初めてだから、仕方ないね。お米はまだあるからもう一回や、って……なにしてるの?」


彼女はガリガリとナイフで飯盒を削っている。

しばらくするとゴロリと黒い塊が取り出された。


「せっかくだから食べてみようかと、いただきます。」


ためらいもなくそれを口に運ぶ。ガリ!バリ!という音がして、ボリボリと頬張った。


「うっわぁ、にがぁ……。」


「あたりまえだよ。」

彼女は酷い顔を浮かべていたが、それは一瞬のことですぐに笑い始める。


「あはは!でも、これは本物ですよ。私が時間を間違えたから、こうなっちゃったんです。自分で作ったらこうはならないし、あなたが付き合ってくれなかったら、この味を知ることもなかったから。これもまた、思い出かもしれませんね。はいどうぞ!」


齧った黒い塊が自分のもとに渡される。そう考えると悪くない気がして、迷わず口にした。

「まずい……。」


「あっはは!ひどい顔!そんなのあたりまえじゃないですか!なに言ってるんですか?私でもわかりますよー!」


「あなたといると退屈する気がしませんね。さっと、新しく炊きなおしますかね。」


「手伝うよ。」と言い。取って付けたような炊事場に向かう。


「それに、結果的にはよかったかもしれません。」


「なんで……ってそれは。」


彼女が言い淀んだ。手元を見つめながら話し始める。


「……だって、あなたとの時間が増えるから。増えれば優しいあなたがこうして思い出ができるからです。となりにあなたが立っていることを意識すると私の今っていうものを実感できますから。……言わせないでくださいよ。恥ずかしい。」


「どうしてかな?言わなくていいはずなのに言葉だけが先に走っちゃいます。いい思い出だけを残したいのに。だから、早く食べちゃいましょうか!夜は終わらせませんよ?」


飯盒を両手に持ち振り回しながら、焚火のもとへ走る、足場が石のため心配だがどうやら無事についたらしい。「走ると危ないよ。」


「よ!っと、私ですから大丈夫ですよ。あ、時間は私が測りますね?」


「時間がわからなかったから失敗したんじゃないの?」と聞く。


「だからレンチンするんですよ!」


飯盒をパカッと開けると中にはぎゅうぎゅうに詰まったパックごはんが。一瞬マジックの類かと思ったが、ただ中身を入れ替えただけだろう。

「なんで、お米研いだの?」


「まあまあ、雰囲気っていうか流れと順序ってあるじゃないですか。大事にしたくて。そーれ!行ってこーい!」


掛け声とともにそこにある電子レンジにパックごはんが入れられる。これは雰囲気を壊しているのではないかと内心思いながらもふたりで回転するパックごはんを眺めた。

光源が焚火しかない場所にあるオレンジ色の光になぜだか温かみを感じる。


「なんですかね、この場所でみる電子レンジは特別感がありますね。不思議な気持ちになります。」


ここにいるとなんだかゆったりとした気分になる。時間は過ぎているはずなのに止まったような錯覚を覚える。つまみが0に戻るとチン!という甲高い音が鳴りごはんが炊けた。


「よーし!盛り付けだぁ!お皿にパックのごはんをいれてさっき作ったカレーをかけて……うん!完璧なキャンプ飯ですね!はい、あなたの分です。」


「おいしそうですね。いただきます。」


「普通においしいカレーだね。良ぐらいの点数はつけてあげられる。」


「もう!そこは素直においしいでいいんですよ。ほら外で食べると同じものでも二割三割増しでおいしく感じるってよく言うじゃないですか?私が食べてお手本を見せてあげますよ。」


スプーンで口に運びもぐもぐと味わう。首を傾げ唸りながら咀嚼を続けている。


「長いね。」


「ほうでふね。んぐ。」


「ちょっと焦げ付いてるけど、それが独特なアクセントになってて……うん、おいしいね。」


「……。」


「ごめんなさい、普通のカレーですね。ずっと部屋にこもっていた私に外遊びは向いてないみたい。でも、特別な感じはわかる。それがキャンプに来ているからなのか、あなたといるからなのかはわからないけれど。」


「それは同感。」


「さらっと流しながら、そんなこと言わないでくださいよ。でも、いいですね。同じ気持ちの誰かが隣にいてくれるっていうのは……。」


今の彼女は寂しいわけではない。くすぐったそうに笑っているように思う。

焚火の灯りだけでは表情がわからないが確かにそう思う。


「あぁー!お腹いっぱい。じゃあ次は……花火!ですね。キャンプっぽいし、青春っぽいですよね。」


彼女が取り出したのは派手な色が出る手持ち花火ではなく、地味な線香花火だった。

イメージ的には両手に持ってブンブン振り回すものかと思っていた。


「好きなんですよね。線香花火。小さいのに一生懸命はじけていて、素敵だなって。雰囲気だって、激しくなくて集中してそれだけを見て私に落ち着く時間をくれるから。」


「まあ、普段は花火なんてやらないので完全な後付けなんですけどね。」はぐらかすように彼女は言った。


「さ、火をつけて……勝負しましょ!勝負!どっちが最後まで落とさずにいられるか。デスマッチと洒落こみましょう!」


「さっき、落ち着くとか言ってなかったっけ?」呆れながら聞く。


「ふたりいるんだから、やるでしょ。」


「これもエンディングの一部?」


「そう!やりたいこと全部やるの!」


「らしいね。」と言う。

そんな彼女が好きだ。明るい表情で自分をどこかに引っ張ってくれるそんな彼女が。

線香花火をするのは子供のころ以来だ。


「同時ですからね?後出しとかなしですからね?」


ガスマッチを渡され、ふたりで構える。お互いの顔を見て、お互いに目を合わせた。黒い瞳は透き通っていて口角は少し上がっていた。


「せーのっ!」


ガスマッチの火が線香花火に移される。薄い紙をめくり小さな火球が浮かび上がる。

パチパチと不規則に火薬が弾け瞬間的に小さな花が浮かんでは消える。


「わあ、花火ってこんなにきれいなんだね……記憶と実際はこんなにも違うんだ……。あっとと、私の息で揺れちゃう。」


「あ、落ちちゃった。あなたのはまだ落ちてないですね。あ。」


「あなたのも落ちましたね。これは引き分けですかね?」


「え?私のほうが先に落ちたから自分の勝ちだって?」


「遊びに明確な勝ち負けを求めるのは大人げないですよ。」


それもそうかと思い、彼女に尋ねる。

「そうかもしれない。じゃあ、どうする?もう一本やっとく?」


「んー。もういいかな……。線香花火を始めると集中しちゃうから、残り時間も少ないし。あとはあなたと話がしたい。」


いつの間にか河原に不釣り合いなベッドが用意されている。


「ほら、来てください私の部屋から持ってきました。こんな風に星の下で誰かと一緒に話しながら迎える最期なんて最高だと思いませんか?」

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