第6話

「さあ!行きましょう!ほら早く早く!」


いま自分は並木道にいる。もちろん、ここはゲームの中なので外という表現には語弊があるだろう。部屋の中から一歩踏み出した。


「ほら!早く行かないと夜になっちゃいますよ?」


この日の光さえも表現できてしまう世界で時間という概念はあるのだろうか?

後ろを振り返ると並木道と彼女の私室が当たり前だと言わんばかりにつながっている。


「ほーら!私の部屋はいいですから。行きますよ!」


彼女の姿はアバターから現実の物へと戻っている。

そんな彼女に腕を引っ張られ、絡ませられた。


「こうして腕を組めば逃げられませんよね?」


「……なんだか恋人っぽいですか?」


「でも、いいですよね?だってあなたは私の恋人でもあったんだから。」


「責任とって!とはまでは言いませんけど……。私だって少しだけ妬くことはあります。だからこのまま腕は絡まさせてください。他にはだれも見ていない。遠慮することもありません。」


その言葉に胸がチクリと痛んだ。好きなゲームで何度も遊んだ。それが業のように思えた。

目の前の彼女はどうしようもなく人間で、理解があって、諦めることも知っている。

それがとても苦しいのだ。


「あ!見てください!虹がかかってますよ!」


七色の淡い線が弧を描いている。晴れた明るい空に映る虹はちぐはぐだけど美しかった。

空を見上げるのはいつぶりだろうか?だけど素直にそう思う。


「まあ……私が架けたんですけどね。」


「でも、やっぱりきれいですよ……。虹……。」


家を飛び出した彼女を迎えに行ったあの時、主人公が彼女を助けると劇的に空が晴れた。

涙か雨かはわからないもので濡れた彼女の顔はどこか清々しく晴れやかなものだった。

そのとき二人で見上げた空には虹がかかっていた。


「私は家に籠もりがちの人間なので空はほとんど見ません……。」


「でも、この空は好きですね。思い出の空なので。」


「でも、だからこそ見れないんですよね。その人がいないことを自覚してしまうので……。」


「でもでも、今はあなたがいますから!久しぶりに見ることができましたね、本当に嬉しい。えへへ。以上!ただの私の我儘でした!付き合ってくれてありがとうございます!」


「じゃあ、目的地……。出しちゃいますね。」


「え?なんですか?」


「公園に行ってみたい……?ですか。まあ……いいですけど。」


「えいっ!」


並木道のとなりに公園が現出する。

中に入り、小さめのベンチに腰かけた。


「よいしょっと、それでどうしたんですか?公園に行きたいだなんて。」


「ん?我儘ですか?」


見てみたかった。やっぱり自分にとっても思い出の場所だ。

ただ、見てみたかった。


「しばらくゆっくり眺めてみたい、か……。そんなシーンはありませんでしたね。」


「でも……そんな時間があってもいいかもしれませんね。」


ふたりで虹を眺めた。何をするわけでもないし、何か話すわけでもない。


「誰もいない公園は静かですね。子供の頃、砂浜で遊んだこと、ジャングルジムで遊んだことそんな光景が簡単に想像できます。」


そんな呟きが時折、聞こえる。


「転んで泣いたり、友達とけんかして泣いたり、楽しかったのはわかるけれど。泣いた思い出のほうが鮮明かもしれません。」


「……これが作られた記憶だって思うと寂しいですね。本当は経験してもいないのにあったこととして確かに私の中にあるんですから……。」


それがどんな気持ちなのかはわかってあげられない気がする。でも今は……。


「あ、でも今はあなたがいるから、これは私の思い出として誇っていい事ですね。初めての思い出……なんだか不思議な気分になります。それに……。」


「いえ。なんだかアイスが食べたくなりました。公園にはキッチンカーがたまに来てアイスを売っているんです。子供だけの時はおこづかいも持ち合わせていなくて指を咥えていたんですよね。」


「よっ!と」


「いま取ってきますね!」と。いつの間にか現れたキッチンカーに向かって彼女は走った。少し何かをしてすぐに戻ってくる。コーンに乗ったアイスがふたつ、両手にあった。


「はい!どうぞ!」


ソフトクリームではなく、ジェラートのようなのっぺりとした山で果実感のある色合いをしていた。

スッキリとした甘さと後を引かない舌触りだ。


「今では、こんな簡単に手に入る。良いか悪いかって……どうですかね?」


「いいんです。今はあなたとおいしく食べることができれば、私はなにも考えません。」


「さ、食べたら行きましょう!」


彼女は立ち上がりスカートを払う。

虹は届くことのない空の果ての向こう側にはっきりと浮かんでいる。

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