第4話

「あ、気がつきました?おはようございます。」


どれくらい眠っていたのだろう。目を開けると彼女の顔が目の前にあった。

驚きが先行し一気に目が覚めた。

いまだ彼女の足は自分の頭の下にあり、少しだけ申し訳ない気持ちになった。


「一時間くらいでしょうか?よく眠っていましたね。その間、特にやることもなく動けなかったのでずっとお顔を眺めていたのですが……。」


「あ、いえ心配しなくて大丈夫です。待つことには慣れていますから、ここでは待つことしかできないんです……。誰かがゲームを開いてくれるまではずっと一人で待機をしています。だから慣れているんです。それに一時間くらいなら私にとっては瞬きするのと同じくらいの感覚ですから。」


この空間に一人でいることはとても酷なことだと思う。

さっきの煎餅のようにここはなんでも手に入る場所だとして、なんにも不安がないとして自分は独りでどれだけ耐えられるだろうか?


「あれ、どうしたんですか?私のおなかに顔うずめちゃって。ふふ、甘えん坊さんですか?」


「はい、撫でてあげますよー。よし、よし、よーし。」


「でも、そろそろ起きてくださいね?ずっとこのままお話しててもいいんですけど、その私にもやってみたいことがあるといいますか……。」


「ゲームあるんですけど一緒にやってみませんか?」


ゲームをゲームの中でやるというのは少しだけ違和感があるがゲーマーとしては興味があった。現実では体験できないものに年甲斐もなくはしゃいでしまう。彼女のやりたいことには答えたいという打算もある。


「ふふ、子供みたいにはしゃいじゃって、飛び起きて、そんなにやりたいですか?」


「待っててくださいね、今用意しますね。」


彼女が部屋の空間に手をかざし空気を押し出す。

すると部屋が引き延ばされた。無理に広げられた部屋は質感が粗くなり少しだけぼやけている。


「あー、部屋を引き延ばすとやっぱりちょっと粗くなりますね。」


「少しだけ我慢してくださいね?」と続け。


「よいしょっと」っと。ポンポンと空いた場所にテレビとゲーム機器が置かれた。


「まあ、テレビの映像はそのままなので安心してください。ぽちー。」


画面が写りゲーム画面が出力される。どこか懐かしさを感じさせる映像で見覚えのある絵柄だ。


「どうですか?ん?懐かしい……ですか。あー、今ある中では新しいんですけど。」


「作者の趣味……?どういうことですかね?」


「あー!世代ですか!そうかもしれません。」


彼女が見せてきたゲームは有名なタイトルのレースゲームに近い仕様と雰囲気をしている。

道中にあるアイテムをとることによってレースの展開が有利になる。例え過程で最下位になったとしてもいいアイテムが出さえすれば逆転ができる可能性が生まれる。ゲームに慣れてなくてもとっつきやすく、気軽にできる。


「まあでも、古くても面白いものは面白いですからやってみましょうよ!」

「コントローラ、これですから。AボタンがアクセルでBボタンがブレーキです。」


「ふたり以上でゲームをするのは初めてですから楽しみですね!っとその前に!」


急に立ちあがった彼女はパチン!と大きく指を鳴らす。

すると彼女の周りをレールに乗ったカーテンが囲んだ。レールは宙に浮いており完全に魔法だ。


「見ちゃダメですからね?」


カーテンの隙間から顔だけを出し、そんなことを言ってすぐに引っ込む。

すぐにガサゴソと服が擦れる音がしてなんとなく気恥ずかしのようなものを感じる。


「お待たせしました!」


自動的にカーテンが開かれ、消える。

わかってはいたが彼女は着替えていた。いや、着替えていなかった。身体つき、虹彩、身長それらすべてが変わっている。入れ替えたのだ。


「やっぱりゲームをするときは、この格好ですね!どうですか?」


彼女はくるりと一回転し、膝上までしかないスカートを指でつまみ一礼する。

それは、ゲーム内での配信で見た彼女のアバターの姿だった。まったくの別人と言っていい代わりぶりだ。


「かわいいですか?ありがとうございます!」


「私もこの姿は大好きなんです。いろんな人がこれを作るために協力してくれて、小物とか雰囲気とか、それだけじゃなく私の意図までも汲んでくれて……。」


「コスプレ……じゃないですけど。ずっと、画面に映ってる彼女になりたいなって。」


「まあ、ここは私が作った自由な世界なのでこういうことも叶っちゃうんですけどね。」


「っとと。話し出したら止まらないや、ゲームしましょ?ゲーム!」


彼女はクッションをイス代わりにしあぐらをかくようにして座る。

もう少しアバターの話を聞いてみたかったが促されるままに席についた。


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