第28話 何のために戦うのか

 シエナ王女は片手にSFチックのハンドガンを手にしている。

 それは、どことなくオレ達の世界に近い物に見えた。


 赤井は不快そうにシエナ王女を睨む。


「猫の獣人? 捨ておいてもいいが、その手に持ってるものはいただけないな~? どうやって入手したか、聞き出した後でぶっ殺してやるよ!」


 シエナ王女は肩をすくませる。


「物騒だにゃあ流星ちゃん。それに先生悲しいにゃあ、まさか生徒がホモストーカーになってるとは思ってなかったにゃあ。しかも異世界まで来るって、どこまで政義ちゃん好きなのにゃ?」


「あ゛?」


 赤井がノータイムでマグマを射出するが、銃から出た光線によって消失する。


 すごいな……シエナ王女。

 赤井はあんなのでも一応元トップヒーローだ。

 その攻撃をやすやすと迎撃できるなんて……


 いやそれよりも今オレの名前が出てなかったか?

 オレが前世で知ってるのか?


 シエナ王女は客席から飛び降り、オレ達の元に歩み寄ってくる。


「本当は出てくるつもりにゃかったけど、元の世界の因縁にゃら、出しゃばらせてもらうしかないにゃあ?」


「……お前、何者なんだよ」


「さ~てにゃあ? 当ててみにゃあ~」


 そう言うとオレが地面に落としたデバイスを拾い上げる。

 デバイスを見るとシエナ王女は渋い顔をした。


「うわぁ~かなり魔改造してるにゃあ。体への過剰負荷を与えて、毒の出力を無理矢理あげまくってるにゃね。こんなの使い続けてたら、よくて全身に後遺症、悪いと死んでもおかしくないにゃあ」


「あ、合ってる……」


 素直に驚いた。

 オレが改造した部分を彼女は全て的中させた。

 一度見ただけでそこまで分かるこの人は一体……


「本当にあなた何者なんですか? シエナ王女」


「考えるの放棄するにゃんて、らしくにゃいんじゃない? それとも私の教えは無駄だったかにゃあ?」


 考え、放棄、教え……

 まさか!?


「……先生、なんですか?」


「さっすが政義ちゃんだにゃあ。流星ちゃんは減点にゃあ」


「うるせぇよ! ババアのくせに年甲斐もなく、にゃあにゃあ言ってんじゃねよ!」


 赤井が学習しないのか、マグマを連続で射出するが先生の銃で無効化されている。

 よく見ると先生の額に青筋が浮かんでいる。


「今は君らより年下にゃ! せっかくの転生くらい自由にさせろにゃ!」


 語尾がちょっと乱れてるが指摘しない。

 今言うと藪蛇だから……


 先生が咳払いをして、仕切り直す。


「と、とにかくにゃ。昔は昔、今は今にゃ! この世界にまで過去の因縁とか持ち込まにゃいで欲しいにゃ!」


「知ったことか! 俺は決着つけるんだよ!!」


 赤井は子供のように地団駄を踏む。

 同意するのは癪だが、俺もこいつと決着をつけなければならない。


「先生、誠に申し訳ないですが、それは聞けません。こいつはオレの大切な者を傷つけたんです。こいつを僕は許すつもりありません」


「うわぁ……政義君相当切れてるにゃあ――鏡見るかにゃ? すっごいおっかない顔してるにゃよ?」


「後で、見ますよ。こいつをぶっ殺した後で」


 オレがデバイスに手を伸ばそうとするとひょいと後ろに隠される。


「何す――」


 そこで言葉を止めてしまった。

 先生の顔が昔オレを説教する時の表情だったから、体が思わず硬直してしまう。


「君をヒーローにする時、僕が言ったこと、覚えてる?」


「えっと……感情任せに力を使わない、冷静に考えてから動く……です」


「良く出来ました。……それで? 今のどこが冷静? うん?」


「いや、その……」


 オレは口ごもる。

 先生が一切にゃあと言わず、昔の口調だ。

 しかも顔は笑ってるのに瞳が一切笑ってない。

 体から冷汗が止めどなくあふれてくる。


 はぁ……と深いため息をついた先生は腕を組む。


「まぁ、君を最後まで面倒みられたかった僕の責任でもあるんだけどさ」


「それは違います! だってあなたはオレのせいで――」


「死んだ。でもそれはもう気にしてないよ。あれは事故みたいなもんだったし、それにもう過去の事だよ」


「過去の事って……」


 何でそんなあっさりと切り替えられるのだろう。

 オレは恨まれても仕方ない事をしたのに……


「それに……流星君なんだろ? 僕が死ぬように仕向けて、彼を暴走させたのも、今回の事もね。――手口があまりに似すぎだよ」


 先生がそう言うとニヤリと赤井がほほ笑んだ。


「あらら、流石に政義みたいに騙せないか? 流石、年の功だな?」


「次それ言ったら君を撃ち抜くからね?」


 先生は後ろに隠してたドライバーをオレの目の前に出す。


「さて、聞いた通りにゃ。君は悪くないし、私に罪悪感を抱く必要なくなったにゃ。だからこそ政義ちゃんはどうするんだにゃ?」


「どうする……とは……」


「流星ちゃんの目的は政義ちゃんと戦うこと。にゃら君が戦ったら、本末転倒にゃ。だから代わりに私が彼を倒して、君の大事な人の前で彼を謝らせるにゃ」


「出来ると思ってんの――」


「ちょっと黙ってて!」


 赤井が口を挟もうとした所に先生が威嚇射撃をして無理矢理黙らせた。


「君がもう戦う理由はない。だから君の日常に戻りたまえ。大切な家族と何気ない日々を過ごして、過去の因縁など忘れなよ。――それでも彼と戦うというなら、何のために戦う?」


「オレ……は……」


 オレは……僕は……どうしたいのだろう。

 現実から瞳を閉じて、思考する。


 今が大事だというなら、葉加瀬政義としての過去を捨てるべきだ。

 過去など忘れて、みんなと楽しく過ごせばいいと、頭では分かっている。


 だけど、過去を捨てたオレに価値はあるのだろうか?

 ヒーロー研究も葉加瀬政義という男がやりたいと思っていたことだ。

 僕の人生は葉加瀬政義の人生の延長でしかない。


 なのにそれさえ失ったら何が残る……


 信念も理想も失った僕は……オレは……一体、何者なんだ?


 一体……何が残るっていうんだよ……



”貴様が何者かだと? そんなの貴様がよく知っているだろう?”


 僕ではない声が頭に響く。


 手が……熱い……


 蒼炎のカードが燃えているかのように熱くなる。


”何を迷う? 貴様は何に怯えている?”


 失うのが……怖い……

 自分が自分で無くなることが……

 空っぽの……自分が……


”何を言ってる。貴様が嘘つきだと理解した上で、戦った者が近くにいたであろう?”


 メル……ク……


”貴様を信じ、運命を預けた者がいただろう?”


 姉……さん……


”貴様をこれ以上巻き込むまいと、一人で戦おうとしている者も”


 先……生……


”その者らは何故、自分は空っぽだといった貴様に力を貸したと思っておる”


 ……


”空っぽなどではない。もう貴様は持っているではないか。自分の意思を、願いを!”


 願……い?


 頭に浮かぶのはやりたくても出来ないと諦めていた光景。


 メルクと嘘ではなく心から一緒に笑いあう事。

 姉さんと町に遊びに行って、バカみたいにはしゃぐ事。

 先生とヒーローについて夜まで語り合いたかった事。


 あぁ、僕はこんなにもやりたいことがあったんだな……


”そうだ。葉加瀬政義としてではなく、これがお前のやりたいことだ”


 胸が熱くなる。

 ようやく自己というものを今ようやく理解した。


”分かったならば立ち上がれ! 己が願いを叶えんがために!”


 最後に一つだけ聞いていいか?


”なんだ……”


 今話しかけてるあんたは一体何者だ?


”貴様が言う、影の本体の自意識という奴じゃよ”


 何故、僕に協力した?

 そのまま僕を乗っとるもんだと思ったけど。


”協力したのは、我が自我を一時的に取り戻した礼とでも思って置け。それに我も好きで貴様などの体を乗っ取りたかったわけではない”


 じゃあ何で体を乗っ取ろうとした?

 しかも何故レイブン家だったんだ。


”最後という割に質問が多い奴じゃのう……あれは纏わりついた呪いが勝手にやろうとしたことじゃよ。おそらくじゃが、我が血族の魂となら我と同調しやすいと、呪いがそう考えたのやもしれん”


 呪い……か……

 完全に消滅させるためのヒントは、そこにあるかもしれない。

 呪いを解くことが出来れば、僕も君もあの影たちから解放されるってことだな。

 ありがとう、参考になったよ。


”礼には及ばん。しっかりやれ、我が子孫よ”


 僕は養子なんだけどなぁと思いつつ意識を浮上させる。

 こっからは気合入れないとな。

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