第26話 あなたのヒーローに
「牢にいた時、ワタシを逃がすためにあなたは――」
「なわけねぇだろうが!!」
”生きててほしい、だからあの時遠ざけたのに……”
一緒にいちゃいけない。
未練を残してはいけない。
大切だから、僕はただの嘘つきの嫌われ者でいなきゃいけないんだ。
こいつらを守るためなら、僕は噓の仮面で、大事な人たちを騙そう。
それが、僕の最後の役目だ。
「あれが僕の本心だ。これだけ言っても分からないのか!!」
「――嘘ですね」
メルクが目が突然鋭くなる。
まるでその目は、こちらの本心を完全に見透かしているかのようだった。
「ようやく今ので確信しました。動揺して本音が顔に出ましたね」
「何……を?」
メルクは立ち上がった。
表情が一変し、確信を持った強いものに変わる。
「十年……かかりました。今ようやく主様がどういう人なのかを理解したとそういったんです。もうワタシにあなたの噓は通じません」
「嘘、なんて……」
「なら、なんであなたは泣いてるんですか」
「……え?」
僕が頬に手を当てると両目から涙がこぼれているのが分かる。
まずい。
誤魔化さないと。
取り繕え。
嘘で固めろ。
でないと彼女が……
「これ、は……たまたまゴミが目に――」
「そんな言い訳聞きたくないんです。ワタシはあなたの本音を知りたいんです」
そう言うとメルクが指を一本立てる。
「じゃあ質問です。あなたは死にたいですか?」
”死にたくない”
「死にたいに決まって――」
「嘘だ」
指を二本立てる。
「ヒーロー研究はもういいんですか?」
”そんなわけない”
「どうでもいいって――」
「嘘です」
指を三本立てる。
「ワタシたちの事はどうでもいいと思ってる」
”大切だと思ってる”
「使い捨ての駒くらいにしか思っちゃ……」
「嘘ですね」
指を四本立てる。
「ワタシたちと過ごした日々は楽しかったですか」
”楽しかった……みんなともっと……一緒にいたかった”
「全然これっぽっちも――」
「また嘘です」
指を全て開ききる。
「最後です。あなたは今助けてほしいですか?」
”……助……けて”
「さっきから何なんだよ! 僕は誰も助けなんても求めてないって!!」
その時、体が温かいものに包まれる。
メルクが僕に抱き着いてきたのだ。
「助けますよ。あなたが心から望んでいるのなら」
「なん、で……」
「あなたが――主様が好きだから、です」
メルクは、はにかんで笑みを浮かべる。
鈍感な僕でも分かる。
彼女の真剣な表情を見れば、この言葉が噓偽りない本心なのだと……
――だけど、君を信じる僕自身を……僕が信用できない。
だって僕の前世は……、
「ごめん、僕は――」
口に人差し指を押し当てられ、喋るのを中断させられる。
「答えは後で聞かせて下さい。――これはワタシなりの覚悟、答えを聞くまであなたを、守るという意思の表明です」
メルクはゆっくりと離れ、僕に手を差し伸べる。
「ワタシが必ずあなたの全てを守ります。――だからワタシと一緒に生きてください」
差し伸べられた手を掴みそうになるが、色々な考えが頭をよぎり、ためらってしまう。
この希望に――温かさに縋ってはいけない。
そうでないと後悔する。
だって、僕は前世で一度……失ってるじゃないか。
うつむいて、頭を上げることができない。
「――ダメだ。例え、僕が生き残ってもみんなが……」
「ワタシは全て守ると言いました。あなたの大切な者全てを」
彼女はそう言い切った。
「誰も失わせない。誰も犠牲にしない。そうしないと、優しいあなたが傷ついてしまうから」
「でもそれは……」
理想論だと、メルクに言えなかった。
そんなすべて解決できる都合のいいものなんてないのだから……
だけど手から伝わってくる。
彼女はその理想を諦めていないと、
「確かに私一人の力では、守ることができません。……だから主様、協力してください」
メルクはうなだれる僕の手を両手でつかむ。
信じてもいいのか。
でも彼女なら、メルクなら今度こそ……きっと……、
信じきれる気がするから……、
「ワタシをみんなを守れるヒーローにしてください」
不意に顔を上げる。
メルクのその表情は、覚悟を決めた者の目だ。
姉さんも昔こんな目をしてたっけ。
――確かにこの目だけは裏切れないな。
自分を今一度奮い立たせ、僕は頬の涙を拭う。
「作戦がある」
「やります」
「相変わらず、決断早いなメルクは」
僕は白衣から一枚のカードを取り出す。
無色透明、中心には魔石が埋め込まれている。
「それは……?」
「あいつを封印する研究の過程で出来た副産物だ。これを使えば一時的にだが、あの影を封印できる」
「なら最初からそれを使えば――」
「一時的と言っただろ? しかもこれ、ある程度影を弱らせた状態じゃないと使えないし、効力も三年と短い。――それでもメルクはやるのかい?」
僕がそう聞くとメルクは愚問だという表情をする。
「それでもです。可能性がゼロじゃない限りワタシは諦めたくありません」
僕はその答えを聞いて、白衣から異世界に似つかわしくないデバイスとデッキケースを取り出す。
それをメルクに手渡した。
「これ、は?」
「メルク専用のヒーロー変身アイテムだよ。変身すれば、影にダメージ通せるように、調整してある。だから気にせずいつも通り戦え」
メルクは全て受け取ると大事そうに抱え込む。
「ありがとうございます。主様」
「お礼は、あれを封印した後にしようか」
「そうですね。ワタシの告白の返事も、ね?」
「……そうだね」
苦笑いをして、影の方を見ると、土の檻が全て砕けちる瞬間だった。
客席には地面に倒れ、肩で息をするエルヴィス君の姿。
止めるものがいなくなった影の触手が再び動き出す。
「メルク! デバイスを腕につけろ!」
「はい主様!」
メルクがデバイスを腕に近づけると、ベルトが出現し腕に巻き付く。
『デバイスセット! オン・ユア・マーク!!』
「……!? 今の音は!?」
「音は気にすんな。ケースから紫のカードを引け!」
「は、はい!」
メルクはデッキケースから一枚のカードを取り出す。
「カードをデバイスにかざして叫べ! そうすれば、君も今日から――」
メルクがカードをデバイスにスキャンさせる。
『ファーストレイズ!』
「ヒーローだ!」
「変身!」
メルクが光に包まれる。
光が収まった瞬間、メルクの姿は一変する。
『賭ける! 懸ける! 駆ける! 疾風怒濤の紫颯!! ヴァイオレット!!!』
全身を異世界に似つかわしくない、ボディースーツにゴテゴテしたプロテクターが装着され、腰には先程渡したデッキケースを下げ、取り出せるようにした。
顔もネズミを模したフルフェイスのヘルメットを被っている。
「力が漲る! これが……ヒーローの力!」
メルクが自分の体を確認するようにクルクルと回る。
これが僕が今君に贈れる最大限、守るための力、技術の到達点だ。
メルクの肩をポンと叩く。
「僕はエルヴィス君を助けに行く。後は頼んだよヒーロー」
「……! はい、あなたがそれを望むなら!」
二人同時に走り出す。
影の触手がこちらに向かってくる。
「分かる……この力の使い方も、戦い方も、全部この道具が教えてくれる!」
メルクはデッキから黄色のカードを取り出し。
デバイスに読み取らせる。
『セカンドレイズ! シャイニングダガー!!』
メルクの手に光り輝く短剣が出現し、掴み取る。
「主様に指一本触れさせはしない! 【ヒーロー式短剣術:細雪】!」
メルクの手元がぶれて見えると、僕の目の前にあった触手はパラパラと崩れる。
だが影はすぐに再生し、触手が再び僕たちに向かってくる。
「やはり、もう一段階威力を上げなくてはいけませんか!」
「その前にエルヴィス君助けないと! 君が本気出したら彼がただじゃすまない!」
僕は客席まで飛び上がる。
急いで白衣に魔力を流し、僕とエルヴィス君を包む。
「こっちは準備完了した! 思いっ切りやれメルク!!」
「感謝します主様」
メルクはデッキから熊のモンスターが描かれたカードを取り出し、スキャンする。
『モンスターチャージ! マッスルベアー!!』
プロテクターが淡く光る。
さらにデッキからカードを取り出し、デバイスに読み取らせる。
『モンスターチャージ! モノマネウォール!!』
メルクが複数に分身し、実体をおびる。
「これで決めます」
デッキから再び紫のカードを取り出し、デバイスにかざした。
『オールイン! フィニッシュ!!』
「「「「「はぁッ!!!」」」」」
メルクたちが、影まで高く飛ぶ。
「「「「「これがワタシの全力!! 【必殺:氷原世界】!!!」」」」」
メルクたちが放った無数の斬撃が影を襲う。
触手も応戦しようとするが、先程の超回復が追いつかず、姿がどんどん削れていく。
そして真の姿があらわになる。
蒼炎で形成されている人魂。
それがユラユラと揺らめいている。
「これが影の本体!」
メルクは空中で回転し、蒼炎にナイフを投げつける。
だが、ナイフが蒼炎を貫くことはなく。
蒼炎を透過し、地面に落ちる。
「やはり効かない。ならこれで!」
メルクは透明なカードを取り出し、蒼炎に投げつける。
蒼炎にカードが当たると先程のように透過せず、カードに徐々に吸収されていく。
「ぴぃぁぁぁぁぁぁ!!!!」
蒼炎から発せられた怪鳥のような音が響く。
最後の抵抗と言わんばかりの音を最後に、蒼炎はカードに全て吸収された。
ひらひらと舞ったカードが僕の頭上に落ちる。
それを手に取ると、透明だったカードが、蒼炎が描かれたカードに変わっている。
「封印完了、だな」
「やりました! 主様!」
変身解除したメルクが抱き着いてくる。
よっぽど嬉しかったのだろう。
こういう時は喜ぶべきだと分かっているが、これからやることを考えると憂鬱だ。
三年か……出来るかな。
だけど、ヒーローの頼みだし、叶えるしかないよな。
だって僕は彼女の博士なんだから
僕は蒼炎のカードを見つめながらそんな風に考えていた時。
ふと、嫌な予感がした。
昔、姉さんと潜った遺跡の中で感じた。
何かを見落としている――そんな違和感。
だけどいくら考えても分からない。
一体、僕は何を見落として……、
「ほんと、やってくれたよね」
背後から声がして振り返ろうとした瞬間
「……え?」
メルクが短い声を上げた。
見るとメルクの腹に深々とナイフが刺さっている。
血がポタポタと地面に落ち、僕に寄りかかるようにメルクが倒れた。
「メルク!!!」
僕が声をかけても返事がない。
息はしているようだが、このままじゃ死んでしまう。
「そんなに大事だったんだ? ごめんねぇでも必要な犠牲ってやつだから~」
僕はゆっくりと声のした方を振り向く。
そこには手をベッタリと血に染め、ニコニコと笑う。
エルヴィスが立っていた。
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