第25話 メルクの過去2

 最初の出会いから三年が経った。

 この三年でワタシは主様について色々と分かったことがある。


 一つは、とっても優しい噓つきだということ。

 食事の際、メイドから雑に運ばれて来た食事をいつもワタシに渡す。

 少食だから代わりに食えと言ってくれるが、ワタシは知っている。

 いつも夜中にこっそり抜け出し、空腹を周りの草を食べ紛らわしていること。

 それを主様に問い詰めると、


「最低限胃に物入れてるからいいんだよ。それに護衛は体が資本だろうが、いざって時に空腹で動けませんとか絶対言わせないからな」


 そう言って悪態をついて反論した。

 ワタシはその態度にムカついたので、食事の半分を無理矢理に食べさせました。

 優しいのは主様の美徳だが、自分を犠牲にするやり方が気にいらない。


 主様は流石に反省したのか、食事は二人で半分に分け、満たされない空腹は夜中に二人で食べられるモンスターを狩って食べる毎日を過ごしました。

 二人で食べたあの味をワタシは今でも思い出します。


 もう一つは、主様は前世の記憶というものを持っているらしいということ。

 この世界で見たことない武術や知識を持っていて、それをワタシに伝授してくれている。

 おかげで戦闘が苦手な鼠族のワタシでも、工夫すればモンスター相手に負けなくなった。

 片言だった言語も今は流調になり、異種族言語も違和感なく使える。

 覚えがいいと主様は言うが、教え方がうまいのだと思う。


 最後に主様はヒーローというものが大好きだということだ。

 ヒーローとは何かと聞くと主様は嬉しそうに答える。


「ヒーローっていうのは、何かを守るために命懸けで戦う戦士の事だ。僕はその戦士たちに力を与え、支援することこそ生きがいなんだ」


 その時の表情は、いつもの作り笑顔ではなく、本心からの笑顔だと感じた。

 いつか、作り笑いでなく、心の底から笑いあってくれたらと、いつしかそう願うほどに主様との日々が楽しいものとなっていた。


 だけど、ワタシは忘れていたんです。

 この日常が薄いガラスの上にある脆いものだということに……



 ある日、主様がいつものように父親に呼び出され部屋を後にした。

 ワタシはいつもの事だったので気に留めず。

 回復薬を準備して帰りを待ちましたが、主様はいつまで経っても帰ってきませんでした。


 ワタシは主様の透明になる魔道具をお借りし、屋敷中を探し回った。

 だが、主様の影も形もない。


 出直そうと思った時、ワタシは主様の父親を見つける。

 最後にあったのは父親なら、何か知っているかもしれないと後をつけた。


 予感は当たっており、父親が屋敷のとある壁を叩くと隠し扉が出現する。

 扉の奥には長い階段が続いており、下り終わると薄暗い地下室にたどり着く。


 ワタシはそこで見た光景で息が詰まりそうになった。

 たくさんの牢の中に腐った死体や骨などが散乱し、腐敗臭ですごい匂いだ。


 その中に、両手を手錠に繋がれ、血まみれの主様がいた。


 父親は主様の頭をつかんで叩き起こす。


「少しは吐く気になったか? さっさと貴様が盗んだ奴隷をどうしたか言え! お前が奴隷を連れてるところを目撃した奴がいるんだぞ!!」


 その言葉にワタシは固まった。

 今主様がこんな目に合ってるのは、ワタシの……せい……

 首を横に振り、主様は否定する。


「知りま……せん……私は、本当……に……」


「まだ嘘をつくか!!!」


 父親は何度も主様を殴りつける。

 ワタシは三年前の光景を思い出す。

 あの時は、力がなく、怖くて、何もできずただ見ていることしかできなかった。


 でも、今は違う!


 ワタシは高く飛び、拳をそのまま父親の頭に振り下ろした。


「ぐがっ!?」


 父親は強く地面に頭を打ち付けたことで気絶する。

 今が助けるチャンスだ。


 ワタシは透明になる魔道具を解除する。


「メル、ク……か?」


「そうです主様! メルクが助けにきました!!」


 主様の拘束具を力で引きちぎる。


「拘束は外しました! 逃げましょう早く!」


 ワタシが主様に手を伸ばそうとするが、バシッと手をはじかれる。


「なん、で……」


「余計な、こと、すんな。助けろなんて…言ってない。さっさとどっかに、い、け」


 そう言うとバタリと主様が倒れた。

 急いで駆け寄ったが、呼吸はしている。

 生きてはいるようだ。

 ワタシは回復薬を主様にかけ、傷を治す。

 傷口が塞がっていき、容体が安定する。

 ほっと息をついたが、ワタシの心は穏やかではなかった


 主様が倒れる寸前に見せた瞳からは、ワタシを一切信用していない怯えた感情を覗かせていた。

 その事が何よりショックだった、ワタシと過ごした三年間は何だったのかと。


「き、貴様……どこ、から……入っ、た」


 後ろを振り返るとフラフラと立ち上がる主様の父親が立ち上がっていた。

 どうやら、威力が足りなかったみたいだ。


 主様を優しく床に置き、拳を構える。


「さぁ、答える筋合いはないですね。ワタシは主様を回収しに来ただけですので」


「やはり、そうか――貴様が、そいつの奴隷だな」


 ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべる。


「主の命令とはいえ、わざわざそんな無能を回収するためにご苦労ことだな」


「……なんだと」


 拳を握る手が強くなるのを感じた。

 ワタシは一呼吸して、怒りを鎮める。

 戦うときはクールになれ、主様の教えだ。


「前々から疑問だったのですが、なぜ主様に強く当たる。あなたの息子でしょう」


「息子だと? ハハハ!!!」


 そう問うと父親は高らかに笑う。


「魔法適正もないそんなクズ、息子でも何でもない! 魔法が全てだ!! このようにな!!!」


 父親の頭上に闇の球体が出現する。


「クズと一緒に葬ってくれる! シャドーボール!!」


 闇の球体がワタシたちに迫る。

 だが、その動きは非常に遅い。


 ワタシは主様を抱え、攻撃の範囲外まで下がる。

 先程までいたところは、落とし穴くらい浅い穴が開く。


「こんなものですか? こんなのがないだけで主様はバカにされてきたのですね」


 主様を地面に寝かせ、透明になる魔道具を発動させる。


「なにっ!? 貴様あのごみをどこにやった!!」


「ごみはお前だ。豚野郎」


 ワタシが地面を駆け、距離を一気に詰める、


「なっ!?」


「もう一回眠れ」


 父親を殴り飛ばし、壁に打ち付けられる。

 声も出せないまま、再び意識を失った。


 ワタシは主様を担いで、部屋に戻る。

 バックに全ての荷物を詰め、屋敷を二人で脱走した。


 あの場所にいたら、今度こそ主様が遠ざかっていく。

 そんな気がしたから……


 屋敷からかなり遠ざかり、追っても来ていない。

 夜になり、野営の準備をしていると主様が目を覚ました。


「う、う~ん……ここ、は?」


「気が付かれましたか主様」


 主様は辺りを見渡すと飛び上がるように起き上がる。


「何で、僕は確か地下牢で……外ってことは、まさか!?」


「そうです。逃げてきました」


「勝手な――」


「主様の命令だったので、ワタシはあなたの護衛として命令に従っただけです」


 嘘だ。

 主様が言ったのは、家出してからの護衛、つまり屋敷内では守る必要もない。

 だからワタシは外に連れ出した。

 そうすれば契約の効力で従わっているように見えるから。


「そう、か……命令、そうか僕のミスか……悪いねメルク」


「いえ、命令ですので……」


 作り笑いの笑みを浮かべ、いつもの主様の表情に戻った。


 命令だから、多分これはワタシが自分に言い聞かせる意味でいったのであろう。


 主様はワタシを信用していない。

 契約だから、安心して側に置いてるが多分それがなくなったら近づくことを許さない。

 でもそれでもいい。


 今は信用されていなくても、いつか、この逃亡の果てで信用してもらえたら……

 ――そんな風に思ってたのに。

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