第24話 メルクの過去

 ワタシは生まれた時から奴隷だった。

 両親が二人とも奴隷で、ワタシはその間に生まれた子だ。


 親とは生んだ後、すぐに離れされたらしい。

 でも悲しくはなかった奴隷とはそういうものだと教え込まれていたからだ。


 痛みを与えられるのも当たり前、厳しくされるのも当たり前。

 ワタシはそれが当然なんだと、これが自分の運命なんだと諦めて過ごしていた。


 ある日、ワタシはとある貴族の女に買われた。

 目的はストレス発散のサンドバックとしてだ。


 毎日拘束され、鞭で打たれる。

 皮膚は剥け、空気に触れる度にズキズキと痛んで寝ることも出来ない。

 一週間もすれば、全身が赤くなり、肌と呼べる部分は無くなっていた。

 自分自身、どうして死んでいないのか不思議なほどだ。


「起きなさいよ!」


 足蹴にされ、痛むがもう声も出ず、抵抗もできない。


「ちっ……もうダメになったのね。ほんと使え――」


「失礼しますお母様、頼まれていた物をお持ちしました」


「遅いのよ!」


「申し訳ありませんお母様」


 不明瞭な意識の中、側に誰かが歩いてくる。

 地に伏しているので顔が見えないが、声からして男の子のようだ。

 貴婦人が男の子から渡されたものをひったくるように奪い取る。

 彼が部屋から出ようとした時、ワタシの目の前で止まった。


「……お母様、この奴隷はいかがするのでしょうか?」


「死んでるのよ? そんなの――」


 貴婦人が途中で言葉を止めるとニヤリと笑った。


「そうだわ。あんた処分しときなさい」


「私が……ですか?」


「何? 断るつもりじゃないでしょうね!」


 貴婦人が近くの壁を蹴って、男の子を威嚇する。

 それに彼は動じる様子もない。


「……分かりました。ではこの奴隷の契約を私に移すことを了承していただけます?」


「了承してあげるから、さっさと処理して頂戴!」


 そう言うと男の子の前に一枚の紙が現れる。

 紙を男の子が手に取ったところで、ワタシは意識を失った。



 □□□



 目を覚ますと布団の上だった。

 起き上がって、辺りを見渡すと部屋には物などが乱雑に置かれ、足の踏み場がほぼない状態だ。

 その中に先程の男の子が椅子に座ってこちらを見つめていた。


「やぁ、起きたんだね」


 噓くさい笑みを浮かべて、彼は微笑んだ。


「体の調子はどう? 急いで回復薬振りかけたけど、どこか痛むかい?」


 ワタシは言われて初めて、体がどこも痛まないことに気が付いた。

 服もずっと来ていたボロボロの布ではなく、子供用の給仕服になっている。

 どうやら全て男の子が手配してくれたようだ。


 ワタシが体の調子を確認していると男の子は首を傾げた。


「あれ? 言葉伝わってない? 君ちゃんと喋れる? やっぱり獣人だから獣人語じゃないとダメかな?」


 首を横に振る。

 男の子はしばらく考えると手をポンと叩く。


「――あぁ、そういう事か、しゃべって。命令ね」


「分かり、ました。主の、命令、なら」


 ワタシが命令により、治ったばかりのガラガラの喉を酷使し、無理矢理喋ると。

 その様子を見た男の子は怪訝な顔をする。


「こういう感じか……人に命令を強制させるのって、こんなにも気分が悪いのか。――書き直すか」


 後ろにある机から先程の紙を取り出し、さらさらと記入するとワタシの体がバチッと光る。


「更新完了っと。僕を殺傷とか裏切りとか出来ないようにはしたけど、それ以外は自由だ」


「……え?」


 喋らなくても先程の苦しみもなく、男の子の命令無しで動いても痛くない。

 ずっと契約に縛られていたワタシにとって、初めての経験だった。


「なん、で?」


 ワタシが男の子に疑問を投げかけると作られた意地の悪い笑みを浮かべる。


「もちろん善意で軽くしたわけじゃない。命令無しで動けないようじゃ、護衛の仕事無理だろうからね」


「護、衛?」


「そうだよ。僕が数年後家を出るつもりなんだ。その時身を守るために君が必要だからただそれだけだよ」


 ワタシはこの時疑問に思った。

 家出、つまりこの家の親族であるのは確かなのに何故逃げる必要があるのか。

 そして何より、何故ワタシなのだろう。


「ワタシより、もっと相応しい奴隷、いる。ワタシ、戦い、出来ない」


「残念ながら他の奴隷を探すのは無理なんだよね。君を手に入れられたのも運がよかったからだ」


 ますます分からない。

 貴族ならば奴隷なんていくらでも……

 そう思った瞬間、部屋のドアノブがガチャガチャと勢い良く音を立てる。


「おい! クソガキここ開けろ!!」


 声を聞くと男の子は、忌々しそうに扉を見つめる。


「やっば、クソ親父だ……とりあえずこれ被ってじっとしてて」


 ワタシに布をかぶせると愛想の良い笑顔を作り、ドアのカギを開けた。

 瞬間、ドアから拳が飛び出し男の子を殴る。

 男のは壁まで勢い良く吹っ飛ぶ。


 ドアから太った男が出てきて、壁にもたれかかった少年を足蹴にする。


「お前が提出した書類間違っていたぞ! こんな簡単な仕事も出来ないのか無能が!! こんなのが息子だと思うと吐気がする!!!」


「ご、ごめんな……さい。お父、様」


 父親は何度も男の子を殴り、その度に少年は謝る。

 骨が折れるような音が響き、男の子の血が部屋中に飛び散る。

 ワタシはそれを布越しに、ただじっと見ていることしかできなかった。


 しばらくすると男の子の父親飽きたのか、鼻を鳴らして部屋を去っていく。


 男の子はゴソゴソとポケットから瓶を取り出し、おぼつかない手で自分に振りかけた。

 すると殴られた痕が治っていき、男の子は立ち上がる。


「――ったく、容赦なく殴りやがって」


 男の子はワタシに被っている布を取りさる。


「これで分かっただろ? 僕の扱いはあれが普通、奴隷のような扱い……って、本当の奴隷の君に比べたらまだましなんだろうけどさ」


 男の子は笑うが、その姿は無理しているように見えた。

 ワタシは安心させようと男の子の手を握ると驚いた表情をする。


「――何故今手を握った?」


「不安、大体、これする、落ち着く。いや、だった? 罰する?」


 男の子は首を横に振った。


「一々こんな事で怒ったりしないって、君が不安ならいくらでも付き合ってあげるよ。メンタルケアすればそれだけ護衛としての質も上がるしね」


 ワタシは男の子が不安そうだったから握ったのだが、どうやらワタシが不安だと思ってるらしい。


「それにしても君、言葉が片言だね。奴隷みんな君みたいなの?」


「主、それ、違う。喋れる奴隷、珍しい。人語、分かる、獣人、あまり、いない」


「せっかく他の言語覚えたのに、無駄だったか。まぁ君が優秀な分には僕は嬉しいけどさ。……というか、その主呼びやめて?」


「じゃあ、どう、呼ぶ、正しい?」


 男の子は少し考えるそぶりを見せると何かを納得したような表情をする。


「そっか、僕たちまだお互いに名乗ってなかったね」


 ワタシを真正面に見て、噓くさい笑顔を作る。


「じゃあ改めて、僕はザニア・バイパー、ここの貴族の息子だ。君の名前は?」


「メルク、奴隷商人、ワタシ、そう、呼んだ。名前、ザニア様、覚えた」


「様はいらないんだけどなぁ……まぁ言葉覚えてけばそのうち治るでしょ。短い間だろうけどよろしくねメルク」


 そう言って主様は作り物の笑みで微笑んだ。

 これがワタシと主様との初めての出会いだった。


 ちなみにワタシのメルクという名前だが、奴隷商人が言ってたのは、どうやらミルク臭いガキと言っていて、ワタシの名前ではなかったらしい。

 それをワタシがミルクをメルクに聞き間違えて覚えていたようだ。


 今でもこの間違いを思い出すだけで、顔に火が出そうになる。

 この秘密は墓場まで絶対に持ってこうと思う。

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