第23話 噓つき

「何が起きてんだよ!」


「わ、分かりません。ですがそれより、バージニア様を!」


「あっちは頼んだっす! 俺は陰の方を魔法で閉じ込められないかやってみるっす!」


「頼んだ!」


エルヴィス君は上空に土魔法で檻を作るが、飲み込まれるように陰に消えていく。


「ま、負けないっすよ!」


何度も土魔法で檻を作って時間を稼いでくれている。

その間に僕たちは姉さんに走りよった。


側には涙を流しながら必死に回復魔法を掛け続ける腹黒女の姿。

ポーチから回復薬を取り出す。


「どけ腹黒女! 回復薬で――」


「効くわけないでしょ! あいつの攻撃は回復魔法じゃないと回復しないのよ!!」


腹黒女はこちらを見ずに怒鳴る。

回復魔法で少しずつ、姉さんの体が修復されていく。

このままいけば順調に回復するだろう。

試しに回復薬を垂らしてみたが効果はなかった。

嘘ではないようだが……、


「なんでお前がそれを知ってる。あの影もお前が仕組んだのか」


「そんなわけないでしょ! 私だってラスボスが出てくるなんて予想外なのよ!!」


「ラスボス……あれが?」


頭上にある影を見上げる。

土の檻に囲まれた影が中でうごめく。

見ているだけで気分が悪くなりそうだ。


「あれが姉さんが言ってた奴か」


「そうよ――っていうか、あんたゲームやってないの?」


「やってない。姉さんの情報だよりだ」


「使えないわね」


腹黒女の小言を無視して、周りを見ると突然の黒い影出現で、客はパニック状態。

あの影から逃げようとコロシアムから逃げ出していく。

残っているのは僕たちだけだろう。


「おい、姉さんはどれくらいで治る」


「あまり時間はかからない。だけど……」


腹黒女が上空をちらりと見る。


「あの影がいる状態だと邪魔される可能性があるってわけか」


腹黒女は頷く。

――だったら。


「おい」


「何よ」


僕はポーチから転移の魔道具を腹黒女に手渡す。


「転移の魔道具だ。これで僕の寮の部屋まで飛んで治療しろ」


「あんたに言われなくともやるわよ! だけど何でこんな貴重な魔道具、簡単に私に渡すのよ。このまま逃げること可能性だってあるのは、あんたが一番分かってるでしょ?」


「僕だってお前に渡すのはリスキーなのは分かってる。けど、お前の姉さんを治す姿は打算があってやってるようには見えなかった。だから今だけは信じてやるよ」


僕からひったくるように腹黒女が魔道具を奪う。


「気に入らないけど、従ってあげる」


「はいはい」


僕はポーチから白衣などの必要な物を取り出して、ポーチを腹黒女に投げ渡す。

それを腹黒女はしっかりと受け取った。


「何? これもくれるの? 大盤振る舞いじゃない」


「全部お前にはやらねえよ。あとで姉さんに渡しといてくれ。僕にはこれから必要ないものだからな」


「必要ないって……そんなわけ――」


「これからバージニアルート最終戦を再現するって言えば、お前に伝わるだろ?」


「……!? あんたまさか!!」


「え? え?」


腹黒女が一瞬驚くとその後珍しく同情するような顔をした。

メルクは何のことだが分からずあたふたとしている。


「最初から……そのつもりだったの……」


「いや? でもこうするしかないだろ?」


「そうね。あんたか、お姉ちゃんか――だもんね」


「あぁそういうことだ」


腹黒女は転移の魔道具を起動させる。

転移にはあまり時間がかからないが、話をする時間くらいあるだろう。


「最後だからあんたに言っとく、私があんたに腹が立った理由」


「……なんだ」


「私と同じ噓つきだからよ」


転移の魔道具が光りだす。

時間だ。


転移する寸前、腹黒女は初めて僕に笑って見せた。


「じゃあね噓つき。あんたのことは大っ嫌いだったわ」


「じゃあな腹黒。姉さんの事、頼んだ――」


転移して二人の姿は見えなくなる。

僕が振り返ると話についていけてないメルクが困惑した表情で立っていた。


「あの、主様……さっきの会話は一体どういう――」


「ねぇメルク。僕と出会ってから何年経つんだっけ?」


「なんで今その質問――」


「答えてよ」


僕が作り笑いを浮かべて質問すると、メルクは怯えたような表情をする。


「じゅ、十年ですけど……」


「そうか、もうそんなに経つんだね。僕が君を契約で縛ってから」


「あ、主……様?」


「今までこんな僕に仕えてくれて本当にありがとう。契約で仕方なくとはいえ、こんな男の命令聞くの辛かったよね? 僕を殺したいと何度となく思ったでしょ?」


「そんなこと! なんでそんなこと言うのですか!!」


僕は白衣から、とある契約書を取り出した。


「これ、何だと思う?」


「それは、ワタシと主様の主従になるための契約書、です。主様との始まりの繋がりで大事な――」


僕はメルクの目の前でビリビリに契約書を破り捨てる。

破られた紙が宙を舞った。


「あぁ……あぁぁぁぁ!!!」


メルクは地面に散らばった破られた契約書を必死に集めようと手を伸ばす。

だが、虚しくも全て拾うことはできなかった。

出来たとしても、契約は元には戻らない。


メルクは膝をついて涙を流す。


「なん、で――どうしてですか、主様!!!」


「だってこうしなきゃ、契約の効力あって、僕を殺せないでしょ?」


「――何、を……言って……」


僕は作り笑いを浮かべて、微笑む。


「いや実はね? あの陰さ、今の状態じゃ絶対に倒せないんだよ」


「……え」


唖然とした表情でメルクが固まる。


「完全に倒しきるには実体を与えてから倒さないといけないんだけど、特定の人物にあの陰を憑依させないと実体化しないんだよね」


「待って下さい……その人物って……」


メルクの瞳が自分の考えを否定してほしいと言ってるように見えたが、僕はニコリと笑ってそれを否定する。


「レイブン家であること、それが憑依の条件」


「さっきのナタリア様との会話は!」


「そうだよ。僕か姉さんがどちらが憑依されて死ぬかの、選択の話」


「そん、な……でも、主様なら今までのように何とか――」


僕は首を横に振った。


「ごめんね。姉さんから聞いて研究はしてた。だけど、全く成果は得られなかったんだ。ヒーローである姉さんを差し出すわけにもいかないし。僕が死ぬと姉さんの変身アイテム直したり、新たに変身アイテムを作れる人物がいなくなって、この世界にヒーローがいなくなる。そしたら死んでも死にきれない」


僕は大きく両腕を広げる。


「だから僕は途中から研究内容を切り替えたんだ」


「切り替え、た?」


「そう、僕の後を次いでヒーロー研究を引き継いでくれる後継者を育てるって方向にね?」


「まさか……私たちにヒーロー式戦闘術や魔道具の作り方を教えたのも……」


僕は首を縦に振る。


「その通り、これで僕も安心して――」


「死ぬことが出来るっていうんですか! ふざけないでください!!」


メルクが涙で目を腫らして激高する。

僕はメルクに背を向ける。


「まぁ引き継ぐがどうかはあとで決めてよ。僕が陰と同化した後で――」


陰に向かって歩き出そうとした瞬間。

背中に衝撃が走る。


「がっ!?」


体が宙を舞い、正面から壁に勢い良く打ち付けられる。

痛む体を抑え、後ろを振り返ると、拳を握り締めたメルクが歩いてきていた。


「やっぱ恨まれてた、よね。当然か……君の人生を僕があの時奪ったようなもん――」


目の前にメルクが来ると、僕の襟を引っ張る。

その目は怒りではなく、どこか悲しげに見えた。


「あなたがいつ! ワタシが恨むような事をしましたか!!」


メルクはボロボロと大粒な涙を流して握る力を強める。


「いつもそうです! 自分で勝手に決めて、勝手に納得して!! ワタシの感情を勝手に決めつけないで下さい!!!」


”知ってるよ……君が本気で僕を思ってくれてたこと……だからこそ――”


僕は生まれつきの悪人面を全面に押し出して高笑いする。


「そうさ勝手さ! 自分勝手で身勝手、僕は、ザニア・バイパーはそういう人間だ!!」


”頼む”


「君を自分の都合で従者にして! 君がどう思ってるのかも考えず、ヒーロー研究を押し付け、自分の命欲しさに戦わせる!! そんな最低な男が、この僕だ!!!」


”頼むよ……”


「必要じゃないと簡単に切り捨てる! 信頼? 絆? そんなもん最初からないんだよ!! メルクも姉さんたちも必要だったから守ってただけたっての!!!」


”お願いだから……”


「分かったらとっとと消えろよ! ヒーローを生み出した時点で、僕の目的は果たした!! もうこんな世界に、君たちにようなんてないんだよ!!!」


”もう僕から……離れてくれよ……”


息を切らして、そう言い切るとメルクは掴んだまま無言になる。

次の瞬間掴んでいる反対の手が拳を握った。


殴られると思って、とっさに目をつぶる。

だが、いつまでたっても衝撃こない。


「ワタシは……そんなに……頼りない……ですか……」


目を開けると袖をつかんだままメルクは膝をついてうつむいていた。

地面にはぽたぽたと涙がこぼれる。


「あの時だってあなたは……」

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