第22話 ナタリアVSバージニア そして……

 私は杖を構える。

 二周目アイテム、聖女の杖。

 性能はどの魔道具より強力、六属性の強化に加え、属性にない回復魔法まで使える。

 負けるわけがない。


「聖女の杖ですの? 二周目アイテム持ってるんですのね」


「あなた知ってるのね。まぁあのナスビ頭から聞いてはいるわよね」


 ――だとするとあいつは二周目クリアしている。

 性能を知っている分こっちが不利ね。

 それでも、対策なんてできないだろうけど。


 キョトンとした顔でこちらを見る。


「えっ? いえ、ザニアは……」


「まぁ、知ってようと叩き潰すまでよ」


 杖をバージニアに向ける。


「さぁ! あんたも構えなよ!」


 バージニアは首を横に振った。


「いやですわ」


「……何言ってるの」


「私はあなたと戦いたくありませんわ」


 ここまでやっといて戦いたくない?

 地面を杖で突く。


「ふざけないでよ! こっちは命がかかってるの! それを――」


「降参していただければ、わたくしが、レイブン家が保障しますわ。私はあなたを傷つけたくないですわ。だから……」


「わざと負けろって?」


 堂々と八百長を勧める。

 あの男の差し金ね。

 姑息なこと、この上ない。

 それにしても、傷つけたくないだの戦いたくないだの……


「何? 優しい人アピール? いい人に見られたいわけ? あいつが好きなの?」


「な、な――そ、そんなわけないですわ!? 姉弟ですのよわたくしたち!!」


 頬を赤らめながらバージニアは動揺する。

 冗談で言ったのに、分かりやすいわね。


「どうせ、あいつに言われて八百長勧めて来いとでも言われたんでしょ? あいつがそんな約束守るもんですか」


 私が鼻で笑うとバージニアはまたも首を横に振った。


「いいえ、これを提案したのは私ですわ。むしろザニアは大義名分あるんだし。ナタリアはぶっ殺した方がいいんじゃない? とか言ってましたわ。だから降参を提案するという形で手を打たせましたの」


 ――あの男、私が無実になったらぶっ殺す。

 それよりも……、


「分からないわね。あんた私に何されたのか知らないわけじゃないでしょ?」


「えぇ、でも何か事情が……」


「そうね。私が幸せになるのに邪魔だったから殺そうとしましたぁ~。これが事情よ。 どう? 憎いでしょ? 戦いたくなったでしょう?」


「……」


 私が煽るとバージニアは黙り込む。

 見せて欲しい、貴方も人間だって所を!

 その笑顔が怒りで歪む姿を私に――、


「怒りませんわ。だってゲームでは悪役だったから先に排除しようとしただけでしょ?」


 バージニアは怒りでも憎しみの表情でもなく、笑顔の表情で返した。

 普通はここで怒るべきなんだよ!

 なぜ怒らない!!


「あんた、頭おかしいんじゃないの! 自分の命狙った相手なのよ!! 殺したいって思うのが普通でしょ!!!」


「――あなたが何で怒っていますの? まるで、自分を罰してほしいと言ってるように聞こえますわよ?」


 バージニアが首を傾げた。

 杖を握る手に力が入る。


「ムカつく! あんたみたいなお人好し大っ嫌いよ!!」


「お人好しで結構ですわ。誰かを恨みあうよりよっぽど建設的ですもの」


『それでは最終戦のカウントダウンを開始します!』


 実況の声がコロシアムに響く。


「私は幸せになりたいの、今度こそ……由香お姉ちゃんみたいには絶対ならない!」


「――!? あなたもしかして!!」


『三・二・一、試合開始です!!!』


「「ライトニング!」」


 お互いほぼ同時に魔法を発動して相殺される。

 おそらく魔道具で属性を増やしてるのね。

 しかも魔法の練度もかなりだ。


「へぇ……守られてるだけのお姫様ってわけじゃないのね」


「ぎ、ギリギリでしたわ……それよりも、あな――」


「聞く耳持たない! ウィンドランス!!」


「も、もう! ウィンドランス!!」


 螺旋に進む強風がぶつかり合い、土埃舞う。


「ケホケホッ……ちょっと話を――」


「これでもダメか――ならストーンランス! フレイムランス!!」


「話を聞きなさいって言ってますわよね!? ストーンランス! フレイムランス!!」


 岩と炎で出来た槍が飛び、両者弾ける。

 パラパラと火の粉と砂が地面に落ちていく。


「強さは互角……か」


「ぜぇぜぇ――」


 バージニアが肩で息をする。

 魔法の使い過ぎで魔力酔い起こしたのね!


「もらった! シャドーランス!!」


 闇の槍がバージニアに迫る。


「話を聞きなさいと――言ってますでしょ!!!」


 バージニアは何とシャドーランスを殴りつけると闇が霧散した。

 よく見ると白い手袋のような物をつけている。


「な、なんなのそれ……」


「ザニア特製、魔法グローブ。魔法に対する耐久力と光属性が使える代物ですわ」


「無茶苦茶じゃないあいつ!」


 聖女の杖の魔法と同等の魔道具作るなんて……


「それよりも……あなた、未海ちゃんですわよね」


「な、なんで私の前世の名前を!? ま、まさか……」


 バージニアが嬉しそうにこちらを見る。


「そう、そうですわ! わたくしは――」


「お姉ちゃんをいじめてた女ね! 転生しただけでなく、お姉ちゃんの真似までして……ぶっ殺してやる!!!」


「どうしてそうなりますの!?」


 私は杖に全力で魔力を流す。

 杖の先には六属性を混ぜた光り輝く球体が生成される。


「お姉ちゃんに詫びながら死ねぇぇぇ!!!」


 球体を射出し、魔法がバージニアに迫る。


「もう、どうしてこうなるんですのよぉぉぉ!!?」


 バージニアが球体を殴ると、辺りが光で包まれた。

 光が収まると段々と姿が見えるようになる。


 バージニアは無傷でしっかりと目の前に立っていた。


「そ、そんな……私の最強が――」


 最強の技が止められ、絶望感で立っていられなかった。

 膝から地面に付く。


『す、凄まじい! 異例も異例!! 魔法を拳で粉砕した!!!』


 ゆっくりとバージニアが歩いてくる。

 もう……抵抗する気も失せた。

 おしまいだ。


「殺しなよ」


「殺しませんわ。全く人の話聞かないのは相変わらずですわね」


 ため息をついてバージニアが屈む。


「どうして、由香のようになりたくないと言ったんですの?」


「それ、は……」


 私を真っ直ぐに見つめる純粋な瞳に耐えられず目をそらす。


「だって……由香姉ちゃんは、いい人だったから死んだんだ。死ぬのならまだいい、その後お姉ちゃんを……死者に鞭を打つような言われよう! そんな死に方するくらいなら自由に生きて、恨まれた方がましよ!! だから私は!!!」


「あぁ……やっぱり悪口言われてましたのね。そんな気がしましたが、死後にそれ知るとつらいですわね」


 バージニアは苦笑いを浮かべる。


「何言ってるの? お姉ちゃんの話をしてるのよ?」


「――本当鈍いですわね」


 私を立たせるように腕を引っ張る。

 フラフラな足で何とか立ち上がった。


 何故だか分からないけど、バージニアが優しく微笑むと、その姿がどことなく由香姉ちゃんに被って見えた。


「わたくしが由香だと言ってますのよ」


 バージニアが由香姉ちゃん?


「噓……だ……」


 ありえない。

 でも、そうすると性格が似ていることにも説明がつく。

 バージニア、もとい由香姉ちゃんは呆れたように肩をすくめる。


「嘘じゃないと何度も説明したわよ? 相変わらず思い込むと人の話聞かないんですから――そこ悪いところですわよ?」


「そうか……そう、なんだ……」


 ”つまり、私は……お姉ちゃんを、殺そうと、した”


 その事実に耐えられなくて、魔法で石のナイフを生成して自分に突きつけようとした。

 すると手を由香姉ちゃんに弾かれる。


「何やってますのよ!」


「止めないで! お姉ちゃんに知られたくなかった!! こんな風になった私の事なんて!!!」


 もう一度生成を試みようとしたが、由香姉ちゃんが私に抱き着く。


「何も変わってない! 姿が変わろうと性格が変わろうとも、可愛い妹分を嫌うもんですか!!」


 バージニアがお嬢様口調がなくなり、前世での口調に戻る。

 私は優しい温もりに包まれる。


「――嫌わない、の……だってお姉ちゃんのようになりたくないって――それに、お姉ちゃんに言えないようなことも、前世でも……今も――」


「あなたが私を悪く言おうと構わない! それに悪いことだと自覚あるのなら、その罪をこれから償ってけばいいの!! 大丈夫、わたくしも一緒に償ってあげる!!! だから、死のうなんて絶対にしないで!!!!」


「――やっぱりお姉ちゃんは、変わらない……ね」


 私はいつの間にか頬に涙が流れる。


 あぁ、そうか。

 私は、誰かに止めてほしかったんだ。

 悪い子になれば、どこかからひょっこりとお姉ちゃんが現れて、私を叱りにきてくれるなんて、そんな妄想に憑りつかれていた。


 でも……もう、しなくていいんだよね。

 だってここに私を叱ってくれるお姉ちゃんがいるんだから……、


 私は涙を袖で拭き、顔を引き締める。


「降参! 私の負け!!」


 結界越しにも聞こえるように大声で叫んだ。


『け、決着!!! しょ、勝者バージニア選手!!!!』


 割れんばかりの歓声が響き、終わりの宣言をした。


「あぁ、これで私は死刑なのかな? ナスビ頭が私を許すわけないし」


「させませんわよ! ザニアが何か言うようでしたら、わたくしが殴ってでも止めて見せますわ!!」


 親指を立てて大丈夫と、私を励まそうとしてくれる。

 やっぱり、頼りになるなお姉ちゃんは……、


「ありがとうお姉ちゃん」


「お礼を言われるようなことは何も――危ない!」


 言葉を途中で言い切らず、お姉ちゃんが私を突き飛ばした。

 どこからともなく現れた触手が先程まで私がいたところに高速で伸びる。

 そして、私の代わりにお姉ちゃんの心臓を貫いた。


「お姉ちゃん!!!」


 倒れるお姉ちゃんを手で支えると自分の手にべっとりと血が付着する。


 私が頭上を見上げると、コロシアム上空に球状の闇が浮遊しており、そこから触手が伸ばされていた。

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