第21話 ナタリアの前世
”ムカつく”
「勝ちましたわ!」
「――ですね。当初の予定とは違いますが……」
バージニアがメルクに抱き着く。
メルクは冷汗を流しながら、コロシアムを見ている。
”――ムカつく”
「そうっすね。何か合ったんすか――ひっ!?」
エルヴィスが私の方を見るとたじろぐ。
ひどいじゃない、まるで化物でも見たみたいな反応じゃない。
全くあんたたち本当に――
”……ムカつく”
コロシアムからこちらに歩いてくるナスビ頭。
私を見つけると眉をひそめる。
「おいおい、そんなおっかない顔で出ていいのか? 主人公様」
「――何? 今更取り繕えとでも?」
ナスビ頭を睨むと肩をすくめる。
「いや、別に? 君がそれでいいなら別に構わないさ」
ナスビ頭が選手席に座る。
「ちょっとザニア! 予定と全く違いましてよ!」
「悪いね。あいつと戦ってみたくなった」
「バトルジャンキーか何かですの!?」
戦うつもりがなかった?
賄賂でも渡して八百長でもしようとしていたのね
――ほんと、姑息な男。
この男は確かにムカつく、だけど私がムカつくのは……、
『コロシアムの準備が整いましたので、最後の試合を始めたいと思います!』
私とバージニアがコロシアムに上がる。
大歓声に包まれるが、私の耳には騒音にしか聞こえない。
私がちらりとバージニアを見る。
天使のような笑顔でコロシアムを進み、足取りが軽い。
――もう勝った気でいるようね。
ゲームだったら、私たちが勝っていたのにどうしてこうなったのだろう。
それもこれもナスビ頭がシナリオ変えたせいだ。
しかも、バージニアを改心させるなんて……
この性格もあいつの趣味なんだろうけど、よりにもよってなんでこんな性格にした。
まるで……あの人みたいじゃない。
バージニアが視線に気づき、首を傾げる。
「どうしたのですかナタリアさん? わたくしの顔に何かついてまして?」
「うっさい、敵に話しかけてくんな!」
「ひどいですわ!?」
バージニアは肩を落とす。
その仕草もあの人にそっくりだ。
だからこそ……、
「ムカつく」
これ以上関わっていたくなかったので、距離を離すために早歩きでスタート位置に向かった。
□□□
前世の幼少期は、今の私ほど捻くれていなかった。
普通の家庭に生まれ、勉強もそれなり、友達が少なかったわけでもない。
ごくごく普通の女の子だったと思う。
そんな私にも大好きな人がいた。
近所に住んでいたお姉ちゃんだ。
お姉ちゃんを一言で言えば底抜けのお人好し。
頼まれたら嫌な顔一つせず手伝う。
困っている人がいれば手を差し伸べられる優しい人。
――けど、そんな優しい人だからあんな目に合ったんだ。
ある日、学校の帰り道にお姉ちゃんの家に行こうと向かった。
その途中で人だかりが出来ているのを見かける。
私は気になって聞き耳を立てたのだが、そこで衝撃な事実を知らされた。
”お姉ちゃんが交通事故で亡くなった”
どうやら子供が轢かれそうになった所を助けようとしたらしい。
これだけなら私も悲しい事件で終わることもできたんだ。
”あの事実を知るまでは……”
人混みの中にお姉さんと同じ制服の女達を見かけたので聞き耳をすると……
「あの子死んだの? ざまぁないね。いい子ぶってるから天罰が下るんだよ!」
「それな? 先生に好かれようと媚び売っててうざかったんだよね」
「「きゃははは」」
私はその時に見た、その場から去るあの女達の下劣な笑みを、一生忘れられないだろう。
その場にいることができず、私はすぐに家に帰った。
後から色々と分かったのだが、お姉ちゃんは学校でいじめられていたらしい。
しかもそれだけじゃなく、家庭環境も最悪。
親が隠れてDVを行っていたことも事件後に発覚した。
そんな環境の中で折れず、私にも分からないようにふるまってくれてたんだ。
私は帰ってからベッドで号泣した。
部屋にこもりずっと考えた。
どうして、お姉ちゃんがあんな言われをしなければならないんだろう。
どうして、優しい人が損をするのだろう。
どうして、どうして……
その時天啓のように一つの考えに思い至った。
”正直者が馬鹿を見るなら、悪い奴になればいい”
優しい人が損をするなら私はそれを奪う側に回ればいい。
正しい人が叩かれる世の中なら、叩く側になろう。
そうしないと、あの人みたいに、あんな最後を迎えるんだ。
私は……
「お姉ちゃんみたいには……絶対、ならない――」
次の日から私はいい子をやめた。
バレないように勉強をさぼって、悪い奴らとも交流を持った。
交流の中で私は、代わりに悪事を働く人材を見つける。
男たちだ。
男たちを手懐けるのは容易だった。
あいつらは私が体を許すと何でも言うことを聞く。
ムカつく奴はボコボコに、罪も代わりに受けてくれる。
最高の下僕だった。
手始めにお姉ちゃんをいじめてた女たちを男たちを使ってトラウマを植え付けてやった。
お姉さんの仇は取り、少しは気分がよくなると思った。
――だけど、ちっとも心は晴れない。
もしかして……
「私ってお姉ちゃんの事それほど大事に思ってなかったのかな?」
その事実を知って、悲しくはあったが、もう涙は出ない。
復讐は終わった。
だけど、私はこの生き方を止めることはできない。
ある日、私がトイレに行っている時に女達に襲われた。
女子が私を押さえつけ、動けないようにする。
「あんた人の男取ってどういうつもりよ!」
「あんたの男?」
「とぼけないでよ! 栄男のことよ!」
名前を言われてもピンと来なくて、熟考するとふと思い出した。
そんな名前の男が私の取り巻きに一人いたことを。
「あぁ、あいつね。彼言ってたわよ? 彼女がヒステリック気味でうるさいんですってさ! そんな性格だから男逃げるんだよバ~カ」
「こ、こんのッ!!!」
私は女に首を絞められる。
うまく呼吸が出来ない。
「こ、ひゅ……」
「ちょっと栄子!? そいつ本当に死ぬって!!」
「殺してやる!!!」
周りの制止も聞かず、女は私の首を絞める。
私は遠のく意識の中頭に浮かんだのはお姉ちゃんの顔だった。
こんな時にあの人思い出すなんてね。
私は笑って、意識を手放す。
そして二度と目覚めることはなかった。
そんな前世を思い出したのは五歳の時だ。
何の前触れもなく突然思い出した。
座っていた椅子から転げ落ちる。
「だ、大丈夫っすかナタリア?」
エルヴィスが尻もちをついた私を心配して手を差し伸べてくる。
私はこの少年に見覚えがあった。
お姉さんの家にあったゲームに、そして私もやったあのゲーム。
ヴァルハラストーリーの攻略キャラ、エルヴィスが目の前にいる。
つまりここはヴァルハラストーリーの世界。
しかも私は、主人公!
だったら今度こそ私は幸せになって見せる!
そこから私はすぐに行動を開始した。
自分の部屋の引き出しを開け、二周目アイテムを回収。
エルヴィスを連れて、遺跡を巡って魔道具を集める。
当然遺跡内にはモンスターは出たが、二周目アイテムすら持ってる私の敵ではなかった。
エルヴィスと共に遺跡に潜り続ける幼少期を過ごしていたが、二人では限界が来た。
入れる遺跡は取りつくしたが、攻略キャラがいないと開かない遺跡の魔道具は回収できずにいた。
専用アイテムもあるが、私が欲しいのはその付属のアイテムたちだ。
エルヴィスのは回収したけど、やはり他の攻略キャラのも欲しい。
やはりどこかで会う必要があるわね。
だけど、相手は王族や貴族。
平民がすぐに会える相手ではない。
「どうしようかなぁ」
そんな悩みもすぐに解決した。
九歳になったある日のこと。
やることがなくなったので、とりあえず近くにいる盗賊を退治することにした。
指名手配を捕まえればお金貰えるしね。
お金はいくらあってもいい。
盗賊のアジトを壊滅させた時、お宝部屋にとある人物たちが捕まっていた。
それが、アンドレイ王子とイゴール、ウォルターだ。
主人公補正だろうか。
私の望んだ通りの結果になっている。
王子たちの拘束を解き、私は三人に取り入った。
二周目アイテムの親愛の指輪と私の話術で好感度をあげるとすぐに打ち解ける。
王子たちは王城に帰ることなく、一年近く一緒に過ごした。
その際魔道具もしっかりと遺跡から回収した。
ふと城下町ではどうなっているのか気になって、エルヴィスと二人で行ったのだけど、流石に王子失踪は騒ぎになっていた。
まずいと思った私は一旦三人を城に返すことを決意する。
もちろん私の事は秘密にするよう言い含めてだ。
別れ際、私は攻略キャラしか使えないアイテムを渡しこういった。
「五年後に会いましょう」
約束してから五年、十五歳になり、学園に入学した。
みんなとも再開し、これから私の幸せな学園生活を始める。
そのためにも……
「バージニアには消えてもらわなきゃね」
大丈夫。だって私は主人公。
悪党の一人や二人殺したところで許される。
そう思って、暗殺を計画したのに……
ナスビ頭に邪魔され、今度は王子の力まで使ったのに阻まれた。
実力でなら負けないと思って決闘を受けたのに手も足も出ず惨敗。
残るは私一人。
だけど負けるわけにはいかないんだ。
幸せになるんだ今度こそ。
それにあの人に似ているバージニアにだけは負けたくない。
負けたら、あの日決意した私が、否定される気がするから……
『両者開始位置に着きました!』
「うわぉぉぉ!!!」
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