第20話 イゴールVSザニア

 コロシアムの中心に向かうと、そこには寝転んだレオンが陣取っていた。

 会場のスタッフが何とか動かそうとしているようだが、全く持って動く様子はない。

 スタッフが僕を見つけると駆け寄ってくる。


「あのぉザニア選手、申し訳ないのですが、このゴーレムを何とか出来ないでしょうか? 無理な場合、持ち主のエルヴィス選手に来ていただく必要があるのですが……」


「構いませんよ。どかすまで少し時間がかかるので皆さんは先に戻っていただいて結構ですよ?」


「本当ですか! ありがとうございます」


 スタッフがコロシアムから離れ、僕とイゴールだけ残された。

 僕はレオンに近づき、いじっている様に演技をする。


「なぁ、イゴール……少し、話をしないか?」


レオンをどかすのは時間がかからないが、話す時間が欲しかったんだ。

びくっとイゴールが怯えたようにこちらを見る。


「……な、何故?」


「安心しろ、別に脅迫じゃねえから身構えないでくれよ。君の……というより、君たちの未来の話だ」


「……」


 僕が未来のと口にした時、イゴールは絶望に満ちた表情をする。


「分かってるんだろ? アンドレイとウォルターに勝った時点で、その先の勝負は全部茶番だってことに……」


「それ! は……」


 否定しようとしたのだろうが、言葉が出ず再び押し黙る。

 ナタリアより現状を冷静に分析できてるって証拠だな。

 だからこそ交渉の余地がある。


「例えばの話をしようか、僕と姉さんに二人が勝って無罪となったとしよう。無事解放されたとして、その先に君たちの明るい未来は決してない。だって、悪評は既に二カ国に広まっている。周りから常に誹謗中傷の嵐、それだけで済めばいいけど、もしかしたら今度は冤罪で君たちを捕まえる輩が出るかもしれない。そうなった場合王族という大きな後ろ盾を失った君たちはなすすべもなく無実の罪で裁かれる事となるだろう。死刑もありえる――」


「……」


「だからこそ提案だ。イゴール、この勝負降りてくれないか。そしたらお前らの身柄の保証はレイブン家がする」


「なっ!?」


 僕がそう言うと、イゴールが周りをキョロキョロと見渡す。


「心配しなくてもこの声はあっちの客席には届かない、どうやら初戦の音波のせいで音を拾う機能が故障したらしい。だから僕の八百長の発言を聞いてるやつも誰もいない。お前も言いたいことあるなら、言っても大丈夫だぞ?」


「それじゃあ、遠慮なく。お前は恥ずかしいと思わないのかこんな提案をして!」


「僕としても本意じゃないんだがな」


 本意じゃないという言葉は嘘ではない。

 レイブン家にこんな問題児どもを受け入れるなんて、どうかしていると……


「なら何で……」


 だけど――、


「姉さんがお前らをどうしても死なせたくないらしくてな。全く、ひどい目に合ってるっていうのに優しすぎるんだよ姉さんは」


「……」


「まぁ、どっちでもいいぞ。僕としては君の力には興味があったし。戦うのもやぶさかではない。でもその前に君が、その姿でここに立った時点で、不戦敗になるのが残念でならないけど、イゴールちゃん」


「――!?」


 イゴールは驚愕したようにこちらを見つめる。


「な、何を……それになんで……」


「魔道具で姿変えてるんだろ? 女だってことを偽ってさ」


「何で知って!」


「知ってたさ。だからこそ僕は道具を一つって縛りを出したんだよ」


 強い魔道具を複数出されないためって理由もあるけど、一番の理由はこれだ。

 イゴールを不戦敗にするための策として用意した。

 あの中で二番目に強い、イゴールを封じるために……


「そん、な……」


 イゴールが膝を地面に着く。

 僕も姉さんに聞くまで信じられなかったが、イゴールは騎士団長の息子ではなく娘だったのだ。

 親から男として生きるように育て上げられたらしい。


 乙女ゲーで何で男装女子が攻略キャラにいるんですのよ!

 ……って、前世の姉さん含め多くのプレイヤーがコントローラーを投げ捨てたとか。


「まぁ、そういうことだ。君が剣を持った男装で来た時点で、剣の魔道具と偽装の魔道具二つを使ってる。これで君のルール抵触の不戦敗が確定してたんだよ。だから君が取る選択肢は、保護を受けるか、受けないか、ただそれだけの二択なんだよ」


「……」


「答えが決まらないならそれでいい、勝手にするから」


 レオンを無限収納袋に入れ、選手席に袋を投げ入れる。

 メルクがそれを余裕でキャッチした。

 さすがだな。


 僕はイゴールに振り返る。


「さて、答えは決まったか?」


「保護を、受ける……」


「オッケー、僕としてもそっちのほうが助か――」


「だけど! 一つお願いがある!!」


 イゴールは剣を抜き構えた。


「……何のつもりだ?」


「自分と戦ってほしい、僕が勝ったらみんなには酷い事をしないで、くれ。自分はどうなってもいいから!」


 まるで僕が悪役みたいな言い回しなのは気に食わないけど、一応聞いてやるか。


「――僕が受けるメリットは?」


「ない。お願いできる立場にないことも分かってる。だけど、せめてナタリアとアンドレイ王子だけは……」


 ナチュラルにウォルターが仲間外れにされてて、笑えた。

 まぁ、あいつに関してはメルクに何かしたみたいだし、同情するつもりもない。

 同じ怒りを持つ者同士だからか分からないが、少しイゴールに共感が持てた気がする。

 でも解せないな。


「何であいつらのためにそこまでする」


「自分を、ありのままで受け入れてくれた友達で、大好きな人達だから……」


「だから戦うって?」


「自分は守りたいんだ。この身を懸けても!」


 真剣な瞳だ。

 噓偽りのない本心なんだろう。

 この身を懸けても……か……


 僕は微笑んだ。


「いいな君! 敵サイドじゃなかったらヒーローに誘ってるところだ!!」


「……? よく分からないが、受けてくれるということか?」


「あぁいいぜ。君の気概が気に入った!」


「――! 感謝する!!」


 僕は腰から英国紳士が持ち歩く、黒いステッキを取り出す。

 イゴールと戦うのならこれが一番最適解だ。


 味方の選手席では僕が武器を構えたことが意外なのか、動揺している。

 まぁ、最初の打ち合わせと違うからな。


 けど、ごめん。

 僕は戦ってみたくなった。

 このヒーローの卵と!


『両者、武器を構えたようなので試合開始可能と判断しますね! それではカウントダウンを開始します!!』


 僕はステッキを水平に構え、イゴールは剣を頭上に構えた。


『三・二・一、始め!!』


 両者地面を駆け、距離を縮める。

 イゴールは剣に魔力を流し、頭上から振り下ろした。


「【王宮剣術:アクアブレード】!!!」


 剣がウォーターカッターのごとく迫る。


「負けてられないよな!」


 ステッキに魔力を流して振り上げる。

 この魔道具は白衣と同じ素材で出来ていて、魔力を流せば流すほど固くなる。

 つまり、僕がよく使いなれた武器ってことだ。


 しかも僕は五年前と違って、あれから鍛え続けたんだ。

 あの頃の雪辱はここで晴らす。


「【ヒーロー式杖術:水蛇ミズヘビ】!!!」


 ステッキで剣を受け流し、剣が僕に当たることもなく、地面へと振り下ろされた。

 イゴールはそのまま剣を地面から斬り上げる。


「まだだ! 【王宮剣術:アクアスラッシュ】!!」


「構える余裕は――なさそうだな」


 横に再度ステップで避け、剣を回避する。

 元あった地面は抉れたような形になっていた。

 杖術じゃスピード負けするな。

 だったら……


 ステッキを持った手を引き、片手をステッキに添えて槍を構える姿勢をとる。


「【ヒーロー式槍術:火蜂ヒバチ】!」


「ぐっ!?」


 ステッキで突きを繰り出し、イゴールの腹に当てる。

 二撃目を放とうとしたが、イゴールはすぐさま離れて間合いから外れた。


「やるな。メルクの次くらいには」


「あなたもやりますね。自分の本気をここまで耐えた人はナタリア以来です」


「もう少し続けたい気もするが……」


「――終わりに、しましょうか」


 イゴールは両手で剣を持ち、魔力が剣に集中する。


 溜めている間に攻撃すれば、僕の勝ちだが、それは無粋ってものだな。


 頭上に浮遊した複数の剣が出現し、こちらに刃先が向けられた。


「【王宮剣術奥義:レヴィアタン】自分が放てる最強の技だ。これで自分は貴方に勝つ」


「そうか、なら僕もそれに全力で答えるとしよう」


 ステッキに溜められる最大の魔力量を流し込み、逆手持ちで構える。


「いつでもいいぜ」


「なら、遠慮なくッ!!!」


 複数の剣が一斉に振り下ろされ、僕に迫る。

 大きく息を吸い込んで、ステッキを強く握った。


「【必殺:八岐大蛇ヤマタノオロチ】!!!」


 一撃目を振り上げて相殺、逆手持ちから順手に切り替える。

 そこから六連攻撃をしつつ、相手に近づく。

 浮遊している剣はこれで、全て叩き落とした。


 残るはイゴールの手元にある剣のみだ。


「これで終わりだ!」


「負けるわけにはいかないんだ!!!」


 お互いの武器がぶつかり合い、衝撃波で砂埃が舞う。

 数秒後、砂埃が落ち着き姿が見える。


『か、勝ったのは……』


 イゴールが地面に倒れていた。


『ザニア選手だ! 剣と杖の対決は杖の勝利で幕を下ろしたぁぁぁ!!』


「うおぉぉぉぉ」


 救護班に運ばれるイゴールを見送りながら、僕は選手席に戻る。

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