第19話 アンドレイVSエルヴィス

 コロシアムの中心で二人は向かい合う。


「俺はあいつのように油断しない……お前だろうと全力でな」


 魔道具である杖をこちらに向ける。

 その魔道具の効果は、光属性の魔法の行使ができるようになること。

 ナタリアからもらった魔道具の中でアンドレイ王子がよく使う武器だ。

 つまり本気だということっすね。


「……一つ、聞いてもいいっすか」


「――なんだ」


「ナタリアは人殺しをしようとしたことをあんたは知ってるんすか……それとも知っていて隠ぺいに協力したんすか」


「なんだそんなことか」


 呆れた表情でアンドレイ王子はため息をつく。


「知っていたに決まっているだろう? 知ったうえで最愛の人の側に、ナタリアにつくと決めたんだ」


「……そうっすか、あなたなら止めてくれると思ったんすけどね」


「それよりお前もさっさと魔道具を構えろ。ナタリアから貰った魔道具があるだろう? まぁ、ナタリアも渡した魔道具で敵対されるとは思っていなかっただろうがな」


 俺は首を横に振った。


「貰った魔道具で戦う気はないっす。それじゃあ力欲しさにナタリアに近づいた見たいっすからね」


「――? なら貴様は何を……」


「ザニア君! あれ出してほしいっす!!」


「了解!」


 俺が選手席に声をかけると、ザニア君がポーチに手を突っ込み引っ張り出す。

 ポーチから赤い塊がコロシアムに飛び出す。


『お~と!? 選手席から何やら駆け寄ってきます! これは……』


「ゴーレム……だと!?」


 俺の所まで駆けてきたのは赤い獅子のゴーレム。

 昔、ザニア君たちが倒したゴーレムを魔道具として改良したらしいんすけど、それを俺に使ってほしいと手渡されたものだ。

 魔道具をもらって、教えを受けた。

 ここまでお膳立てしてもらったっすから……


「負けるわけにはいかないんすよ!」


「それはこちらも同じこと!」


『それでは第二回戦!アンドレイ王子VSエルヴィス選手!! カウントダウン! 三・二・一、始め!!』


 開始の合図とともにアンドレイ王子の姿がぶれ、何十にも見える。


「ナタリアに教えてもらった技、光と火の熱で分身を生み出す陽炎! 本物がどれか分かるまい!!」


「全部ぶっ潰すまでっす! レオン!! ゴー!!!」


 獅子のゴーレム、レオンがアンドレイ王子の陽炎に突っ込んでいく。

 何体かは当たっただけで霧散する。


「ははは! その程度か?」


「まだまだっす!」


 レオンが前足を振り下ろすと土埃が舞い、陽炎も両手で数えられる数になった。


「なっ!?」


「ラストっす」


 舞った土埃に魔力を流し、陽炎に向かって襲わせる。

 土のつぶてが無数に当たり、あっという間に陽炎の軍団は殲滅された。


「まだっだ!」


 アンドレイ王子が杖を振ると熱光線が射出され、俺に襲い掛かってくる。

 光の速度、しかも不意打ちの状態で、避けられるはずもない……のだが、体がまるでくることが分かっていたように反射で避けた。


「なんっ!?」


 アンドレイ王子は驚愕し、動けなくなる。

 だが俺も正直驚いている。

 前の俺だったら反応何て到底できず、アンドレイ王子に負けていた。

 修行の成果は無駄ではなかったと再確認した。


『おっと! エルヴィス選手、ゴーレムと息の合った連係プレイで、アンドレイ王子の分身を全て撃破! 続く攻撃も難なく躱した!! 両者激しい戦闘だ!!!』


 拳を握りしめ、アンドレイ王子をしっかりと見る。


「いける。止められる。あんたを……ナタリアたちを!」


「調子に乗るなよエルヴィスぅぅぅ!!!」


 陽炎が再び現れ、そのすべてが杖を振る。

 無数の熱光線が俺を焼き殺さんと飛ぶ。


 レオンが俺とアンドレイ王子の間に割って入り、熱光線を全て受ける。

 ジリジリという音の後、当たった部分が爆発した。

 爆発の煙が辺りを包み、聞こえるのはアンドレイ王子の笑い声だけだ。


「ははは! ゴーレムは魔法攻撃に弱いのを知らずにそれを選んだのが運の尽きだな」


「そうっすね。俺も始めはそう思ってたっすよ」


 爆発の煙が晴れると無傷のレオと俺の姿を見たアンドレイ王子が驚愕する。


「はっ!? なんで生きている!」


「レオンが全部受け止めてくれたっす。レオンはザニア君が作った対魔法使い用のゴーレム、魔法耐性がないわけないっす」


「そんな………またしても…………またしても貴様が邪魔するのか! ザニア・レイブン!!!」


「……終わりにしましょうっす」


 手を前に出すとレオンが駆け、陽炎を全て薙ぎ払った。

 俺は拳を握って、アンドレイ王子に駆け寄る。


「く、来るな!」


 杖を何度も振るって、熱光線を浴びせようとするが俺が反射で全て避ける。

 距離が縮まり。俺の間合いにアンドレイ王子が入った。


「歯を食いしばって下さい。気絶するくらい強く殴りますので!」


「ま、待て……」


 手で顔を隠すアンドレイ王子だが、俺が狙ってるのはボディーだ。

 拳を引いて構える。


「これが、俺の、全力! 【ヒーロー式格闘術:岩砕】!!!」


 アンドレイ王子の体の中心を拳で振りぬく。

 どすっっという鈍い音が響き、アンドレイ王子は膝をつく。


「あっ……がっ……」


 その言葉を最後に、地面に倒れこんだ。

 この技は内側に攻撃する打撃、しっかり打ち込めれば、防御不可能の必殺パンチ。

 まさかこんなに綺麗に決まるとは、思ってもみなかったっす。


「か、勝っちゃった……っす」


『勝者! エルヴィス選手!!』


「うおぉぉぉ!!!」



 □□□



「圧勝だな。さすがエルヴィス君だな」


「そうですわね。何たって――」


「「「三人の弟子だから(な)(ですから)(ね)」」」


 二週間前、彼が選択したのは誰か一人の教えではなく、僕たち全員から教わるというものだった。

 一度は僕たちも反対した、時間がないから無理だと……

 だが、彼はどんなきつい修行でも耐えてみせると頭を下げて頼み込んできた。

 その熱意に負けて三人全員で交代しながら教えることにしたのだ。


 最初で音を上げると思っていたのだが、彼は二週間の過酷な修行を乗り切って見せたのだ。

 その成果は見ての通りだ。


 メルクも弟子の勝利がうれしいのか、先程の陰鬱な雰囲気が抜けた。

 姉さんが付き添ってくれたのもあると思うが、とにかくエルヴィス君の勝利とメルクが復活してくれてとても嬉しい。


 こちらとは対照的に相手側の選手席はお通夜のように暗い空気に包まれている。

 イゴールが、青い顔でガタガタと震え。

 医務室から戻ってきたナタリアが呆然としている。


「なん、なの……エルヴィスが勝った? アンドレイ王子に? キャラ性能はアンドレイ王子が上な、はず……」


「いつまでもゲームの設定引きずってるからそうなるんだよ。そろそろここがゲームじゃなく現実だってこと再確認したらどうだ? もう降参するか? 今なら情状酌量で罪を軽くもできるぞ?」


 僕が煽るとナタリアがこちらを睨む。


「まだ負けてない! 少なくともイゴールと私が勝てばいいだけよ!! そうでしょうイゴール!!!」


「えっ……あ、うん……大丈夫、勝つ、よ」


 力なくイゴールは返事をする。

 ナタリアは気づいていないようだが、イゴールの顔はかなりひきつった笑みを浮かべていて、限界に近いだろう。


 そこにエルヴィス君が戻ってきた。


「ただいまっす」


「お帰りエルヴィス君」


 ハイタッチしてエルヴィス君を迎え入れる。

 すると僕を押しのけて、ナタリアがエルヴィス君の胸ぐらをつかんだ。


「良かったわねエルヴィス、裏切って勝った気分はどう? さぞ楽しいんでしょうね!」


「な、ナタリア……お、俺は……」


 ナタリアに迫られ、どうしていいか分からなくなってるエルヴィス君。

 俺は腹黒女の首を掴む。


「はいはい、腹黒女はさっさと離れてくださいね、っと」


「ちょ!? 何すんのよ!!」


 ナタリアを引っぺがすとエルヴィス君に目配せして選手席に戻るように促す。

 そそくさとエルヴィス君は席に戻る。


 ブラ~ンとまるで猫のようになっているナタリアが、執拗に蹴りを入れてくる。

 地味に痛い。


「離しな、さい、よ!」


「はいはい、僕も君にかまってる余裕はないんだって、のっと」


「うわっと……」


 相手選手席にナタリアを放り出して、それをイゴールがキャッチした。

 そのまま優しく席に座らせるイゴール。


「次は僕たちだ。恨むならリタイアをしなかった腹黒女恨めよ?」


「……」


 イゴールは無言のまま、ただ呼ばれるのをじっと待った。


『アンドレイ王子の医務室への護送も終わりましたので、次の試合に移りたいと思います!』


「うおぉぉぉ」


 再びの歓声、二人はコロシアムに上がる。

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