第18話 ウォルターVSメルク

 開始の合図とともに地を駆ける。

 瞬きの間にウォルターの前にたどり着くと、目を見開いて驚愕していた。

 反撃しようとウォルターは魔法を発動させようとしたようだが、


「……遅すぎる」


 ナイフを顔目掛けて振り上げると、ギリギリの所で反応してウォルターは避ける。

 さすが獣人の反射速度、だけどワタシの敵じゃない。


「こ、のッ!!」


 ウォルターは爪を伸ばし、こちらを引っかかこうとするが、一連の動作が遅い。

 避けながら、後ろに下がる際に手を数回斬りつける。


「ぐッ!?」


 ウォルターは手を引っ込め、ワタシの間合いから急いで離脱する。


『速すぎる! 私の実況が追いつかないほどスピーディーな試合運び!! そんな刹那の攻防を制したのはメルク選手!!! ウォルター王子はもう限界か!?』


「この程度ですか? 遅くてあくびがでそうでしたよ。それでよく強いなんて言えましたね。お山の大将を気取っていたなら当然です。口だけの軟弱者さん?」


 頬と手からポタポタと血が滴り、先程の余裕の表情はウォルターにはない。

 司会の言葉も耳に入っていないようだ。


「調子に、乗んじゃ、ねぇぇぇぇ!!!」


 魔力がウォルターが着けている腕輪に収束していく。


「専用魔道具ですか……結局道具だよりで自分の実力で勝負する気ないんですね」


「うるせぇぇぇぇ!!!」


 ウォルターが叫ぶと腕輪から地面を強く揺らすほどの音波が放たれ、こちらに向かってくる。


「避けるのは……めんどくさいですね」


 ナイフに魔力を込め、水平に構える。

 息を深く吸い込み、斬り捨てるものを視界に捉えた。


 ナイフを高速に振り、音波を切り裂く。

 斬れた音波は細かく切断され、パラパラと塵のように霧散する。

 それはまるで冬に降る、細雪のごとく。


「【ヒーロー式短剣術:細雪】貴方ごときに使うにはもったいなかったですね」


 ヒーロー式戦闘術、主様の前世で主流だった流派らしい。

 その特徴は、どんな状況下でも戦闘を可能にすることができること。

 武器を問わない、場所を問わない、ただ守りたい者のために力を振るう。

 これが主様から始めに教えて頂いた、大切な人たちを守るための技だ。


「なっ!? 音を切り裂いたのか!? あり得ない!! どんな魔道具を使いやがった!!!」


 ウォルターはあり得ない物を見る目でこちらを見る。


「あなたがバカにした主様が作った魔道具ですよ。音波を発生させる魔道具を使うのは最初から分かっていましたので、似たようなものを作っていただきました。理論は長いので省きますね? バカに言っても分からないと思いますので」


「ふ、ふざけるなぁぁぁ!!!」


 自棄になったウォルターは狙いも定めず、所かまわず音波を乱射する。

 幸い客席や選手席には結界が張られているので大丈夫ですが、下手に跳ね返ってくると面倒です。


「先にその腕輪から奪いましょうか」


 音波が飛び交う中、腕輪を奪い取るために走り抜ける。

 向かってくる音波は避け、斬り裂き、少しずつ前へと進む。


「く、くるな……くるなぁぁぁ!!!」


 音波が指向性を持ってこちらに向かってくる。

 それをただ作業の如く、斬り捨てていく。


 距離はもう私のナイフの間合いだ。

 ウォルターは無我夢中で爪を振るうがそれをいなして、腕をつかむ。


「は、離せ!」


「はい離しまし、たッ!」


「ぐほぉッ!?」


 腕輪を取り上げた後に蹴りを入れ、ウォルターは遠くへ飛ばされていく。

 ウォルターはゴロゴロと転がり、地面に倒れこむ。


『おっと! これはメルク選手圧倒的!! 戦闘不能状態までは、いかなかったがもうウォルター王子立てない!!!』


 手に持った腕輪を投げ捨て、ゆっくりと近づく。

 すると近づく音に気付いたウォルターが、うつ伏せの状態でこちらに魔法を発動させようと手を伸ばす。


「く、そ……ま、だ……」


「しつこいですね」


 ウォルターの手にナイフを投げつける。

 手元に集まっていた風はあっけなく霧散した。


「あ゛ぁぁぁ!?」


 ぐさりと足にナイフが突き刺さると前進が止まり。

 ウォルターは刺さったナイフを抜こうともう片方の手を伸ばす。


「させませんよ?」


「あ゛がッ!?」


 刺さったナイフに蹴りを入れ、さらに深く地面に縫い合わせるように突き刺す。

 伸ばした手も踏みつけ、両足でウォルターの手に乗って動けなくした。


「これでは魔法も使えませんよね? 後は気絶するまで殴るだけで終わりです」


「ふざ、け……この、あ、ま。絶対に、ゆるさ――」


「許さない?」


 足を振り上げ、頭を蹴り飛ばす。


「がっ!?」


「こちらのセリフですよ。主様をバカにしたこと、ワタシは絶対に許しません」


 それでもなおウォルターはワタシを睨むつける。


「雑魚に、雑魚と……言って、何が……悪い。レイブン家の、くそ姉弟も、エルヴィスの、裏切野郎も、卑しい鼠族のお前も! 全員俺様より……身分が、低い、くせに、立てつき、やがって。どいつも、こいつも……俺様に、比べらたら……価値のない、ゴミみたいな――」


「……もう黙ってください」


 足でウォルターの頭を踏みつけにして黙らせる。


 どうして、この男はワタシの神経を逆なでするのだろう。

 今度は主様だけでなく、バージニア様やエルヴィス様までけなした!

 それだけで腹立たしい!!


「がっ! あがっ!? ぐっ!!」


 ナイフで刺さってる腕以外の手足を全て蹴り折る。

 折り終わった頃にはもうウォルターは一言も喋らなくなっていた。


 気絶しているか確認するため、ウォルターの髪を引っ張って、顔を確認する。

 あの自信に満ち溢れ整った顔は見る影もなく、今は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっている。

 ウォルターは戦意を完全に喪失していた。


「ごめ、なさ、い。ゆる、して、くだ、さい……」


 途切れそうなか細い声でウォルターは懇願する

 今更過ぎる謝罪だ。

 もう堪忍袋の緒はとっくの昔に切れている。


「許すわけないでしょ? 三人に詫びながら死んでいけ」


 手からナイフを抜いて脳天めがけて降り下ろす。


「メルク!! 止まれッ!!!!」


 こちらに届くほどの大音声が響き、驚いて手が止まる。

 声のした方に振り向くと主様が必死にワタシを呼び止めようとしていた。


 そうだワタシは、何を……

 手元を見るとガタガタと震えるウォルターがナイフを凝視したまま動かない。

 ワタシはゆっくりとナイフを腰の鞘に納める。


 ナイフが視界から外れ、緊張から解放されたウォルターは、バタリと地面に倒れた。


『しょ、勝者! メルク選手!! きゅ、救護班の皆さんは急いで手当を!!!』


 上ずり声の司会がワタシの勝利を宣言する。

 だが……勝ったというのに、ワタシの気分はちっとも晴れやかではない。

 救護班の人とすれ違いワタシは選手席へと意識が朦朧としたまま戻った。



 □□□



 戻ってきたメルクは一言もしゃべらずただ僕の前に佇む。

 その目には生気がない。

 相手から嫌なことを言われた精神ストレスもあるのだろうが、なにより感情コントロールができなかった自分が許せないのだろう。


「申し訳……ありませんでした。命令無視した挙句感情に任せて……」


 僕はメルクの頭に手を優しくのせる。


「色々言いたいことは、ある……だけど、反省してるなら僕から言うことは何もないよ。――ゆっくり休め」


「……はい」


 メルクはフラフラと選手席に何とか座った。

 隣に座った姉さんが、優しく抱きとめながら何とか落ち着かせようとする。

 メルクの事は心配だが、一旦姉さんに任せよう。


 今は……


 相手の選手席を見るとアンドレイ王子とイゴールしかいない。

 ナタリアは試合が終わるとウォルター王子を心配した表情で、すぐに医務室へと走り去っていった。


 その行動に俺は驚く。

 ナタリアは仲間のことなど何とも思っていない女だと思っていたのだが、その事をエルヴィス君に話すと……、


「ナタリアは昔から敵対する人には厳しい態度っすけど、味方には誰よりも甘いんすよ。昔はそれでいつも親とかに怒られてたんっすけど……今は力を得て、誰も止める人がいなくて暴走してるんす。だから誰かがナタリアの敵になってでも止めなきゃいけないんす」


 ――と話していた。

 仲間が大事だと思うなら、こんな無謀な事に巻き込んでやるなよ。

 そういう中途半端な優しさが本当にむかつく。


『え~、会場の準備が出来たようなので、気を取り直して! 第二回戦を始めたいと、思います!』


「うおぉぉぉぉ!!!」


 歓声が響き、選手席からアンドレイ王子とエルヴィス君がコロシアムに上がる。

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