第17話 コロシアム

 決闘当日、学園内にあるコロシアムには勝負を一目見ようと多くの学生が集まっている。

 コロシアムの中心には男女八人が睨む合う。


 ナタリアは意地の悪い笑みを浮かべる。


「あら、来たの? てっきり逃げたかと思ったわナスビ頭」


「お前らボコボコに出来る機会があるのに逃げるとでも? 腹黒女こそ、よっぽど痛めつけられたいドエムなのかな?」


「……あんた相変わずムカつくわね!」


 ナタリアを無視して、アンドレイ王子を見るとどうやらエルヴィス君の前に立っている。


「逃げずに来たようだな裏切者のエルヴィス」


「裏切じゃないっす。ナタリア達を止めるためにバージニアさん達に付いただけっす」


 エルヴィス君は意に返さないように軽く返事だけして向き直る。

 その態度が気にいらなかったのか、顔に青筋が浮かぶ。


「なんだその態――」


 今にも掴みかかりそうだったので手をパシッとはたき落とす。

 僕はかばうようにエルヴィス君の前に立つ。


「僕の弟子につっかるのはやめてもらおうか」


「ザニア・レイブン! また貴様か!!」


 アンドレイ王子がこちらを睨んでくる。

 相変わらず短気だな、少しは父親を見習えよ。

 ため息をついてジト目でアンドレイ王子を見る。


「はいはい、決着はこれからつけてやるからさっさと始めようぜ」


「おのれき――」


『さぁ始まりました! 決闘による四対四の熱きバトル!! 司会はお馴染み、トウリ・ブルが務めさせていただきます」


 王子の言葉を遮るように女性のアナウンスが入る。

 マイクの魔道具ここでも使われてるんだ。

 昔作って提供したけど、学園にもあるんだな。


『試合前から両者、熱き火花を散らせております。ですが事前の戦闘はご法度ですので元の位置にお戻りくださいね』


 アンドレイ王子が忌々し気にこちらを見た後不満そうに元の位置に戻る。

 あの王子が素直に聞くなんて、司会のあの子は何者だ?


「王子様相手にあれだけ言えるってすごいっすね!」


「トウリさんは他の国にも司会をするために飛び回っていて、王族であっても司会をしてる彼女の発言は誰も止めないくらいには発言力があるんですのよ」


「そうなんっすね」


 姉さんが前言ってたアイドル、的な感じなのか?

 まぁ、変に王族サイドに偏った発言されるよりはいいか。


『それでは第一回戦! ウォルター王子VSメルク選手の試合を執り行いますので、他の方は選手席までお戻りください』


 言われた通りに全員が選手席に戻るけど、これ敵選手席と距離近くないか?

 壁も仕切りもないし、何かあった時に殴りかかられてもおかしくないだろ。


「覚悟しなさい! そっちの獣人なんかウォルター王子がけちょんけちょんにしてやるんだから!!」


 ほら、案の定絡まれた。

 ナタリアは憎たらしい表情でこちらを指さす。

 ため息をついてナタリアを睨む。


「うちのメイドが負けるとでも? 窮鼠猫を嚙むっていうが、そのまま猫を食い殺してやるよ。そっちこそ負けてた時の吠え面が楽しみだな?」


 ナタリアを嘲笑うと味方からも、うわぁとドン引きされる。

 おい、なんで僕の時だけそんな反応なんだよ!?


 肩をポンとエルヴィス君に掴まれる。


「ザニア君……すっごい悪い顔してるからやめた方がいいと思うっすよ?」


「この女も似たような表情だと思うけど? どう思うエルヴィス君?」


「……」


「反論しなさいよバカ!」


 ナタリアから全力で目をそらして無言になるエルヴィス君。

 反論もしない所を見ると同じ感想なのだろう。


 ナタリアがギャアギャアと騒いでいるうちに準備が整った合図の鐘の音が鳴り響く。


 コロシアム中心にはナイフを構えたメルクと仁王立ちのまま鵜すら笑いを浮かべ動かないウォルター王子が互いに見合っている。


『さぁここで改めて決闘のルールを確認しましょう! 時間無制限一対一の真剣勝負。道具の使用は一つまで、相手が戦闘不能または死亡した場合、残った方が勝者とみなされます。よろしいですね?』


「「問題ない(ありません)」」


 二人は決闘のルールに同意した。

 ――というか改めて聞くとかなり物騒なルールだな?


「決闘のスタンダードなルールって死ぬことが前提過ぎないか? こんなの頻繁に起きてたら学生いなくなるだろ」


「だから基本は戦闘不能ルールしか使いませんわ。ですが……」


「――そんなの律儀に守る奴らでもない、か」


 僕たちを恨んでるあいつらなら、殺す気でこちらに向かってくるだろう。

 だが、こちらは姉さんが殺すのを禁止しているため戦闘不能のみを狙うしかない。

 確かに不利だが――、


「……ハンデとしてはちょうどいいか」


 そう呟いて、遠くにいるメルクを見ると、何やらウォルター王子と言い争いをしてるみたいだ。

 ウォルター王子も怒っているようだが、それよりもメルクが珍しく怒っているようにも見える。

 何もなければいいんだが……



 □□□



 多くの観客に囲まれ、その中心で見合う二人。

 ワタシが相対するのは、ビリー王国の王子でネズミの獣人の永遠の天敵、猫の獣人の男。

 本来なら緊張とか恐れなどがあると思ったが、今の所その類はない。


 相手はこちらをニヤニヤと下劣な笑みを浮かべている。


「ほう、ちと胸が小さいが中々いい女だな。どうだ、俺様の女になる気はないか? そしたら命だけは助けてやるぞ?」



 胸をバカにされて腹が立つが、そんなことよりも、これから戦うというのに敵をナンパしてくるこの男の精神性を疑う。

 しかも――、


「――あなたはナタリア様が好きなのではないのですか」


「確かにナタリアはいい女だ。だが俺の愛は一人だけに注ぐには多すぎる! 強いオスには多くのメスが集まるのもまた必然!! なら俺様はそれに答える義務がある!!」


 両手を広げて自分勝手な自論を力説する彼は滑稽ですらある。

 聞いてるだけで気分が悪い。


「そうですか、ですがワタシはあなたが強いとも、魅力的だともこれっぽっちも思いませんし、それに主様以外に好意を向ける気なんてさらさらありません。ですので先程の件は丁重にお断りさせていただきます」


 主様から頂いたナイフを強く握り直し、相手を睨みつける。

 すると何が可笑しいのか突然ウォルター王子が笑い始めた。


「主様? あのザニアとか言う男か? だったら俺様が代わりに主になってやろう!あんな口だけの軟弱クズ野郎より、もっといい思いさせてやるぞ?」


「……今なんて言った」


 自分でも不思議なくらい怒りが込み上げてきた。

 こいつは今、ワタシの大好きな主様をバカにしたのか? 

 しかも、自分が主にふさわしい? こんな男が? 


「ふざけるなよ三下」


「あ゛?」


 どすの効いた声でこちらを睨むが、全く持って怖くない。


「お前なんか主様の足元にも及ばない。身の程をわきまえろ」


「ふざけ――」


 こちらに掴みかかろうとするウォルターが見えない壁に阻まれる。

 試合開始の合図があるまで外れない結界の魔道具だ。


『はいはい、ウォルター王子。試合開始するので元の位置に戻ってくださいね』


「くそが!」


 ウォルターが舌打ちをして、元の位置に戻る。


『それでは試合開始します! 両者、構え!!』


 司会の言葉を合図に構えなおす。


 ウォルターは先程の仁王立ちではなく姿勢を低くし、獣が獲物に飛びかかる時の姿勢をとる。

 ワタシは腰を低くし、ナイフを逆手持ちで構えた。


 主様は一瞬で終わらせろと事前に命令されたが、すみません主様、命令を破ります。

 それほどまでワタシはこの男が許せない!


 この男は一瞬で終わらせるなど、そんな慈悲は与えず、発言を後悔するくらいに苦しませてやる!!


 辺りは静寂が包み、空気が張り詰める。


『カウントダウン! 三・二・一、始め!!』

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