第15話 選ばせない

「これが僕の一週間の全てだよ。どう? 納得した」


「……規模がでかすぎて頭が追いつきませんわ」


 姉さんは椅子に頭を抱えながら深く腰を掛ける。

 時刻はもう夕方か、意外と話し込んでたんだな。


「――というか、ザニアは交渉慣れしてますのね? どこで覚えましたの?」


「前世でよくやってたからね。担当したヒーローの損害を政府に全額出させるために、あの手この手で勝ち取ってくるのも博士として必須知識だしね。」


「知りたくなかったですわ、ヒーローのそんな裏事情……」


 はぁと深いため息をついた後、姉さんはぐったりした状態で僕を見る。


「自分が情けなくなりますわね。二人は裏で色々動いてくれていたのに、わたくしは何にもできませんでしたわ。情けなくて仕方ないですわね」


 僕は姉さんの頭を優しくなでる。


「気にしないでよ姉さん、これくらいの交渉なんて大したことないしね。それにヒーローをサポートするのも僕の仕事だしね」


「――つまり、わたくしがヒーローの活動をやってるからサポートしてくれたってことですわよね? 好きだからとか家族だからだとか関係なく……」


「……? ヒーローは誰でも好きだし大切だよ?」


 僕がにこりと微笑むと姉さんは口をへの字に曲げた。

 ――なぜ?


「……そうですわよね。ザニアはヒーローをやってるわたくしだから助けたんですもんね。――少しでもかっこいいと思ったわたくしがバカみたいですわ」


 ぼそぼそと姉さんはつぶやいていたがなんて言ったか聞き取れなかった。

 姉さんは肩を落としてそっぽを向いてしまう。

 僕何かしただろうか


「……主様、さすがに今のはどうかと」


「メルクまで!? 僕気に障ること姉さんに言った!?」


「――自覚ないところがたちが悪いですね」


 ヒーロー愛を語っただけで何故こんなに怒られているのだろう。

 メルクにも呆れられるし、一体何なんだよ。


「鈍感な主様は置いておいて……」


「ひどくね!?」


 メルクはゆっくりと姉さんの所まで歩いていき、ぎゅっと抱きしめた。

 姉さんは顔を真っ赤にしてあわあわとしている。


「め、メルク!? 何してますの!?」


「もう少し、このままでいさせてくれませんか……ワタシも、心配しておりましたから――友達を失ってしまうのではと、不安で、不安で……」


「……メルク」


 ハグしてきたメルクの頭を優しくなでる姉さん。


 そうだ姉さんを心配していたのは俺だけじゃない。

 メルクは顔に出ないが内心不安だったのだろう。

 大人びてはいるが、メルクはまだ十五歳の少女なのだ。

 

 友達……か、そう呼べるほど二人は仲良くなっていたんだね。

 メルクと出会って十年、僕意外にも心を許せる相手ができた事を昔馴染みとして、うれしくあり、離れて行ってしまうような寂しさも感じる。

 でも、これでいいのかもしれない――だって僕は……、


「……いつか離れる時が来てもいいようにしなくちゃな」


「何か言いましたか?」


「別に何も」


 それまではこの日常を続けていたいと思ってもいいよね。



 □□□



 翌朝、休学届を出しに僕とメルクは学園へと足を運んでいた。

 姉さんは既にレイブン家の実家の方に送り届けて、待機してもらっている。

 何故かって?


 僕たちが学園に入ると敵意や嫉妬など様々な感情が入り混じった視線にさらされる。

 こんな環境に姉さんを置いておきたくないからな。


 下手すれば誰かが殺しに来てもおかしくない状況、僕たちもさっさと休学届だして退散しよう。

 面倒事はごめんだから――、


「こんなことやめるっすよナタリア!」


「あなたは私の味方じゃないの、ひどいわ」


 聞き覚えのある声の方に目線を向けると学校の入口付近には人だかりができていた。

 それにこの声は、腹黒女とエルヴィス君の声か?

 ――面倒ごとのにおいがするけど、


「メルク、近くによるために幻影の魔道具を使う。エルヴィス君には姉さんが世話になったから見捨てられない。もしもの時は止めるぞ」


「分かりました」


 幻影の魔道具を使って、騒ぎの野次馬に混ざり状況を確認する。

 中心には腹黒女とバカ王子たち、それに相対するようにエルヴィス君が立っていた。


「悪いことしたのはこっちの方なんすから、今からでも謝って許してもらいましょうっす!」


「私は何も悪くない! 信じてよエルヴィス!! あの男に陥れられただけなのよ!!!」


 わざとらしい嘘泣きをしてエルヴィス君に同情を誘う。

 エルヴィス君は歯を食いしばりながら何とか耐えてるな。


「決めたんす。俺は自分の意思でナタリアを止めてみせるっす!」


 頑張れ、負けるなエルヴィス君! そんな腹黒女の誘惑に負けないで!!


「くだらない」


 イゴールが腰の剣を素早く抜き、エルヴィス君の首を切り飛ばさんと迫る。

 剣筋に迷いがない、殺すつもりで振るいやがった!!

 まずい、この距離じゃ間に合わな――


「任せてください」


 メルクが獣人の脚力と身体強化の魔道具を使い、野次馬を走った風圧で吹き飛ばしながら、エルヴィス君に突っ込んだ。

 次に瞬きをすると奥にはエルヴィス君を抱えた状態のメルクがたっていた。


「さすが! メル……ク……」


 ポタポタとメルクの腕から血が滴り落ちる。

 剣を避けきれなかったのか!


「――不覚を、取りました」


「メルク!!」


 野次馬をかき分けてメルクの元まで走りよる。


「ナスビ頭!? どこに隠れて――」


 ナタリアを無視してメルクの腕に回復薬を振りかける。

 傷はすぐに塞がり、あとも残っていない。


「よかった……ヒヤッとしたよ」


「申し訳ありません。流石に抱えてだと避ける余裕がありませんでした」


「いいんだ。メルクが無事で本当よか――」


「無視すんじゃないわよ!!」


 後ろを振り返ると怒り心頭のナタリア達がそこに立っている。

 見つかったものは仕方ない、ならこっからは攻めるとするか。


「……メルク、エルヴィス君連れて先に戻っててくれ。後は僕がやっておくから」


「了解しました。主様」


「あの、俺まだ状況が読み込めてないんすけ……ぎゃあぁぁぁ!!!」


 メルクがエルヴィス君を抱えてそのまま学園を走り去る。

 獣人の脚力と身体強化の魔道具使ったメルクに誰も追いつけるわけもなく、そのまま見えなくなってしまう。


「さてと、昨日ぶりだな腹黒女にバカ王子ども」


「よく俺たちの前に顔を出せたな!」


 僕は手で口を押えながら笑う。


「お前ら相手に怯えるとでも? といっても試合の前に殺されたくはないからこれからしばらくは身をひそめるけどな」


「逃げる気か!」


 逃げる? 誰が? 僕が?

 アンドレイ王子の考えを鼻で笑う。


「試合でちゃんと決着つけたいだけだっての、むしろ試合前に死んだら興ざめだろ? みんなもそう思うよな!!」


 野次馬連中に語りかけるように話すと野次馬以外も視線がこちらを向く。

 注目を集めることには成功、後は……


「それでも皆々様お待ちかね! 対戦カードの発表、だッ!!」


 無限収納ポーチから紙の束を空に放り、ばら撒く。

 ひらひらと紙が群衆の手元に渡る。


「渡ったか? じゃあ改めて、内容を話すぞ!」


「ちょっ!?」


 ナタリア達が僕の企みに今更気づいたようだが、もう遅いっての!

 僕はニヤリと笑う。


「一回戦、ウォルター・ビリー王子VSメルク!

 二回戦、アンドレイ・ヒューリー王子VSエルヴィス!

 三回戦、イゴール・エピシンVSザニア・レイブン!

 四回戦、ナタリアVSバージニア・レイブン! 以上だ!!」


「「「「うぉぉぉ!!!」」」」


 群衆はざわめきたっているが、対照的にナタリア達は忌々しくこちらを見つめる。


「勝手に対戦相手を決めるなど何を考えてるんだ! 貴様らが決めるなどというルールはなかったはずだろう!!」


「あれ、そうでしたっけ? でもでも、ここまで公表したらもう後には引けませんよ」


「貴様! 最初からそれが目的で!!」


 何のために群衆を注目させたと思ってるんだ?

 周知することで、お前らの選択権を奪う。


 散々自分ルールで好き勝手やってきたろ? 今それ全てを精算する時が来たんだ。

 これからお前らには何も選ばさせない!


「それじゃあ僕はこれで、では皆さま二週間後にお会いしましょう」


「待て!」


 アンドレイ王子が手を伸ばすが僕はバックステップで避け、透明になる魔道具で姿を消して、校舎内に入る。



「どこ行った! 探せ!!」


 見失った王子たちは血眼になって僕を探そうと走り出す。

 まぁ、無駄だと思うけどね。


 さてと、休学届を出してさっさとうちに帰るとするか。

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