第14話 シエナ王女

 七日後の正午、ビリー王国王城の中の会議室で獣人たちが白熱した議論を繰り広げている。

 僕は来客席にずっと座り、会議を見続けていた。


「王子の行動には目に余るものがあります。即刻王に進言するべきだ!」


「他国の人間に我らの後始末を任せる気か! 」


「学園内は治外法権で国家権力が入れないことをお忘れか! ならばこの者に任せる他ないだろう!!」


「この者が失敗した時の責任はだれがとるのだ! 貴様が責任をとれるのか!!」


 ――このように大臣たちで意見が分かれており、話は平行線上で全く進まない。

 僕が報告したのは王様に話した内容と同じでナタリアを裁くのにウォルター王子が邪魔しないようにビリー王国の王の推薦状が欲しいと言ったら、大臣たちが待ったをかけて、連日連夜話し合いが続き、現在に至る。


 それにしてもウォルター王子を擁護する声が一切上がらないの面白いな。

 聞いてるだけで、どれだけ嫌われてるかが分かる。


 今日はナタリアとの約束の日、あいつが何か仕掛ける前に戻りたかったんだが……この様子じゃ帰れそうもない。


「早く帰らないとまずいのに……どうしたもんか」


 僕が悩んでいると会議室の扉がゆっくりと静かに開いた。

 大臣たちはドアの先を見ると皆一斉に深くお辞儀をする。


 僕の位置からだと見えないけど、大臣たちがより偉い人、つまり来たのは王族の誰かだと思うから、見えないけど周りに合わせてお辞儀をしておく。


 中に入ってきたその人を見てようやく誰かを理解する。

 白い髪に海のような青い瞳の猫の獣人、歳は自分と同じくらいだと思うが、アーノルド王と同じ、王族特有のプレッシャーを放ち、ただ者でないことをひしひしと肌で感じる。


 大臣の1人が恐る恐る少女に近づく。


「し、シエナ第二王女!? このような場にどういったご用件でしょうか」


「深い理由はにゃいにゃあ。ウォルター兄様が他国でやらかして、今会議中だって面白いこと聞いちゃったから、来てみただけだにゃあ」


「そ、そうでございますか……」


 シエナ王女は大臣にかわいくウインクする。

 彼女が僕を視界にとらえた時、子供のように笑いかけられた。


「君が客人かにゃ? わお、イケメン君だにゃあ、同い年かにゃあ?」


 僕は一歩前に出て、再びお辞儀をする。


「お褒めいただきありがとうございます。麗しい王女様にそのように言っていただけて光栄です。申し遅れました、ヒューリ―王国使者のザニア・レイブンと申します」


「にゃあ、よろしくだにゃあ。ほらほら、みんにゃは会議続けるにゃ」


 そう言うと大臣の一人が座っていた椅子に座り、足をばたつかせて会議を眺める。

 大臣たちも顔を見合わせて、誰もしゃべろうとしない。

 そりゃあ、王族の前で王族の悪口を言えるわけないよな。


「にゃんだ、みんにゃしゃべらないのにゃ? にゃら……」


 シエナ王女が僕に対してニコリと微笑む。

 その笑みを見た瞬間、ゾクリと背筋に寒気のようなものが走る。


「私から質問いいかにゃ?」


 この人は一見すると頭のねじが数本足りない女の子にしか見えない、だがそのふざけた言動とは裏腹に、彼女の瞳から深く冷静な強い意志を感じる。

 まるでそれは愚かな獲物を狙う狩人のようだ。

 その証拠にシエナ王女の目が一切笑っていない。


「ザニア君、だったかにゃ? そもそも君は大事なことを言っていにゃいよね?」


 やっぱり気づいてますよね……

 僕は表情を崩さず、にこやかに答える。


「……大事なこと、ですか? それは一体どのような」


「とぼけにゃくてもいいにゃよ? ……だって君、ウォルター兄様がやらかしたと散々言ってたのに、その証拠を一切この場に出してにゃいよね?」


「「「あっ!」」」


 大臣たちは今更の指摘にざわつく。

 やったのなら証拠を出す。当たり前のことだが、ウォルター王子が自国でやらかしすぎたせいで疑いもせず。証拠を出す前にどうやって事を納めるかに議論がシフトしていたのである。

 いや、僕がそういう風に会話を誘導したのだが、その企みをシエナ王女は見抜いて指摘した。

 ビリー王国最高の才女の異名は伊達ではないらしい。


 大臣の一人が席を立ち、僕に詰め寄る。


「そ、そうだ! 証拠を、証拠を出してもらおう!! 嘘であった場合、我が国への敵対行為とみなし、国際問題に発展するぞ!!!」


 釣れた釣れた!

 この発言を待ってたんだ!!


「……それは怖いですね。分かりました、なら――」


 僕は大臣の数名を指をさし、ニヤリと笑う。


「その人たちが、この会議から退出して頂けたら出しますので……」


「なッ!?」


 指さした大臣たちが僕に掴みかかる勢いで迫る。


「貴様! なぜ我々を指名した!!」


 指摘された大臣たちの表情は怒りもあるが、それより驚きの方が強い。

 何故分かったのだ、と。


 僕はとぼけるように首を傾げる。


「あれあれ、どうしたのですか? 私は何も見せないとは一言も言ってはおりませんよ? そ・れ・と・も、あなた方が見ないと何か都合の悪いことでもあるんですか?」


「それ、は……」


 指名した大臣は言葉を言い淀む。

 この大臣たちの一瞬の表情で、僕の指摘は間違っていなかったと確信できた。


「まぁそうですよね。だってあなた方……証拠をもみ消すためにこの会議に参加してる。ウォルター王子派閥の人たちですもんね?」


 僕がそう言うと周囲がざわつきだす。

 指摘した大臣たちも顔には出てないが、しっぽや耳などが忙しく動いており動揺が見て取れる。


「な、何を証拠にそんなことを!!」


「その証拠を今から出すので退出頂けますか? 無実なら問題ないはずですよね? まさか本当に証拠をもみ消すおつもりでしたか?」


「何をバカなこと――」


「大臣、私からも命令にゃ、さっさと出ていくにゃ」


「くっ!!」


 皆に見られ、針のむしろとなった大臣たちは渋々と会議室から出ていく。

 僕は会議室をしっかりと出たことを確認すると、無限収納ポーチから会議室の机に書類の束を二つ出した。


「右がウォルター王子直筆の国家文書の偽造したもの、左がさっき言った大臣たちのこれまで握りつぶしてきた書類の束です。獣人の嗅覚ならわかると思いますが全て本人たちの匂いがはっきりとついてます」


「か、確認いたします……」


 大臣たちがしばらく書類をぺらぺらと確認したのに、シエナ王女に耳打ちをした。

 すると、先程まで警戒していた瞳も少し緩む。


「確かに二つとも本物みたいにゃね。君も性格が悪いにゃあ、最初からこれを出してれば疑われずに済んだんじゃにゃいのかにゃ?」


 シエナ王女はわざとらしく、首を傾げ。

 まるで正解が分かっている答え合わせをするように質問を投げかける。

 僕の狙いにもう既に気づいてるようだ。


 一呼吸おいて指でVサインを作る。


「理由としては二つあります。一つは、シエナ王女派閥の裏切り者大臣をあぶり出し、不正の証拠をつかむための時間稼ぎ。二つ目は言い逃れができない場を作り出すためでございます」


「――つまり私が見ている前で暴くことこそが目的だったってことかにゃ?」


 ニコリと頷くとシエナ王女も笑い返す。


 僕がまずしたことはシエナ王女が来てもらえる場を作ること。

 シエナ王女派閥と思われる大臣に最初に声をかけ、ウォルター王子派閥にこの話がいかないように牽制、シエナ王女派閥だけがこの会議が参加している状況を作り出した。


 それでも裏切者は出てきたわけだから、ほんと貴族社会っておっかないね。

 まぁそのおかげでシエナ王女の信用と交渉材料が出来たから万々歳だ。

 ようやくだ、これで――、


「私の話、信用していただけますか?」


「いいにゃ、話だけでも聞いてあげるにゃ」


「ありがたき幸せ」


 こうして交渉はうまくいき、王様への仲介も無事すんで後は書状を発行してもらうだけ……だったんだが――、


「王子たちに乱暴されたのか!?」


『いえ、ロッカーの中に捕まっただけです。ロッカーは破壊して出ましたし、人間用の拘束具だったので私には無意味です。今は主様の部屋にいるので心配しないでください』


 夜になり、僕は王宮の茂みに隠れて、通信用の魔道具を使って学校で起きた出来事をメルクから報告を受けているのだが……

 まさかここまであの腹黒女どもが強硬手段に出るか、僕の従者によくも!!


 通信用の魔道具をギリギリと音を立て、握る力が強くなる。


『落ち着いてください主様、それよりもっと大変なことがあります』


「大変なこと?」


『明日、バージニア様の断罪を行うそうです』


「……!?」


 ここでもう断罪イベントが起こるのかよ!

 あと数日は猶予があると思ったが考えが甘かった。


 書状の発行も時間がかかる、一体どうすれば……、


「にゃあ? お困りかにゃあ?」


 背後に気配を感じて振り返ると、木の上に佇むシエナ王女がいた。

 なんでここに!? しかも全く気配がなかったぞ!?


 僕が動揺してると木の上から着地し、トコトコと歩み寄ってくる。


「シエナ王女!? いつからそこに?」


「面白そうな道具を持った君をたまたま見つけたから、つい声かけちゃったにゃ。その魔道具も気ににゃるけど、そ・れ・よ・り、書状の発行急ぐのかにゃ? 私にゃら明日の朝まで早くしてあげられるけどにゃあ」


「本当です――」


「た・だ・し、条件付きだけどにゃあ……どうするにゃあ?」


 シエナ王女は唇に手を当てにこりと微笑む。

 僕に選択の余地なんてなかった。

 シエナ王女に手を差し出して握手を求める。


「受けます。家族がピンチなんです。なりふり構っていられませんので」


「わお、情熱的。嫌いじゃにゃいよそういうの」


 シエナ王女も手を握り返し、交渉は成立した。

 翌日の朝にはシエナ王女の口添えで発行され、転移の魔道具で急いで学園に戻る。

 姉さんの無事を祈りながら……

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