第13話 断罪イベントまで何があったのか

 あの騒ぎのせいで今日の授業は中止になってしまったので、わたくしたちは一般寮に戻り、ザニアの部屋に集まった。

 部屋の中には、一週間姿をくらませていたメルクが、掃除をして待っていた。


「お帰りなさいませ、主様とバージニア様、一週間ぶりですね」


「メルク!? あなた今まで一体何し――」


「メルク! けがはなかったか!! あいつらにひどいこととかされなかったか!!!」


 ザニアは急いでメルクに駆け寄り、目と鼻の先くらい近づいて、傷がないかどうかじっくりと見ている。

 メルクと一週間会ってないだけなのに、どうしてここまで不安になっているのかしら。


 照れ臭そうにメルクはもじもじとする。


「あ、主様!? は、恥ずかしいです……ワタシは大丈夫なので、少し離れていただければと……」


「よかった……本当に、よかった……」


 ザニアは気が抜けて、膝から崩れ落ちた。

 その姿はまるで、誰かに誘拐された後の娘を心配する父のようだ。


「ど、どういうことですの? さっぱり状況が分かりませんわ……」


「……そうだね、姉さんには色々と話さないといけないことがたくさんあるんだ」


「ワタシ達がこの一週間何をしていたのかを……」


 そう言って、二人はこの一週間の出来事を話してくれた。



 □□□



 一週間前の夜、ザニアの部屋にてメルクとザニアは話し合っていた。

 緊張した面持ちで僕は切り出す。


「メルク、頼みが――」


「引き受けましょう」


「僕まだ、何も言ってないんだけど!?」


 僕が何か頼みごとをする前に即答でメルクは了承した。


「せめて内容聞いてからにしてもらえますかね!?」


「お断りする理由がありませんでしたから、それに……大体頼む内容は見当がついてます。ナタリア関係で動かなければならない事があるから、ワタシが別動隊として手伝うことがある――と言ったところでしょう」


 メルクは淡々とそう言った。

 さすがメルクだな、僕が言わなくても把握してる。


「分かってるなら、話が早い。僕一週間学園を留守にするから、メルクは僕に変装して姉さんについてて欲しいんだ。出来ればナタリアたちの動向もチェックして報告してくれると助かる。メルクの休学届も三週間分申請しといたから単位は落ちないし、そこは心配しないで」


「それは構わないのですが、三週間、ですか? 主様が一週間後に戻られるなら一週間分でよろしいのでは?」


「――確かに戻るのは一週間後だけど、そこから二週間は僕と姉さんも休学届を出す。ちょっと学園にいると命狙われること仕出かすし……あ、それと一週間後にナタリアと会う事になっている。多分何か仕掛けてくると思うから気を付けてくれ」


「承知しました」


 僕は学園の制服から無限収納ポーチに入れておいた正装に着替える。

 メルクに僕の学園の制服と僕お手製の変装マスクを手渡す。

 何故かその時メルクが僕の制服の匂いを嗅いでいたけど、もしかして僕臭うのかな?

 ――今度消臭スプレーでも作るかな。


 僕は無限収納ポーチから転移の魔道具を取り出す。

 手帳型になっており、開いたページに魔力を流すと呼応する魔方陣の位置まで転移できる。

 今のところ転移先は、僕が今いるこの部屋とレイブン家の実家、後はこれから行くところに三つだ。


「それじゃ、行ってくる」


「行ってらっしゃいませ主様」


 お辞儀をするメルクを見たのを最後に僕の景色は一変する。


 きらびやかな装飾がされている部屋、その奥の玉座に座っているのは一人の男。

 見ているだけでひれ伏したくなるほどのオーラを発する赤髪の中年男性、その容姿はアンドレイ王子を老けさせたような見た目をしている。

 その男が椅子に深く腰掛け、突然転移してきた僕に驚くこともなく、頬杖をついてこちらを見下ろしていた。

 僕は早急に足を床に着き頭を下げ、かしづく。


「突然の訪問失礼いたします! 王様におかれましてはお変わりないようで――」


「よいよい、堅苦しい挨拶は抜きにせよ。ワシらの仲だろう楽にせよ」


「ありがたき幸せ!」


 頭を上げ、王様の方を見る。

 そう、この人がヒューリー王国の最高権力者、アーノルド王である。


「久しいなザニアよ。フェオドアは元気にしておるか?」


「はい、今も元気にしております」


「そうかそうか」


 嬉しそうに王様は笑う。

 フェオドアは姉さんの父、つまり僕の義理の父の名前だ。

 姉さんのように優しい性格で僕の帰る家がないというと打算も何もなくすぐに養子に迎え入れてくれたくらいお人よし、そういう人だから領民にも愛され、僕もついつい手を貸したくなるくらいには人たらしな人だと思っている。

 王様もそういうところを気に入ってるのだろう。


「さて、此度はどういう用件で来たのだ。事前にも立った手紙では人払いもしてくれとあったが、秘密の話か」


「はい、学園での王子様たちについてお話ししたいことがありまして――」


 僕は学園であった王子たちの出来事を話した。

 ナタリアという事にご執心なことやその女が六年前の失踪事件の主犯だということ、姉さんが婚約者としてひどい扱いを受けていることなど全てだ。


「――それは、確かな情報なのだな」


「はい、裏も取れております」


 王様は話を聞くと難しい顔をされた。


「王子をたぶらかしたその者を捕らえることは簡単だ。だが、バージニア嬢とアンドレイの不仲はどうしようもない。これは当人同士でしか解決は無理なのだからな」


「それは分かっております。――ですので、ナタリアを裁くためにも王様の委任状をいただきたく参りました」


 王様は僕に疑惑の目を向ける。

 その目を向けられるとゾクリと寒気がした。


「平民一人を裁くためにワシの委任状を欲するのは何のためだ? 相応の理由があるのだろうな」


 目力が一層強くなる。

 言葉を間違えたら、首を切られると錯覚するほどに息が苦しくなるほどのプレッシャーだ。

 慎重に答えなくては――、


「あります。ナタリアを裁こうとすると、王子様たちが邪魔をしてくると予想されます。そうなった場合、私では止めることができません。ですので、王様からの委任状を頂ければいくら王子様たちであっても、邪魔などは出来ないでしょう」


「なるほどのう」


 しばらくの沈黙の後、王様は先程のプレッシャーが引っ込み、笑顔になる。

 どうやら正解だったらしい。


「すまないのう、お主を試させてもらった。少し脅してやろうかと思っておっただけなのだが、まさかここまでお主が交渉がうまいとは思わなかったぞ。うちのバカ息子とは大違いだ。お主本格的にワシの養子になる気はないか? 魔法が使えずともお主なら歓迎するぞ?」


「魔力適正のない私にはもったいなきお言葉でございます。レイブン家には恩がありますので、その恩に報いたいのです」


「もう十分だと思うぞ? お主の開発した魔道具でフェオドアは公爵だ。これ以上奴に褒美をとらせることはできんぞ?」


「構いません、私の気持ちの問題ですので」


 王様は今までレイブン家に提供してきた魔道具の設計図が僕が開発した魔道具だと知っている数少ない人物の一人である。


 ……というよりそもそもこの技術提供を提案してきたのは王様からなのだ。

 姉さんのように、たまたま遊びに来た時に、僕が持っていた魔道具を珍しく思ったらしく、興味を持たれた。

 そこで制作者が僕だと分かると魔道具を一設計事に褒美をとらせると提案され、僕は少しでも拾って貰った恩を返すためにその提案に乗って、バージニア父を公爵にしたというわけだ。


 王様は残念そうにため息をつく。


「そうか。――あ、手紙にあった、お主をビリー王国への使いとする書状も書いたが何に使うのだ? お主の事だから下手なことはせぬとは思うが一応聞かせてもらおう」


「ウォルター王子がこの件に関わっておりまして、そのための交渉をさせていただきたく、私では門前払いだと思いますので……」


「なるほどのう、アンドレイと仲がいいとは思っておったが、惚れた女が同じとはのう。お主はいつこの国を立つのだ?」


「急を要するので、今から向かいます。ですので誠に申し訳ありませんが、ここで失礼いたします」


「うむ、気を付けるのじゃぞ」


 王様に見送られながら転移で王城を後にする。

 ビリー王国に一番近い転移先はレイブン家の実家なので転移先はそこに転移した。

 周りはレイブン家の裏手にある、木々が生い茂る森の中に景色が変わり、当たり前だが人は誰もいない。


 無限収納ポーチから翼がかたどられたリングを取り出す。

 これは新開発中の飛行の魔道具、これを使えば体が宙を浮き自由自在に空をかけることができる。

 一人分の体重しか浮かせられないのはネックだが、一人なら馬で走るよりこっちの方が速い。


 リングに魔力を流し、宙を舞って、ビリー王国まで向かう。

 次々と景色が移り変わっていき、途中であったモンスターたちも僕に追いつけなかった。


「このスピードなら休憩したとしても大体二日くらいか、見つからないように透明になる魔道具も並行で使って行こう」


 透明になる魔道具も発動させ、夜空を駆ける。

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