第11話  断罪イベント

 一週間が立った放課後の空き教室。

 夕日が教室に二人、普通ならラブコメのような状況だけど。

 このナスビ頭とじゃそんな話には絶対ならない。


 二人の間には重苦しい空気が流れる。


「それで答えを聞かせてくれる?」


 ナスビ頭はニヤニヤと笑う。

 その勝ち誇った面を苦痛に歪ませてあげますわ。

 私はニコリと微笑む。


「死んでもいやです」


「そうか、だったら僕も約束通り訴えるだけだ」


 興味なさげに足早とその場を去ろうとドアを開ける。

 だけどザニアは教室から出られない。

 なぜなら――、


「貴様はどこに行こうというのだ? ザニア・レイブン」


 エルヴィス以外の攻略キャラたちが道をふさぐ。

 最近エルヴィスを見かけないので、仕方なく三人だけ呼んだのだ。

 でもこの三人だけども効果は十分、ナスビ頭も驚いてるようだしね。


 ナスビ頭はすぐに取り繕った笑みを浮かべる。


「これはこれは、王子様方ではないですか。一体こんな人気のない空き教室にどのようなご用事でしょうか」


「白々しい、貴様がナタリアを脅迫していることは分かっている」


 ナスビ頭はあわてて首を横に振る。


「誤解でございます。この者が姉様を暗殺しようとしたので今後するなと注意しただけでもございます」


「――聞くに堪えん、捕らえよ」


「はっ!」


「なッ!?」


 ナスビ頭はイゴールにあっさりと取り押さえられた。

 魔力封じの手錠をつけられ、床に押し付けられてもなお、私を睨むナスビ頭、実に滑稽ね。


「こんな事をしてただで済むと? あなた方は暗殺者をかばった罪人として囚われますよ?」


「その前に貴様が捕まるのが先だがな」


 アンドレイ王子がナスビ頭に書類の束を見せつける。


「これはレイブン家の不正の証拠だ。これを先に提出すれば貴様らレイブン家も終わりだ」


「不正など、決しておりません!! 何かの誤解でございます!!!」


 笑いが止まらない。

 腹がよじれそう。


「でしょうね? だってそれ捏造したものだし」


「……は?」


 唖然と私を見たまま、ナスビ頭が固まる。

 そう! その顔が見たかったのよ!!


「確かに貴様の家から不正は出てこなかった。うまく誤魔化しているようだが、叩けばいつか不正が出てくるのは明らかだ。なら今なければ作ればいい。俺たちが協力すれば文書の偽造など造作もない、後は明日俺たちが貴様より先に不正を告発すれば貴様の訴えも通らなくなるだろう」


「ご自身が何を言っているのか分かっておいでか! 王族自ら不正など!! 王子はこの女に騙されているのです!!! 目をお覚まし下さい!!!!」


「ナタリアが俺たちを騙すわけないだろう。それに貴様は未来の王女の心を傷つけたのだこれ以上の罪などないだろう」


「馬鹿げてる!!」


 ナスビ頭が吠えるが、それを全員が冷めた目で見る。

 だからどうした……と、


「俺様たちは王族だぞ? 多少の無茶なんて通せるんだよ。恨むなら俺様の惚れた女に手を出したことを恨むんだな?」


「ふざけるな!」


 叫ぶナスビ頭を黙らせるため、ロッカーの中に鍵を閉めて監禁した。

 中からドンドンと叩く音だけが聞こえくる。

 あのナスビ頭が無様にあがいてる姿を想像するだけで、ちょっと笑えて来た。


 王子たちは足早に教室を去っていく。

 私も去る間際でロッカーにいる哀れな男に一言言ってやろう。


「これであなたも破滅よ。よかったわね。きゃははは!!!」


 教室に笑い声だけがいつまでも響いていた。



 □□□




 昨日からザニアの姿が見えない。

 最後に見たのは放課後、破滅エンドを終わらせてくるといったきりだ。

 いったいどこ行きましたの?


 一般寮や学園内を走り回ってザニアを探す。


「教室にもいない……だとしたらどこに――」


「あの、バージニア様」


 おどおどした女子生徒がわたくしに声をかけてくる。


「わたくしに何か用事ですの? 急ぎでないなら、後にしていただけませんか? 今弟を探していてそれどころでは……」


「お、王子さま達からの呼び出し、です。大ホールで待つとのことでした。つ、伝えましたから!」


 女子生徒はそれだけ言うと足早に去ってしまう。

 王子たちからの呼び出し? 今までクラスメイトとして話したこともない彼らから?

 ――嫌な予感がした。


 だが、王子からの誘いを断るわけもなく、大ホールに足を運ぶ。


 大ホールに着くと大勢の学生が集まっており、壇上には王子様たちと主人公が待っていた。

 この光景を見て、脳内にはゲームでの出来事が思い浮かんだ。


「バージニアの断罪イベントそのままじゃないですの……」


 エルヴィス君がいないが、主人公がハーレムエンドを迎えた時の光景に酷似している。

 まさに婚約破棄と罪を一気に言い渡される、わたくしにとってのバッドエンドの光景。

 どうして……破滅エンドは回避したはずじゃ……


 ナタリアがわたくしを見つけるとニヤリと笑う。

 その笑みに思わずゾクリと寒気を感じた。


 蛇に睨まれた蛙とはこのような感覚なのだろう。

 足が振るえて、動かない……、


「何をしているバージニア! ここにこい!!」


 アンドレイ王子がわたくしを見つけると怒鳴りながら呼びつける。

 皆の視線を感じながら、恐る恐る壇上へと上がる


 そしてわたくしが王子たちの前に来た時にアンドレイ王子が一歩前に立つ。


「これより! バージニア・レイブンとの婚約破棄の宣言とレイブン家の罪をこの場で断罪する!! 覚悟はいいな悪女!!!」


 アンドレイ王子はゲームと一言一句変わっていない言葉を発した。

 なんで……、


「何故ですの! わたくしはあなた方に何も!!」


「とぼけるのか。貴様ら姉弟がナタリアに執拗ないじめをしたことは分かっているのだ!!!」


「そんなことしておりませんわ! むしろ一度も関わらず過ごしておりましたわ!!」


「白を切るか! 一般生徒から貴様にいじめを指示されたという証言もある。言い逃れようとするな!!」


 そんな……

 わたくしは本当に何も……、


「しかもレイブン家は不正に貴族の地位をあげていた。その証拠がここにある」


 アンドレイ王子が手に書類の束を掲げ、皆に見せる。

 そして一般生徒はざわつき、口々に言う。


「やっぱり不正してたんだ……」


「成り上がり貴族の正体は金で地位を手に入れた卑怯者だったんだな」


「王子の婚約者だからってお高く留まってるからこうなるのよ」


 違う……、


「わたくしたちは……レイブン家は、そんなことなんて……」


 目の前が歪んで見えるような感覚に襲われ、立っていられず地面に座り込む。

 わたくしが座り込んでも、アンドレイ王子は鼻で笑った。


「昔から気に食わなかったんだ。魔法の属性が多いというだけど俺の婚約者の地位をいやしくもすがり続けるお前のような女が!」


「同感ですね。あなたは王子にはふさわしくない。昔から騎士としてそう思っておりました」


「残念だったな?」


 王子たちと隠れてナタリアもわたくしを嘲笑う。

 何故彼らは笑っていられるのだろうか……

 無実の罪で人を貶めておいて、何故そんなに笑顔でいられるのだろう。


 ふいに涙が自分の頬を伝った。


「おいおい、今度は泣き落としか? プライドねぇのか? お前らもそう思うだろう?」


 ウォルター王子が皆を煽ると一般の学生もわたくしをゲラゲラと笑う。

 そんな状況ががどうでもいいくらい、涙が止めどなくあふれてくる。


 どうしてこうなったのだろう。


 ただ、わたくしは家族を守りたかっただけなのに……

 破滅エンドを回避するために、魔法も勉強も必死に努力して、それなのに結果はこれですわ。家族を守るために色々やってきたことは全部……全部、無駄でしたわ。


 ごめんなさい、お父様、お母さま。


 ごめんなさい、メルク。


 そして……ザニア。


 みんなを守ってあげられなくて、本当にごめんなさい……

 ポタンと頬から一粒の雫が地面に落ちた時。


 突如、大ホール入口が爆発した。


「な、何事だ!」


「王子! 自分の側に!!」


「なんだこの煙!? 鼻が効かねぇぞ!!!」


 煙幕のような白い煙が大ホールを包み、辺り一帯が見えなくなる。

 皆パニック状態に陥っていた。


 そんな中、何かがこちらに走ってくる音が聞こえる。

 わたくしの目の前で音が止まると布のような物を上から被せてきた。


 布を被ると懐かしい匂いと温かい気持ちに包まれる。

 この匂い、手触り、わたくしはこれが何か知っていた。


 いつもわたくしが困っていると励ましてくれて、口は悪いけどわたくしが失敗しても見捨てずここまでついてきてくれた、優しい弟の白衣だ。


 白い煙がだんだんと晴れていき、壇上に一人の男が姿を現す。

 そこには大胆不敵に神様さえ見下す笑みで、ザニアが立っていた。


「よう、借りを返しに来てやったぞ主人公ども!!」


「き、貴様!? どうやってあの拘束を!?」


 慌てる王子たちを無視して、ザニアはわたくしに振り返る。


「遅くなってごめん姉さん、ちょっと準備に手間取っちゃってさ? 姉さんはよく一人で頑張ったよ。……後のことは全部僕に任せて」


 ザニアに優しい笑みを向けられて思わず泣きそうになる。


「おい! 無視すんじゃねぇよ!!」


 無視されたことで王子たちは怒り心頭のようだ。

 ザニアはわたくしの頭を優しくなでて、王子たちを睨みつける。


 その横顔は今まで見た事がないほど彼は怒っていた。

 わたくしのために……


「よくもうちの姉さん泣かせたな!!!」


 思わず白衣をぎゅっと握り、頬が熱くなる。

 その後ろ姿はまるで、ヒーローのように見えた。

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