第10話 信じたい人は……
ムカつく。
ムカつく、ムカつく、ムカつく!!!
何よ! あのナスビ頭!! 私の行動すべて読んでますって顔して!!!
しかもあいつに昨日脅迫された後から、姉と一緒にいる事多くなったし、警戒して人が多いところしか歩かない。
何かしようにも人が大勢いるところじゃ、視線を集めて下手なことなんて出来ない。
どうすれば……、
「どうしたんだいナタリア? 浮かない顔をしているけど」
「大丈夫ですかナタリアさん」
「元気がないなナタリア! 俺様が抱きしめてやろうか?」
「大丈夫っすか、ナタリア。具合が悪いんじゃないっすか?」
攻略キャラ達が私が不安な表情をしていると、各々心配してくる。
そうよ、私にはこいつらがいるじゃない。
あらゆる敵キャラをバッサバッサとなぎ倒す世界最強の護衛達。
いくらあのナスビ頭が転生者で地位があるとしても敵キャラなんだ。
私はこのゲームの主人公、絶対に負けるはずがない。
前世では散々だった分、この世界では絶対に幸せになってやる。
そのためにも、あいつは私の幸せのために邪魔だ。
徹底的に排除してやる。
水魔法で目を潤ませ、涙が頬を伝う。
「実は……」
□□□
昨日からザニアたちの様子がおかしいですわ。
メルクは学校を一週間お休みすると書置きを残したっ切り、行方が分からないですし。
ザニアは前までは一緒に登校しようとか言うタイプでもなかったですのに、今朝からわたくしにベッタリくっついて離れませんわ。
まるで何かから守ってるようですわ……
一緒にいてくれること自体は、姉冥利には付きますが、何か裏がありますわね。
幸い今は昼時、時間もありますし、何かあったのか聞かななければなりませんの。
「ザニア? お姉ちゃんに何か隠し事してないかしら? 今なら正直に言えば許しますわよ?」
学食でお昼を食べながら、さりげなく聞き出してみる。
ジト目でわたくしを見て、視線をそらされた。
「言ったら絶対怒られるやつだから絶対言わない」
「それは何かある時の言い――」
「見つけたっすよ! レイブン姉弟!!」
荒々しい声がした方を振り向くとエルヴィス君が珍しく怒った表情で立っている。
優しい彼がこんなにも怒るなんて……
まさか――、
「ザニア? もしかしてエルヴィス君に何かしたの?」
「特に何もしてないはずなんだけどなぁ……」
「とぼけないでほしいっす! 僕じゃなく、ナタリアに酷いことしたそうじゃないっすか!!」
主人公、に?
あれだけ関わるなと言っておいて、自分が手出しましたの!
許せませんわ!!
わたくしがザニアのネクタイを思い切り引っ張る。
ザニアは両手を上にあげ、降参の姿勢をとった。
「どういうことですの! 事と次第によっては!!」
「落ち着いて姉さん、僕は悪くない、先に手出してきたのはあっちからなんだから」
あっちから手を出してきた? どういうことですの?
わたくしが考えている時にエルヴィス君が机をどんと叩く。
「噓つかないでほしいっす!」
「ほんとだっての! まずは何があったか説明するから一旦二人とも座って」
確かに弁明くらいはしていただいた方がいいでしょう。
ネクタイから手を離し、わたくしは席に戻った。
エルヴィス君も言われた通り律儀にザニアの隣の席に座る。
わたくしたちが席に着いたことを確認するとザニアは話し始めた。
「昨日、ナタリアに呼ばれて空き教室に行ったんだ。姉さんが呼んでるって言われてね」
「わたくしはそんなこと頼んでませんわよ?」
「だろうね。だってそれ自体ナタリアが僕を嵌めるための罠だったんだから」
ザニアを嵌める? あの心優しい主人公が?
それくらい怒らせることをザニアがするわけが……って言いたいですけど、やりかねないですのよね……。
でも、自分が不利になりそうなことをわざわざザニアがするとも思えない。
だとしたらなぜ……
――いや、もしかして彼女が探していた転生者だった?
だから転生者を説得しようとついていった?
目線をザニアに向けるとアイコンタクトで察したのかコクリと頷いた。
やっぱり彼女が転生者でしたのね。
「う、嘘っす! ザニア君に呼ばれたって――」
ザニアは首を横に振って否定する。
「誓って呼んでない。僕が信用できないならDクラスの連中に聞いてみな? 昼時だったし、他のクラスの連中も見てるはずだから」
「で、でも――」
「好きな人を疑いたくない気持ちも分からなくはないけど、今は僕の話を聞いて」
「す、す、好き何てこと全然、そんなことないっすよ!?」
エルヴィス君が頬を赤らめて、もじもじと照れくさそうにしている。
な、なんて分かりやすい……
こっちまで顔が赤くなりそうですわ。
そんなエルヴィス君をザニアは気にも留めてないようだ。
もうちょっと共感くらいしてあげたらどうですの?
「話をつづけるよ? 空き教室で二人きりになった時に言われたことは、結論を先に言ってしまうと、僕への脅しだった。私の言うことを何でも聞く奴隷にならなければ、お前の家を王子たちに潰させるぞ――ってね」
「「なッ!?」」
一大事じゃないですの!?
しかも奴隷? 王子たちに潰させる? どこの悪役ですのそれは!?
転生者がそこまで気が触れた人物だとは、これじゃ破滅エンドも時間の――、
「――だから、僕は逆に脅し返したよ。姉さんを魔法で殺そうとした事を黙ってほしかったらお互い不干渉でいましょうってね?」
脅し返したって……
いや、それよりも、
「わたくし、いつの間に殺されかけてましたの!?」
「昨日の午前中に後ろからだよ。間に合って本当によかった。暗殺の証拠だって、あそこ一帯を調べれば出てくると思うよ? 光魔法なんて珍しい魔法が使えるの彼女くらいだし、国の騎士に専門の魔道具で調べられたら一発さ。そしたらナタリアは豚箱行きだ」
「そん、な……う、嘘だ……彼女が、そんなこと……」
反論もできず、エルヴィス君は力なく椅子にもたれかかる。
無理もない、幼馴染が平気で人を脅し、しかも人を殺そうとした犯罪者何て信じたくありませんわよね。
ザニアはお構いなしに淡々と進める。
「事実だ。心配ごとがあるとすれば、王子たちが暴走して、一人の女のために無理矢理権力を振りかざすバカな真似をする……なんてことがないとそう信じたいね」
「それじゃ一旦解決、ですの?」
「六日後にこれ以上関わらないって契約書を書いてもらえばこれで終わりだ」
つまり一週間過ぎれば、わたくしたちは本当の意味で破滅エンド回避ですのね。
嬉しいという気持ちはありますが、それと同じくらい隣にいるエルヴィス君に対する申し訳なさで何とも歯がゆいですわね。
こんな時どんな言葉をかけていいのか……
「俺は、どっちを信じれば……」
エルヴィス君は頭を抱えて悩みこんでしまう。
その時エルヴィス君の行動の何かが気に障ったのか、ザニアの目が鋭くなる。
「甘えるな。誰を信じるかなんて自分で考えろよ。何がよくて何が悪いのかを――誰かに言われたからじゃなくて、自分がこうするべきだと思うからで動け、人に運命の選択権を勝手に委ねるな、甘ちゃんが」
「ちょ!? ザニア! 言いすぎですわ!!」
文句を言おうと立ち上がったが、エルヴィス君に手で止められた。
「どうしてですの!」
「――いいんす、ザニア君の言う通りっすから……少し、考えてみます。僕がこれからどうすればいいのかを……」
フラフラと席を立ち、食堂を去っていった。
ジト目でザニアを睨む。
「もっと言い方ってものがあったんじゃないですの?」
「甘やかすことだけが、いい人材育成とは限らないよ姉さん? 人に聞いたことを疑うことも覚えるべきなんだよ。それに心配ないよ、エルヴィス君は賢いから、すぐに答えにたどり着くさ」
ザニアは食堂の入り口をずっと見続けている。
その横顔は、どこか物憂げだった。
「……それに、自分の昔の姿を見ているようでほっとけなかった――」
「……? 最後何て言ったんですの?」
「何でもない」
ザニアは何事もなかったように食事を進めた。
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