第9話 ナタリアという女

 入学しては二か月がたった。


 あれから姉さんの警護をしてるけど、寄って来るのはエルヴィスか。

 合法ロリはぁはぁとか言ってる不審者しか来ないんだよな……

 うちの姉さんを変な目で見んなよ変態どもめ。


 ロリコンどもは姉さんに見つからないように、しっかりと撃退しました。

 変態死すべし、慈悲はない。

 まぁ殺しはしてないけどね? 睡眠スプレーで眠ってもらっただけだ。

 貴族も多いこの学園で、面倒ごとなんて起こしたくないからな。


 学園生活は変態どもの始末くらいで後は至って普通の日常だ。

 授業で組む相手がいないとエルヴィスが声かけてくれるし、何か困ったことがないかとか気にかけてくれているから問題ない。


 どうしてこんないい奴がナタリアみたいな腹黒女好きなんだろう。

 むしろいい奴過ぎて騙されてるのかも? 


 そう言えば、姉さんからは攻略キャラにがっつり関わっててごめん――って言われたけど、気にしないでいいから、むしろエルヴィス遠ざけたらそれこそボッチになりかねない。


「姉さんには悪いことしたかなぁ、下手に地位をあげたせいで、クラス外の友達作りも難航してるみたいだし――ん?」


 人気のないところ庭園を姉さんが歩いていると、後ろから隠れてこそこそと様子を窺う一つの影があった。


 あれは……ナタリアかよ。

 主人公らしからぬ性格の悪そうな、ゲスい笑顔を浮かべている。

 ――嫌な予感しかないな。


 その予感は的中して、ナタリアの手の上にバチバチと光る雷の球が生成される。

 光魔法か、発動時間が一番早いだけに面倒だな。

 光の球を姉さんに当てるべく、放出しようとした腕を僕は勢いよく引っ張る。


「きゃっ!!」


 狙いが逸れて、雷の球が頭上に飛んで霧散した。

 ナタリアは警戒して、きょろきょろと周りを見渡したが、僕の姿を発見できずにいる。

 透明になる魔道具使ってるんだからあたりまえだけど。


 それよりさっきの魔法が破裂した音がない、普通は少しくらい音が出るもんなんだが、魔道具か何かの効果か?

 ――だとしたらこいつは音もなく姉さんを襲おうとしたのか、この女!

 許せない!!


「な、何なのよ一体!? そ、そこにいるんでしょ! 出てきなさい!!」


 ナタリアは姉さんに聞こえないくらいの音量ですごんでいるが、全く持って怖くない。

 魔道具らしき杖を構えてるようだけど、警戒する動きが完全にド素人だし、魔道具に頼りきりなのが見て取れる。

 あまり脅威ではないと判断したので、構わず僕は睡眠スプレーをナタリアの顔に向けて噴射した。


「なんとか言ったら――どう、なの……」


 バタリとその場でナタリアは倒れる。

 スヤスヤと呑気に眠っていて、しばらくは起きないだろう。



 確かに僕は契約で暴力を禁止されている。

 だけど、暴力禁止のルールには落とし穴がある。

 睡眠薬を投与、今回はスプレーだったけど、主人公たちに医療行為をすること自体は禁止されてないんだよ。


 相手の同意なしの医療行為もよくある話だし、問題ないとは思ったけど、やはり大丈夫なようだ。


 これからはあいつらが何かしたらこの手段を心置きなく使えるな。

 僕はナタリアを見下ろして鼻で笑う。


「これに懲りたら姉さんを狙わないことだな。まぁ聞こえてないんだろうけどさ」


 そう言って、僕はナタリアを放置したままその場を去った。



 □□□



「襲われたのですか!?」


「あぁ、やっぱ凶暴だよあの女」



 お昼休みにDクラスの教室に久しぶりに顔を出し、さっき合った出来事をメルクに報告した。

 メルクは驚き半分、怒り半分といったところだろう。


「殺しますか?」


 どこからか取り出したのか、ナイフをきらりと光らせる。

 僕しか契約してないから制限ないし、さっきのナタリアの実力見た限りだと、透明になる魔道具で襲えば、メルクでも余裕で殺せるとは思うけど――、


「やめとけ、人殺しは最終手段だ。それに、一度でも殺しを選択肢に入れるともう戻れなくなるぞ」


「――何やら実感のこもった言い方ですね。前世でそういった輩にでも会いましたか?」


「……さぁね。どうだったか――」


「ザニア・レイブンさんという方は、こちらにいらっしゃいますでしょうか?」


 僕の言葉を遮って、聞きなれた嫌な声がこの教室の外から聞こえる。

 首をギギギと外の方へ顔を向けるとナタリアがそこにはいた。


 何故ここにいる腹黒女!? 

 僕の視線に気が付くとナタリアは作り笑いでこちらに微笑み返す。

 気持ち悪!? 寒気したわ……

 スタスタと僕の方へ歩いてくる。


「バージニアさんからあなたを呼んでくるように言われたので来ました」


 ニコリと笑うが、十中八九嘘だろう。

 だが、ある意味チャンスかもしれないな。

 罠かもしれないが、誘いに乗るのも一興か……、


「メルク、何かあったら頼む」


「分かりました」


 小声でメルクに指示して、僕はナタリアのように作り笑いを浮かべる。


「姉様からの呼び出しを伝えてくれたことは感謝するよ。ただ、言葉使いには気をつけて方がいい。いくらこの学園が校則で身分を行使することは禁止されているとはいえ……不快に思う者も少なからずいるのだからね? 僕は気にしないけど」


 目線を僕の周囲に向けた。

 さっきから貴族連中の侮蔑の視線がナタリアに刺さる。


 貴族相手にため口聞いたらそりゃそうなるよな。

 視線をナタリアに戻す。


「そうですか。では、次回から気を付けますね」


 空返事で僕にそう返答した。

 こいつ絶対直す気ないな。


 まぁ、いいや。


「それじゃ、姉様のところに連れてってもらえるかな?」


「――こっちです」


 ナタリアの後ろをついていき、教室を出る。

 どんどんと人気がなくなり、今はほぼ使われない空き教室に二人で入った。


「ここに姉様がいるのかい?」


「んなわけないでしょうが、バカじゃないの?」


 さっきまでの笑顔と口調が嘘のように醜悪なものに変わる。

 およそ主人公とは思えない表情だな。


「騙したのかい?」


「その薄ら寒い演技辞めたら? あんたが私を眠らせたことは調べがついてるのよ」


 僕の目の前に、紫の髪の毛を突き出した。

 なるほど、どうしてバレたかと思ったけど、落ちてた髪の毛で僕を特定したのか。

 特徴的な髪色だし特定するまで時間はかからないだろう。


 バレてるなら、もう演技は必要ない、作り笑いを解き、いつもの表情に戻す。


「そうだけど何か? 姉さんを攻撃しようとしたあんたが悪いんだろ?」


「――見られてたのね」


 舌打ちをして、怒りの表情を隠そうともしない。

 姉さんを害そうとしてその態度か、救いがたいな。


「何故姉さんを攻撃した」


「――目触りだったのよ。悪い? どうせ悪役令嬢なんだから、どう扱おうと自由でしょ」


「お前、人の事をなんだと!!!」


「ふ~ん、悪役令嬢って言っても疑問に思わないんだ。やっぱあんたも転生者でしょ?」



 僕はわざとらしく口をふさいでオーバーにしまったと演技する。

 反応がよかったからか、ナタリアは口角を上げる。


「やっぱりね。最初からおかしいと思ってたのよ。でなければゲームで姉を嫌ってるはずのザニアが、こんなにシスコンなはずないもの」


 ケラケラと笑って満足そうに一人で自己完結しやがった。

 僕はシスコンじゃないが、めんどくさいのでこのまま訂正しないで放置しよう。

 ため息をついて、ナタリアを睨む。


「――で? 転生者だろうとなかろうと君には関係ないだろう。もうこっちに関わってくんなよ。僕たちに君が関わってこないなら、そっちにも手出しする気もないし関わりたくもない。お互い不可侵で行こうぜ?」


「残念だけど、その提案は飲めない。人に命令されるの私嫌いなの、あなたが私の奴隷になるなら少しは考えなくもないけど?」


「この女……!!」


 提案をあっさりと一刀両断された。

 まぁ、こいつならそうするよな。


 だからってこいつの言うとおりにする? 尚更ありえないだろう。

 奴隷になるって言ったところで、考えるだけでやらないとは言ってない、って言うのが目に見える。

 だった ら僕がとる選択肢は――、


「――なら僕はお前を訴えるだけだ、ナタリア。貴族暗殺の容疑者としてな」


「出来るの? 私王子たちに守られてるし、それにさ? 訴えられて困るのあんたじゃん悪党一族のバイパーさん? レイブン伯爵家とバイパー男爵家がつながってると分かったらあんたらなんか破滅――」


「――お前、もしかして何も知らないのか?」


「な、何をよ……」


 かまをかけられてるとも思ったが、ナタリアの反応からして、本当に知らないようだ。

 強気に出てると思ったけど、もしかしてこいつ、まだバイパー家があると思ってのか?


「バイパー家なら、もうとっくの昔に悪事がばれて地位を剝奪、僕以外は全員牢屋に入ってるぞ? しかもレイブン家はバイパー家と取引する前だから、何もしてないクリーンな状態だ。僕の養子の件だって、僕が悪事に何も関わっていないとちゃんと国の機関に正式に認められてるから受領されてるんだ。だから全く持って問題ない」


「そ、そんな……し、シナリオが変わってるじゃない!!」


「君も大分シナリオ変えたし、お相子だろ? それにレイブン家はもう伯爵じゃなくて、公爵だ。王子たちであろうとそう簡単に最高位の貴族である僕たちを冤罪で罪に何か問えないぞ? むしろ捕まるのはお前だけだ」


 ビシッと指をナタリアに突きつけるとガクリと地面に膝をつき、呆然としてしまっている。

 僕はナタリアを放置して、教室のドアに手をかけた。


「一週間待ってやるよ。一週間後に同じ教室で、契約書の魔道具を使って、僕たちにもう関わらないって契約を交わせ。それが僕から君に出す条件だ。そしたら訴えるのを取り消してやるよ」


 外に出てピシャリとドアを閉める。

 さて、あいつはどう出るかな?

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