第8話 転生者発見

 入学式は何事もなく終わった。

 特に取り上げることもなく、あるとしたら新入生代表挨拶を姉さんがしたことくらいかな?


 入学式が終わると各々の向かうべき教室に移動し、廊下には人が入り乱れていた。

 僕とメルクは姉さんとはクラスが違うので別々の教室に向かっている。


 クラスは魔法をどれくらい使えるかで決まり。

 下から、D、C、B、A、Sの五クラスに分けられる。


 僕たちのクラスは魔法が使えない者たちが入るDクラス。


 姉さんは魔法が最も使える者が入るSクラス、ちなみに主人公含めて攻略キャラたちもSクラスに所属していて、知り合いが一人もいない姉さんは四面楚歌の状態だ。


「――というわけで僕は姉さんを隠れてサポートするから、幻影の魔道具で僕が出席してるように誤魔化しといてよ」


「過保護ですね主様は……」


「あんな敵の巣窟で姉さん一人にできないでしょ? ヒーローの安全管理も博士の大事な仕事だ。じゃ、行ってくる」


 メルクに幻影の魔道具を手渡して、昔作った透明になる魔道具で自分を周りから見えなくした。


 ぶつからないように人の波を潜り抜け、Sクラスの教室に向かう。

 Sクラスの教室付近になるともう人もほとんどおらず、装飾もどんどん豪勢な造りに変わっていく、さすがSクラスってところだな。


 外から教室の中をのぞくと中にいるのは姉さん含め、六人だけだった。

 しかも姉さん一人だけハブられてる。

 その原因は絶対あの集団のせいだよな。


 主人公を取り囲むように、四人の美男子が群がっている。

 こういうの姉さんの世界の言葉で、逆ハーレム? っていうんだっけか。

 囲んでるのはさっき見た、赤、青、緑、のあいつらと……あいつは初めて見るな。


 茶髪黒目の優しそうな少年、確か【エルヴィス】だったかな?

 攻略キャラの最後の一人でナタリアと幼馴染。

 土属性の魔法が得意で一般枠でナタリアに続いて、異例のSクラス入りした少年だ。


 これで攻略キャラ全員集合か。

 それにしても何で主人公早速モテモテなんだ?


 僕はこっそり教室の中に入り、集団の近くで耳をすました。


「五年ぶりだなナタリア、会えてうれしいぞ」


「こっちこそ、アンドレイ王子たちにまたお会いできて嬉しいです」


 笑顔を浮かべるナタリアに対し赤くなるアンドレイ王子。

 アンドレイ王子の肩をウォルター王子がガシッと掴む。


「俺様の女に気安く話すとはいい度胸だなアンドレイ!」


「ウォルター王子、ナタリアさんは誰の者でもございません」


「なんだと! 俺様に口答えとはなめられたものだな騎士風情が!!」


 ウォルター王子が切れているが、イゴールはクールな表情を崩さない。

 三人がバチバチと火花を散らせ、女を取り合う泥沼現場状態。

 これでよくこの逆ハーレム成り立ってるな……


 ――あれ? そう言えばエルヴィスの姿が見えないけど、どこ行った?


 辺りを見渡すと、エルヴィスはナタリアから離れて、姉さんに近づいていく。

 念のため、持ってきていた無限収納ポーチから、新開発した睡眠スプレーを取り出す。

 うちのヒーローに何するつもりだ?

 事と次第によっては――、


「こんにちわっす、俺エルヴェイスって言いますっす。平民の出で至らないこと多いと思うっすけど、これから同じクラスとして仲良くしてほしいっす」


 エルヴィス笑顔で姉さんに握手を求める。


「よ、よろしくお願いしますわ」


「はいっす!」


 姉さんが握り返して、エルヴィスはニコッと笑う。

 警戒したけど、杞憂で終わった。

 もしかしてこいつ、ただのいい奴では?


 自分もナタリアと話したいのを我慢して、その上姉さんを気にかけて、声をかけるってあの中だと一番まともだぞ。


 逆ハーレムの一員だからといってバカ王子どもと一緒にしてほんとすまない。

 よかった、ようやくこのクラスで一人くらいは友達が――、


「エルヴィス? お話があるんだけどいいかな?」


「わかったっす! それじゃまた話しましょうっす」


「う、うん」


 姉さんの話を遮ってナタリアがエルヴィスを呼び戻した。


 ナタリア、お前はうまくごまかしたつもりかもしれないけど、僕は見逃さなかったぞ?

 わざと姉さんとエルヴィスを遠ざけ、静かにほくそ笑んだお前の邪悪な笑みを、な。

 ――確定だ、こいつが転生者だ。



 何が心優しい聖女のような性格の主人公だよ。

 中身が違えば、ただの腹黒女じゃないか。

 いつか、その化けの皮を剥がしてやるよ?

 覚悟しとけ。


 僕はニヤリと口角を上げた。


「皆様、席についてください。ホームルームを始めます」


 その後は何事もなかったかのように授業は進んでいく。



 □□□



 時は進んで放課後、一般男子寮の僕の部屋に戻り、メルクを呼び出して、情報共有をした。


「つまり、モグモグ、もう、モグモグ、転生者は、モグモグ、見つけたと……」


「あぁ、予想通りではあったけどね? ……って食べるか喋るかどっちかにしなよ」


「……」


「食べるの優先するのね? ……そんなにおいしいんだ」


 コクリとメルクは頷く。

 買ってきたチーズケーキをおいしそうにメルクは食べる。

 普段無表情なだけに嬉しそうな表情を見ると大きくなっても昔と変わらないなと微笑ましく思う。

 ――これもしかして思考がおっさんくさいか?


 まぁ、いいか、メルクが食べている間に情報の整理をしよう。

 姉さんには言ってないけど、昔僕とメルクは主人公たちについては調査をしていた時期がある。

 その調査結果で一番ゲームと違う行動を取っていたのが、ナタリアだ。


 行方不明から戻った後もあの子の周りだけが不自然だった。

 あの子の実家には明らかに現代知識を使ったと思われる井戸の改築や、畑にはまだこの世界では主流ではない輪作を行っているなど、証拠がいくつもあがっている。


 そして今日の行動で、疑惑は確信に変わった。


「ナタリアで確定、他の可能性は切り捨てていいだろう」


「ですが、主人公や攻略者以外にも転生者がいる可能性はないのですか? 誰かナタリアさんに助言しているとか?」



 メルクはハンカチで自分の口を拭いながら、そう問いかけてくる。

 チーズケーキをもう既に食べ終わったようだ。

 よっぽど美味しかったのだろう。


 確かにメルクの言う通り、助言でナタリアをあたかも転生者に仕立て上げるという可能性も考えないわけがなかった。

 だが――、


「――ないな。ナタリアの交流関係は調べたが、家族と攻略キャラ以外には目立って接触してきた奴もいない」


「外部がないなら、攻略キャラたちがアドバイスしている可能性も……」


 僕は首を横に振る。

 ありえないと……、


「あの恋愛脳のバカ王子どもが、好かれるために、そんな回りくどい方法を取ると思うか? やるなら人目も気にせず直接言いそうだ。――メルクも昔あの四人調べて、そう思ったろ?」


「それは……まぁ……はい」


 思い出したくもないという表情にメルクがなる。


 メルクに昔、透明になる魔道具で主人公たちの日常生活を調べてほしいと、頼んだのはいいんだけど――あの四人、ナタリアのことしか頭にないって、調査結果しか出てこなかったんだよ……


 ナタリアから貰ったプレゼントを見ながら、全員ニヤニヤして気持ち悪かったって報告受けた時の僕の心境とメルクの気まずさったらなかったよ!


 エルヴィスはナタリアが好きなだけのいい奴だけど、他はどうしようもないってのは直接目で見て確信したよ。


「とりあえず目星はついたし、あとはどうやって交渉するかだね」


「お互いに関わらないって条件、相手が飲みますかね?」


「無理だな。あいつは十中八九性格が悪い。あの腹黒女は多分自分優位じゃないと絶対交渉に乗ってこないぞ。間違いなく! 性格が!! 悪いから!!!」


「……やけにナタリアさんに当たりが強いですね」


 珍しい物を見たといわんばかりにメルクは驚いている。

 確かに僕は、あまり人に対して好き嫌いであまり考えない方だとは思うんだが、あの女に関しては、何故かイラッと来たんだよな。

 こんなに人を嫌ったのは、バイパー家の連中以来だ。


「どうにも好きになれないんだよな……自己中心的というか何というか、周りの迷惑を全く考えてないところとか特にね」


「――鏡お貸ししましょうか?」


「それどういう意味かな!?」


 失礼だなメルクは!

 僕はヒーロー研究に一つ筋なだけで、ちゃんと周りの事も考えてるっての!!

 ――考えてるからね?


「と、とにかく! 交渉するなら絶対断れない状態を作り出すしかない」


「出来ますかね?」


「――やるしかないだろう。強い魔道具を大量に保持している以上強硬手段はとれない、それに姉さんとの契約に違反するからね」


 五年前に契約した内容の1つに、主人公と攻略キャラへの暴力を禁止されている。あっちが何もしていない以上、僕は契約通り手を出せない。


 自分が破滅させるかもしれない相手だっていうのに、ほんと姉さんはお人よしだよ。

 だからこそ、彼女はヒーローとして優秀なんだけどね?

 とりあえず――、


「一旦様子見かな? 引き続き姉さんの身辺警護をするから明日もよろしくね」


「……あまり無理なさらないでくださいね」


「大丈夫だよ。メルクは心配性だなぁ」


 この時の安易な言葉を僕はのちのち後悔することになる。

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