第6話 シナリオスタート
春の陽気に包まれる通学路。
一般の学生たちが寮から学園へと向かう唯一の道だけあって、通学路には新入生や在校生が入り乱れ、ヴァルハラ学園へと向かっている。
僕、【ザニア・レイブン】もその一人で、この春からヴァルハラ学園通うことになった。
制服の男子用のブレザーとネクタイをきっちりしめ、手にはカバン、制服内には無限収納ポーチが隠して入れており、準備は万全だ。
個人的には白衣を着てないと落ち着かないが、決まりなら仕方ない。
それにしても、姉さんとの出会いからもう五年、僕も十五歳になっている。
五年……あっという間だったなぁ。
いきなり、僕を養子にすると姉さんが親に直談判したり、最終的に養子になれたけど、遠くに無断で出かけてたことで姉さんが親に説教食らったり……なんてこともあったっけ――懐かしいなぁ。
「ザニア! ぼーっとしないでくださいまし!!」
物思いにふけっていると後ろから怒鳴られたので振り返る。
そこにはヴァルハラ学園の女性用のブレザー制服を見にまとい、プリプリと怒っている姉さんの姿だった。
何度も見てるけど身長が小さすぎて、制服に着られてる感半端ないな。
「……あぁ、姉さんか」
「姉さんか……じゃないですわ!? 分かってますの!? これから――」
「これから、いよいよシナリオが始まる、でしょ? もう何度も聞いたよ」
「だったらもっとちゃんとしてくださいまし!」
隣でキャンキャンうるさく吠える姉さん。
昔より口うるさくなったなぁ……
泣き虫で、しおらしかった姉さんはどこ行ったんだろう。
「人目がありますのでそれくらいにしてくださいバージニア様」
「ですけどメルク! あなたの主人がちゃんとしてないからお説教を――」
後ろからゆっくりと歩いてくる制服姿のメルク。
五年もたち、すらっとしたモデル体型の美少女にメルクは変貌を遂げていた。
瀟洒なメイドとして恥じない成長ぶりで、主人としても鼻高々だ。
しかも三枠しかない一般枠に合格して、僕たちと学園へ通うことになっている。
やはりうちのメイドは優秀だ。
「お説教はワタシが後でしときますので、今は急いでください。遅刻しますよ?」
「そうでしたわ! 初日で遅刻なん――」
「ひったくりよぉぉぉ! 誰か捕まえてぇぇぇ!!」
女性の悲鳴が通学路に響く。
通学路にいた学生達が波を割るかのように避けて、その全貌がようやく見える。
刃渡り数十センチのナイフを振り回した小汚いおっさんが、走って逃げてきたのだ。
「魔法ある世界でもこういうのあるんだな」
「言ってる場合ですの!?」
どんどんとおっさんは迫ってくる。
僕達がとる行動は――、
「どけぇぇぇ!!!」
「どうぞどうぞ」
「ちょッ!?」
姉さんを抱えて脇によけた。
触らぬ神に祟りなしってな。
僕たちの脇を通り抜け、おっさんは走り抜けていく。
そのまま人混みをかき分けて見えなくなった。
姉さんが何故かポカポカと足を殴ってくる。
「どうして見逃しましたの!?」
「いや、だって、あれに関わってたら遅刻するよ?」
「それは! そう、ですけど……」
姉さんがさっきほど盗まれた女の人を見つめる。
泣いて地面に座り込む女性が周りの人に慰められている姿と僕を困った表情のまま交互に視線を動かす。
何を迷う必要があるんだろう?
「助けたいなら、変身しなよ? 今なら、まだ間に合うよ?」
「いや、でも、あの恰好は……それにメルクならあれくらい追いつけ――」
「あぁ、ちょっと目まいが、頭痛もしますね……」
メルクが頭に手を当て、わざとらしくフラフラと僕に倒れこむ。
「絶対わざとですわよね!? 変身させたくてわざとやってますわよね!? あなた方、わたくしをいじめて楽しいんですの!?」
「「とっても」」
「むきぃぃぃ!!!」
姉さんは怒りながら、ポケットに手を突っ込む。
ポケットから取り出したのは、ハートや星などの魔石が散りばめられ。
デコレーションされた黒のコンパクト。
これは五年前のコンパクトを僕が改造したものだ。
姉さんをヒーローにするために、変身アイテムに作り変えた。
顔を真っ赤にして、姉さんはコンパクトを目の前に突き出す。
「へ、変身!!」
姉さんがそう宣言するとコンパクトが光だし、目を開けていられないほどの強烈な閃光に包まれる。
光が収まると姉さんは、全身フリフリのピンクと黒を基調としたドレスに身を包み、髪もハートのリボンでツインテールにしている。
服の換装も問題ないみたいだ。
換装、つまり変身バンク時は体が光ってるので見えない仕様になっている。
ヒーロの裸体何て、死んでも見せんよ。
突然変身して現れた姉さんにびっくり――する人もいなく、むしろ黄色い声援に包まれる。
「きゃぁぁぁ魔法少女様よ!!!」
「まじか!?」
「ファーストちゃんを入学初日に見れた、なんて幸運なんだ!!!」
「もう、いやぁ……」
姉さんは羞恥のあまり顔を真っ赤にしてうずくまる。
それとは対照的に周りは魔法少女コールで大盛り上がりだ。
この世界では、ヒーローとしての姉さんは有名人。
三年前から魔法で人助けをする正体不明の謎の美少女。
弱きを助け、強きをくじく【魔法少女ファースト】
容姿の可愛さから、巷じゃファンクラブもできてるとか、なんとか。
顔をがっつり出しているにも関わらず正体が誰か分からないことから、王国でも騎士団の即戦力として、彼女を見つけ出そうと総力をあげて探しているらしい。
まぁ、モノマネウォールの魔石で作った幻影の魔道具のおかげで姉さんがその正体ってのは誰も気づいてない、制作者の僕とメルクを除いては、ね?
姉さんは意を決して立ち上がる。
「変身後の口上は?」
「しなくていいです、わッ!!」
姉さんは大きくジャンプをして、家の屋根に着地する。
そのまま走って、ひったくり犯を追いかけていく。
身体強化の魔道具も正常に作動している。
この調子なら数秒で戻ってくるだろう。
結果としては上々だね。
「出来ることなら、変身時の音声と歌があるともっとそれらしくなるけど……どっちもそんな人材いないしなぁ……」
「一生そんな人材現れなくていいですわ!」
「あっ、お帰り」
姉さんは戻ってくるとその手には取り返したカバンが握られている。
もう撃退してきたんだ。
だとするとあのおっさんは拘束されて騎士団の駐在所前かな?
――というかいつの間にか変身も解いてるし、どんだけ着替えたかったんだろう。
姉さんが取り返したバックを泣いている女性に手渡す。
「ファースト、さんからあなたに手渡すように頼まれました」
「よかった、本当にありがとうございます!!」
「お礼ならファースト、さんに言ってください」
そう言うと足早に姉さんはこちらに戻ってきた。
表情は言わずもがな、怒ってらっしゃいますね。
「わたくしが言いたいこと、分かりますわよね?」
「変身バンクが長い、もしくは魔道具に不備でも――」
「そんなことに怒ってんじゃねぇですわよ!?あの恥ずかしい衣装何とかなりませんのって話ですわ!!」
恥ずかしいとはなんだ。
変身コスチュームのデザインはあれでいいんだよ、僕的にはかわいいと思うし。
――というか。
「魔道具詰め込む関係上、衣服に埋め込んだ方が手と足を自由に使えるから、装飾が多いコスチュームは必須なんだって、前も説明したじゃん」
「だからって、もうちょっとあのデザインをなんとか――」
「あれだって姉さんが文句言うからヒーローコスチュームのデザイン大幅に変えたんだよ? 体のラインが出る服は嫌だの、全身スーツはダサいだとか、文句ばっかり、結果魔法少女デザインのヒーローコスチュームになったんでしょうが!!」
「そもそも魔法少女はヒーローじゃないですわ!」
「僕の前世では定義的にヒーローですぅ!!」
姉さんとはずっとこの調子で、会話は平行線だった。
結局妥協であのデザインのまま、三年間あのコスチュームでやっている。
いい加減なれなよ。
「それにわたくし、もう少女って歳でもないですわ!」
「何おばさんみたいなこと言ってるの? 十五歳は十分少女だよ。それに安心してよ、前世では六十歳でも現役の魔法少女がいたんだから姉さんは誤差だよ」
「六十歳はもう少女の範疇超えてますわよね!?」
姉さんとの会話が白熱していると肩をトントンと叩かれる。
後ろには焦った表情のメルクが立っていた。
「あの、主様……さすがに時間が……」
「「あっ!!」」
もう周りには学生の姿はなく、学園についてなければいけない時間だ。
僕たちではどう走っても間に合わない。
こうなったら……、
「姉さん変――」
「絶・対、いやですわ」
まだ何も言ってないのに速攻で拒否された。
仕方ない――、
「じゃあ、メルク! 僕と姉さん連れて全速力ダッシュで!!」
「承知しました」
僕と姉さんを脇に抱えても余裕のメルク。
獣人の力ってすごいな。
そのまま屋根に向かって僕たちは跳躍する。
念のため、幻影の魔道具で僕たちの姿を猫に変えてっと。
これで猫が屋根を上ってる風にしか見えないな。
「風圧に注意してください」
「ちょ、まっ!? ――いやぁぁぁぁ!!!」
ジェットコースター並みの速さで家の屋根から屋根へ飛んだり跳ねたりする。
姉さんも変身してたら、これくらい日常茶飯事なのに叫び過ぎでしょ。
でも、このスピードなら何とか入学式までは間に合いそうだ。
目指すはヴァルハラ学園だ!
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