第4話 ボスモンスター

「あ、主様ぁぁぁ!!!」


 遠くで叫ぶ、メルクの声がする。

 慌て過ぎでしょ、落ち着きなよ?


「よくも、よくも主をぉぉぉ!!!!」

「アァァッァ……」


 メルクが叫んだと思ったら、リッチーと思わしき声が、か細く消えた。

 リッチーはメルクがもう倒したってことでいいのかな?

 数秒で片づけるとは流石うちのメイドだ。


 ――というか、炎で覆われてよく見えないけど。

 なんで僕たちがやられたみたいな反応なの!?

 死んでないからね!?


 僕は周りの炎を白衣で振り払い、バージニアさんを抱えた態勢で姿を見せる。

 抱えたバージニアさんを改めて確認したが、ケガはなさそうだ。


 僕たちの姿をメルクが見つけると涙を流しながら抱き着いてくる。


「よがっだでぇす、あ゛るじざま゛」


「涙拭けよ……」


 この白衣は僕の作った魔道具の一つで、魔力を流せば流すほど、防御と耐久力があがる。だからさっきの炎くらいじゃこの白衣を燃やすことなんてできない、二人でこれを咄嗟に被って、難を逃れた。


 メルクは僕の白衣が特殊な魔道具ってこと知ってるのになんでこんな取り乱してるんだよ……って、僕の白衣で拭くなよ!?


「それよりも、バージニアさんは大丈夫だった? どこが痛いところは?」


「大丈夫、です。ご迷惑をおかけして、申し訳、ありませんでしたわ……」


 せっかく元気になったのにバージニアさんの元気が先ほどの比じゃないくらい沈んでる。

 失敗が続くと嫌になるよね。

 分かるよ――、


「気を落とすなよ、さっきの襲撃は仕方がなかったんだ。僕も気づかなかったし、バージニアさん一人のせいじゃない」


「でも……わたくし、ここに来てから迷惑しか――」


 小屋のときと同じく、バージニアさんはふさぎ込んでしまった。


 ヒーローならこんな時、気の聞いたセリフでも言ってやるのだが。

 生憎、僕は思いつかないし、言えそうもない。

 さて、どうしたものか……


 彼女は自分が迷惑しかかけてないというが、遺跡の入り口を開けたことや、モンスター情報を事前に教えたり、魔法で援護など、今の所大活躍だ。


 だが、本人はそう思ってないらしい。

 それを今言っても多分自分を責め続けるだろう。

 あまり人を励ますのは得意じゃないが、仕方ない……、


「バージニアさんは今回の事、全部自分のせいって思ってるんだよね?」


「そう、ですわね……」


「これが自分の失敗だと思うなら、その経験を絶対に無駄にしちゃいけない」


「無駄、に?」


 鼻をすすりながら、僕を見上げて、か細くバージニアさんは受け答えをする。

 目線を合わせるように僕はしゃがむ。


「失敗は誰でもあるし、僕もさっき失敗した。だけど、それで終わっちゃだめだ。何が悪かったのか、次はどうすればいいのかとか、失敗から色々学ぶことは多い。でも心は不甲斐なさとか自己嫌悪でいっぱいで何もしたくなくなるよな?」


「……」


「だけど――」


 僕はバージニアさんのおでこに自分の人差し指をのせる。


「考えることだけは放棄しちゃダメだ。立ち止まってもいいけど、常に頭だけは動かしておくんだ。そして思い出して、君の守りたかったものは何? そのために今何ができるだろう? ――その思考の繰り返しがいずれ、大切な者を守るために繋がるはずだ」


 バージニアさんから指を離して、僕は真っ直ぐに見つめる。


「この話を聞いたうえで聞きたい――君はどうしたいの?」


 バージニアさんの瞳に強い決意が再び灯る。

 彼女は勢い良く立ち上がって、ビシッと指をこちらにさす。


「進みますわ。わたくしには進む続けなければいけない理由があるのですから。こんな所で失敗を引きづって、くよくよしていられませんわ!」


「了解だ。僕たちは協力者として全力で支援する」


 スカートの埃を払ってバージニアさんは前へと進み始める。

 その足取りは、とても力強いものだった。

 もう彼女は心配ないだろう。


 メルクがタイミングを見計らったかのように僕に近づく。


「あれは誰の言葉ですか?」


「失礼だな? メルクは僕が考えた言葉だとは微塵も思わないの?」


「主様が人を励ますときは大抵誰かの受け売りですから、ワタシの時もそうでしたし」


 僕を見透かしたようにメルクはいつもの無表情で語った。

 耳が痛い限りだ。


「さっきの言葉は、僕の先生の言葉だよ」


「主様の先生……前世での、ですか?」


「そうだよ。ヒーローでもなんでもない、ただの科学者の言葉さ」


 そして僕の理想でもあった。

 ヒーローに常に寄り添い、共に研鑽しあう。

 そんな先生のようになりたくて、僕は研究者の道を選んだのだから。


「何してますの二人とも!早く行きますわよ!」


 過去を懐かしく思っていると、かなり前に進んでいたバージニアさんが手を振りながら、大声で呼ぶ。

 モンスターに気づかれたらどうするつもりだよ……


「バージニアさんが襲われる前にさっさと行こうか」


「そうですね」


 そうしてバージニアの元へ急いで僕たちは合流する。


 □□□


 探索を開始して、一時間くらいは立っただろうか。

 遺跡の奥へ奥へと進み続け、大きな扉が見える。


 扉は開いていて、中の様子がこちらからでも確認できた。

 部屋の中心には獅子の形をした十メートルはある大きな鉄人形【ゴーレム】が鎮座していた、まるで宝物を守る番人かのように。


「あれがこの遺跡のボスモンスターですわ。あれを倒せば宝箱がある部屋の扉が開きますわ」


「だったらさ? あのゴーレム扉通ってこれない大きさだし、扉の外から攻撃したらいいんじゃない?」


「……やってみたらわかりますわ」


 僕は試しに床に転がっていた石をゴーレムに向かって投擲する。

 だが、扉の中に入った途端、空間が歪んだように石が虚空に消えた。

 魔道具か何かの力か?


 何にしても、これじゃ外から攻撃はできないな。

 バージニアさんに僕は向き直る。


「あのボスの弱点は?」


「魔法攻撃ですわ、それ以外はダメージはあまり通りませんわ」


「なるほどね……なら魔法適正がない僕たちが攻撃するより、魔法使えるバージニアさんがアタッカーをした方がいいな。メルクがかく乱して、僕が白衣を使ってバージニアさんを守る――この作戦でどうだろう?」


「それでいきましょう。各自準備をして終わったら突撃ですわ」


 僕はポーチから持ってきたナイフをメルクに渡す。

 無言でメルクはナイフを受け取り、右手のナイフだけ逆手持ちにして、両手にナイフを構える。


 僕は白衣を片手に持ち、魔力を流し続ける。

 バージニアに視線を向け準備完了だと告げた。


「それでは行きますわよ!」


 扉の奥に僕たちは駆けだす。

 中に入ると見えない何かを通り過ぎたような感覚がした後、扉が閉まり、閉じ込められる。


 僕たちの存在に呼応して、ゴーレムが動き出した。


 バージニアさんは魔法の準備を、僕は白衣を盾のように構え、バージニアさんの前に立つ。その間にメルクがゴーレムへと駆け、あっという間にゴーレムの目の前にたどり着く。


「遅いですね」


 メルクは両手のナイフで斬りかかったが、カキンという音とともにナイフが弾かれた。


「かっ、たい!!」


 やはり効かないか。

 でも、ゴーレムの注目はメルクに移った!


 ゴーレムは大きな前足を使って、メルクを引き裂こうと迫る。

 その攻撃はメルクに届くことはなく、あっさりと避けられた。


 攻撃はそこまで速くない、これなら魔法発動までの時間を稼げる。


 すると突然ゴーレムは大口を開け、口の中に黒い球を発生させた。

 それはまるで、バージニアさんがリッチーに向けて放った魔法のようだった。


 あの魔法は見た目以上に当たる範囲は広い、しかもまだメルクはその範囲にいる!


「まずい!!――メルク!全力で避けろ!!」


 声に気づいたメルクは飛び込むように避けた。

 ゴロゴロと転がり、壁に手が付く範囲まで逃げる。


 黒い球が先程までメルクがいたところに当たった瞬間。

 壁が闇に飲まれ、消え失せた。


 メルクが当たらなくて本当に良かった……

 だけど僕が不用意に声を出してしまったせいで、ゴーレムがこちらに気づいてしまった。


 前と同じ黒い球がこちらに向かって飛んでくる。

 防げるのか、僕に……

 ――いや、


「防がなきゃいけないんだよ!!!」


 僕は魔力を全力で流し込み、白衣を黒い球にぶつける。

 白衣と黒い球は拮抗し、その衝撃波だけで吹っ飛ばされそうだ。

 だが耐えるしかない。


 踏ん張れ!でなきゃ大事なヒーロー候補を失うぞ!!


 自分を鼓舞し、握った白衣を全力で振り上げる。

 黒い球は頭上に飛び、霧散した。


 よし、これなら――、


「主様!!!」


 目の前を見た瞬間、既にゴーレムの前足が目と鼻の先まで迫っていた。

 白衣を下げるより速く、僕の体に当たるだろう。

 メルクの援護も遠すぎて間に合わない。

 これは、避けられないな……

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