第3話 遺跡

 森の中にひっそりと佇み、歴史を感じさせるレンガ造りの建物。

 入口は硬く閉ざされ、動かそうと鉄のように固い扉に手をかけ何度も引こうとするが、びくともしない。


「やっぱ、あか、ない、かぁ……」


「無理しないでくださいまし、そんな力業じゃ開きませんから」


 バージニアさんが扉に手をかざすとゴゴゴゴゴという地響きのような音を出し始める。

 びくともしかなった重かった鉄の扉は自動ドアのごとく簡単に開いた。


 まさか、この扉は個人承認システムが組み込まれているとでもいうのか!!

 ぜひとも欲しい! この扉のシステムを持ち帰って解析を――、


「ほら、行きますわよ」


「ま、待ってくれ! 解析、分析をさせてくれ~せめて扉の一部だけでもぉぉぉ!!」


 ズルズルと僕はバージニアさんに襟首を掴まれ、引きずられながら遺跡の中に無理やり入らされる。

 

 くそ、この貧弱の体を呪う日がこようとは!!

 ――仕方ない、今は目の前の事に集中しよう。


 中の調査が終わったら今度こそじっくりと調べてやる。

 よし、そうしよう。


「さっさと立ってくださいます!?」



 僕たちが遺跡中に入ると真っ暗闇――というわけではなかった。

 壁にはランタンが備え付けられており、それが自動的に灯がともる。


 人感センサー……だと……

 素晴らしい! やはりここに来て正解だ!!

 どれもこれも研究意欲をそそられ――、


「オォォォォ!!!」


「……全く、いいところだったのに無粋だなぁ?」


 声の先を見つめるとユラユラと揺れているものがあった。

 青白く光る人魂のような生物が敵意を持ってこちらに向かってくる。


「この辺では見かけないモンスターだな……バージニアさんは見たことある?」


「うぃ、ウィルオウィスプ!? この遺跡で出るはずがありませんわ!?」


 この世界をよく熟知した彼女が、この遺跡では出ないはずといった。

 もしかしてこいつは……、


「――なるほどね」


 僕はポーチから水色のガラス瓶を取り出す。

 薬品を取り出したことでバージニアさんが慌てて制止する。


「ちょ!? こんなところで爆発させたらみんな生き埋めでしてよ!?」


「爆発? 何を勘違いしてるのか知らないがこの薬品、はッ!!」


 手を振り払い、薬品をウィルオウィスプに向かって投げ捨てる。

 薬品が入った瓶はウィルオウィスプをすり抜けて、床に落ちた瞬間に壁も含め一面を凍らせる。


「僕が調合した氷結薬だ。凍らせる範囲も小さいし、数も少ないからあんまり使いたくないが……先制攻撃としては十分だろ?」


「いや、霊体相手に通じるわけ……あら?」


 ウィルオウィスプと呼ばれたモンスターは音もなく消え失せた。

 いや、そもそもウィルオウィスプなんてモンスターは、最初からいなかったと言った方がいいだろう。


 凍った床に気を付けながらウィルオウィスプがいた付近の壁に近づき、採取用ナイフを突き立てる。

 壁からナイフを引き抜くと赤い石が先端には刺さっていた。

 これは魔石、モンスターから取れる素材で動物で言うと心臓に当たる部分だ。

 魔道具作りの最もポピュラーな材料で、モンスターによって付与できる効果が変わる。


 今まで色々な魔石を見てきたが、こんな形をしたものは初めて見た!


「モンスターの魔石ゲット! しかも新種だ!!」


「何故壁から魔石が……あ! そっか【モノマネウォール】、確かにそれならこの遺跡にも……」


「見た目だけでは判断してはいけない、というわけですね」


 バージニアさんにあとから聞いたが、このモンスターは【モノマネウォール】と言って、別のモンスターの幻影を見せ、攻撃の当たらないモンスター攻撃し続ける者に後ろから攻撃するという意地の悪いモンスターだったようだ。


「でも、よくわかりましたわね? あれが幻影だと」


「見分けられたのは、音が正面よりずれて聞こえたから、かな?」


「音?」


 反響音かとも思ったが、それにしては片方の壁伝いに音がよりすぎて聞こえていた。

 それに、遺跡について詳しいバージニアが知らないとなると、目の前のモンスターはデコイか何かと考えるのが自然だろう。

 バージニアさんにそう伝えると納得したように頷く。


「なるほど、わたくしも焦って判断が遅れましたわ……申し訳ありません」


「気にすんな、協力関係だろ?」


 手をひらひらと振って気にしてないと伝える。

 だが、警戒は強めた方がいいな。

 モンスターが出るとなるとこの遺跡内で氷結薬以外使えるものがない。

 採取用ナイフもあるが、これを振って戦えるほど、僕に戦闘経験など皆無だ。

 だったら――、


「メルク、前方の警戒を頼む」


「分かりました主様」


 片手にナイフを構えながらゆっくりとメルクは進んでいく。

 メルクを前方に、後ろの警戒を僕、間にバージニアを入れて遺跡の奥まで進む。

 遺跡の中は入り組んでいるが、ルートはバージニアさんが指示してくれて、今のところ行き止まりにぶつかることは一度もない。


 モンスターも度々現われはするが、メルクがスピードを生かし、ナイフでバサバサと切り捨てる。

 こんな雑魚モンスターなど、うちの優秀なメイドの敵ではないのだよ。


 そのせいで魔石を回収すること以外やることがなく。

 後ろから僕とバージニアはメルクの戦闘をただ見つめるだけとなっている。


「彼女、強いですわね」


「バージニアさんにもそう見えるのか?」


「――えぇ、魔法抜きなら、この世界でも最強クラスでしょう」


 そんなに強くなっていたのか、うちのメイドは!?

 いや、確かに僕の世界の格闘技術を叩き込んだし。戦闘における心構えや知識も教えたとはいえ、それだけで最強にまでなるのか?

 ――いや、彼女のポテンシャルと努力を考えれば、当然と言えば当然だな。

 さすがメルクだ。


「うちのメイドは優秀だな」


「――そうですわね」


 バージニアさんに同意を求めたが、反応が薄い。

 なんだ?さっきから元気がないな。

 もしかして、まださっきのこと気にしてるのか?


「なぁ、バージ――」


「主様、前方からモンスター複数来ます!」


 何と間の悪いタイミングだ。

 モンスターも少しは空気を読みやがれ。


 ポーチに片手を突っ込みながら戦闘態勢をとる。


 前方に複数の陰、黒いボロボロのローブを被った人型のモンスターが3体見える。

 見たことないモンスターのオンパレードだな。


「リッチーですわ、魔法攻撃と転移に気を付けてくださいまし!!」


「「了解」」


 先手必勝と言わんばかりにメルクがナイフで斬りこむが、転移によってあっさりと避けられる。

 リッチーは手元に火の玉を出現させ、一斉にメルクへ放出した。

 それはメルクはアクロバティックな動きで全て避けきった。


 火の玉がやっかいだな、まずは足止めが最優先か。

 僕は氷結薬を取り出す。


「メルク、投擲行くぞ!」


「はい!」


 メルクはバックステップで下がり、僕はリッチーが固まってる場所に氷結薬を投擲する。

 二体は投擲に気づき、すぐに転移されたが逃げ遅れたリッチーが氷結薬にぶつかりカチコチの氷漬けになる。


 よっし!残り二体だ。


「皆さん、わたくしの後ろに下がってください! 魔法で一掃します!!」


 バージニアさんを見ると頭上に黒い球のようなものが浮いている。

 そうか、これが魔法なのか!


 僕とメルクは魔法適性がないので魔法を使えなかったが、どうやらバージニアは魔法が使えるらしい。


 バージニアさんに言われた通りに後ろに下がると、リッチーが走って追いかけてくる。


「行きますわよ! シャドボール!!」


 黒い球が高速でリッチーに迫り、ぶつかった瞬間、暗黒がリッチーを包みこんだ。

 闇が晴れるとそこにリッチーの姿は跡形もなく消えており、残ったのは魔石のみだった。


「や、やりましたわ!」


「やったな!」


 俺とバージニアさんがハイタッチをして喜びをお互いに噛みしめる。

 バージニアさんはさっきまで元気がなかったが、今は元気を取り戻したようでよかった。


「それでは、ワタシは氷結したリッチーに止めをさしてきますね」


 スタスタと氷結した足場を物ともせず近づいていく。

 流石できるメイド、後処理もしっかりとこなすパーフェクトな仕事ぶりだ。


 メルクの後ろ姿を見ながら、さっきまでリッチーがいたであろう場所を見て。

 ――違和感を感じた。


 たしかに床に魔石はちゃんと転がっている。

 ……一つだけの魔石が、だ。


 しまった!転移で逃げられた!!


 急いで後ろを振り返ると火球を放った一体のリッチーがそこにはいた。

 狙いは――バージニアさんだ!

 しかもバージニアさんはそれに気づいてない!!


「あぶない!」


「きゃっ!」


 バージニアさんをかばいながら、僕が火球をその身で受けた。


 火球が炸裂し、火柱が上がる。

 二人の姿は炎で見えなくなり、メルクはその光景を、ただ呆然と見つめるしかなかった。

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