第2話 バージニア・レイブン

 僕と令嬢、そしてメルクは椅子に腰を掛け、お互いの前世について話し合った。

 つまりこの令嬢【バージニア・レイブン】の話をまとめると――、


「ここは君のいた世界のとある創作物にそっくりな世界で、僕はその登場人物の一人というわけだな?」


「その通りですわ」


 まさか、転生者は転生者でも、僕とは全く違う異世界からだとは……

 しかも――、


「まさか君の世界のヒーローは、想像上の存在とはね……」


「あなたの世界もヒーローが秩序を守ってる世界からきたとは、夢にも思いませんでしたわ」


 彼女の話を聞く限り、相違点はあるものの、僕たちの世界は似ている部分も多く、日本語や歴史など所々で共通点がある。


 異世界――というより平行世界と言った方が、正しいのだろう。

 疑問はまだまだある……

 だが、今は――、


「それより、僕と君がこのままだと破滅する――っていうのは、どういう意味だい?」


「――わたくしの知ってる未来ではそうなっていた……はずでしたわ」


「……はずだったということはつまりもうその未来が変わったということか?」


 そう質問するとバージニアさんはこくりとうなづいた。

 次の瞬間、テーブルを思い切りバージニアさんは叩く。


「あなたが家から逃げ出してるなんて、夢にも思いませんでしたわ! おかげであなたが養子としてわたくしの弟になる予定がなくなって――もうシナリオめちゃくちゃですわ!!」


「むしろ僕はあの家にいて殺されず、追放レベルで済んでることがおどろきだよ」


 力がない奴は即刻切り捨てられる。

 悪党とはそういうものだと思ったが、慈悲はあったのか。


「しかもあなたここから動く気がないのなら破滅しようがないですわ……破滅するのは――わたくし、の……」


 言葉の途中で、バージニアさんは泣きだしてしまい、俯いてしまう。

 さすがにこのまま、さようなら――って言える雰囲気じゃないな。


「なぁ? ここにいれば破滅しないなら君もここに住むかい? 幸い部屋も余ってるし、そうすれば……」


「――それは出来ませんわ」


 バージニアさんは僕を真っ直ぐに見て、提案を否定する。

 涙を溜める瞳の奥には強い決意が見える。

 彼女には破滅するかもしれないと分かっていても逃げられない理由があるのだろうか。


「わたくしはレイブン家が、家族のみんなが大好きですわ。家族が破滅すると分かっていて、見て見ぬふりなんてできませんわ!」


 家族のため、か……

 自分の命のために家を捨てた僕にとって、家族が大事だという、その感情はよく分からない。

 ――だが、何かを守ろうとする彼女を、切り捨てる気にはなれない。


 だって何かを守りたいという気持ちは、まさしく――、


「ヒーローの素質だ」


「……? 何かおっしゃいましたか?」


 バージニアさんは首をかしげる。


「何も言ってないよ、それより協力内容について教えてくれるかい? 少し興味がわいてきた」


「ほ、ほんとですの!!」


 前のめりにバージニアさんは顔を近づける。

 ヒーローの素質抜きにしても、彼女に協力することで僕の知りえない情報が出てきそうなのは事実だ。

 破滅は嫌だが、これも新たな研究のためと思えば……てッ!?


「近い! 近いって!! 内容はちゃんと聞くから少し離れて!?」


「そ、そうでしたわね……」


 席に戻り、恥ずかしさで顔を赤くしたバージニアさん。

 恥ずかしくなるならやらなきゃいいのに……、


「ごほん……わたくしがあなたに求めるのは二つ」


 バージニアさんは人差し指と中指をたて、ピースの手を僕に向ける。


「レイブン家の養子になること、そして破滅回避に関する出来事への助力――以上ですわ」


「代わりに僕は何を得るの?」


「この世界の知識や強力な魔道具などの情報、そして――わたくしがあなたの研究の協力を……」


「よし受けようじゃないか!!」


 即答だった。

 未知の魔道具情報やヒーローの素質ある少女の協力も取り付けらる。

 こんな好条件で受けない方が、バカだろう。


「そ、即答でしたわね? わたくしとしてはありがたいですが……」


 不安が表情に露骨に出る。

 さすがに即答したのではむしろ不安になる、か……

 ――なら、


「そんなに不安なら、今回はお試しってことで近くにある遺跡にいかない? ――君の当初の目的って多分それでしょ?」


「ど、どうして知って!」


「この辺調べつくしてる僕が唯一調べられなかった場所があそこしかないしね。僕を見つけたのはたまたまって感じだったし――」


 状況証拠でつらつらと僕の考えを述べてみたが、あたりだったようだ。

 バージニアさんの顔は図星っと顔に書いてあるくらい分かりやすかった。


「それじゃ、準備しよっか?」


「はい、承知しました」


 僕とメルクは立ち上がり、準備を始める。

 ウエストポーチに薬品や採取用ナイフなどを突っ込む。

 楽しみなせいか、いつもより準備が早く終わった気がする。


 ワクワクして、興奮が抑えられそうにない。

 だってこれから未知に挑むんだ。

 研究者として、楽しみでないはずがない。


 メルクがドアを開け、入ってきた風が白衣をたなびかせる。


「さぁ、実験開始だッ!!」



 □□□



 小屋から出て一時間、遺跡に向かって順調に進んでいる。

 順調、ですが……、


「爆破! それ爆破!! ――まだまだ!!!」


「――地獄絵図ですわね」


 目の前にはわたくしたちを襲おうとしたモンスターが次々と爆散していく光景。

 ゲーム内でも強い部類のモンスターたちはなすすべもなく、次々と倒れていく。

 紫髪が爆風に揺れ、ザニアさんが笑う。


 薬品が入ったガラス瓶をモンスターに投げつけるたびに爆発が生じ、死体の山が築かれた。


「ふはは! どうしたモンスター共!! その程度かッ!!!」


「あの方ほんとにヒーローの研究者ですの!? マッドが付く研究者の方がしっくりきますわよ!?」


「今日は珍しくテンションが高い主様を見れて眼福でございます」


 メルクさんは両手を合わせて、ザニアさんをうっとりと見つめる。

 ――ダメだこの人たち、手を組んだことを早速後悔してますわ。


「――安心してくださいバージニア様」


 頭を抱えているとメルクさんが優しく、わたくしの肩に手を置く。


「主の薬品は自然に優しいものなので、環境汚染はありません」


「いくら自然に優しくても絵面が最悪ですわ!?」


 周りが常に爆発が起ころうとも前へと進む。

 わたくし達が爆発に巻き込まれていないのはザニアさんの計算なのか、それとも奇跡的に回避できるているからか――おそらく前者なのでしょう。

 恐ろしいほどの計算能力と状況分析能力、この人が味方になってもらえて本当に良かったと思う。


 なぜなら彼は、乙女ゲーム【ヴァルハラ・ストーリー】内で、非攻略の敵キャラにしてわたくしの弟になる人物、この人を味方に出来なければゲームの舞台である学園で孤立無援だった。


 ゲームの舞台は二ヶ国の間の国境にあるヴァルハラ学園。

 人間の国であるヒューリー王国と獣人の国ビリー王国の二ヶ国が国営するこの学園で、主人公は四人の攻略キャラと青春を送る。


 ごくありふれた設定の乙女ゲームだ。


 わたくしは主人公を邪魔する悪役令嬢【バージニア・レイブン】。


 そのわたくしが――いや、敵キャラ全員がたどる結末は悲惨なものだ。

 絞首台での死刑、国外追放、奴隷落ちなど幸せなエンドは訪れない。


 わたくしの命だけなら、たしかに、助かるエンドはあるにはある……

 レイブン家が没落し、破滅すれば、命だけなら助かるのだ。

 ――ですが、そんな未来、わたくしは断固認めませんわ!!!


 わたくしのために何かをもしくは誰かが犠牲になれなどと、言えるのでしょうか。

 どうにかして全員が幸せのハッピーエンドを目指したい。


 当然、主人公も攻略キャラも含めて誰も死なせません。

 ――だけど、現実は厳しかった。


 攻略キャラや主人公含めて何故か行方が分からない。


 恐らく行方をくらましている者の中に、わたくしと同じ転生者がいる。

 何の目的があってそんなことをしているのかは分からないけど、これで取れる行動が限られてきました。


 味方を作るのは難しいだろう。

 悪役令嬢である、わたくしの味方となると、敵キャラしかいない。

 だが、敵キャラはこぞって性格破綻者ばかり、協力など足元を見られて終わりですわ。


 あと残されたのは、わたくしだけが開くことができる遺跡の専用アイテムのみ。

 ここ以外もう行けるところがない。藁にも縋る思いで、道中の危険なモンスターたちを退け。たどり着いたのは小さな小屋、そこでザニアさんに出会いましたわ。


 彼が転生者なことは最初から分かっていた。

 行方が分かる敵キャラたちの動向を見た中で、彼だけが家から脱走というゲームと違う行動をとっていたからだ。


 敵キャラだが、転生者の彼なら話せばわかってくれるのではと思い、協力を申し出た。

 最初は敵対の意思を見せられたものの、メリットを提示したら、彼は協力を快く受け入れてくれて、本当に運がよかったと思う。


 転生した彼の人となりは、いい人……だとは思うのだが。

 この光景を見ると少し考えた方がいいかもしれない。


 わたくしがザニアさんを注視してると視線に気づいたザニアさんが振り返る。


「………? どうかしましたか、バージニアさん?」


「――いえ、何でもないですわ。さっさと先に進みましょう」


「何かあったらいつでも言ってくださいね? ――ほらほらモンスター共! かかってこいよッ!!」


 こちらを気を遣ってくれているかと思ったら、すぐにモンスターに対して煽り倒す……本当に底がつかめない人だ。

 

 わたくし、ほんとにこの人と組んでよかっただろうか?

 ――今のわたくしには分からない。


 それを確かめるためにも、この探索で判断する。

 この人が味方なのか、それとも……破滅を加速させる脅威なのかどうかを!!


 決意を固め、ザニアさんの後を慎重に進む。

 願わくば、このまま協力者でいられることを切に願いながら……

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