空想をしてはならない国
涼
コックピット
この国は、空想をしてはならない。
何故なら、空想程、無駄なものはないからだ。
そんなもの、得てして何になる、と、時の上位者が言った事で、国から、空想が排除された。
空想をしたものは、すぐにわかるように、頭には、出生時に小さな機械が組み込まれ、もしも、空想などをしようものなら、その空想は、国中に知れ渡り、辱めを受ける事となる。
国民は、必死で空想を避けた。しかし、空想をしない……という事は、本当に難しい事なのである。
『アイスが食べたいな』
「あ、あの人、今、アイス食べたいって空想してる!」
通りかかった人に、その青年は指摘を受ける。慌てて、青年は、頭に浮かんだアイスの事を忘れた。
しかし、『忘れた』と言う空想が、また、人に伝達される。
そして、この国からは、恋や愛が消えた。
「アイドルと結婚出来たら……」
「あの人と付き合いたい……」
「あ、あの子可愛い……」
そんな、恋や愛の瞬きが、一瞬にして、国中に広がる。そんな国で、恋愛が出来るはずもない。
中学生くらいの男の子は、思春期に、可愛い女の子を見ると、心が騒ぐ。それは、脳も一緒である。
「あ、あいつ、島田の事が好きなんだ!」
「お前だって茅野の事が好きじゃないか!」
そんな言い争いが、絶え間なく、国を支配し始めた。
そのうち、誰しもが、空想をしたい!と、反発し始めた。空想をしても、仕方ない。それはそうかもしれない。けれど、それは、一種の娯楽であり、優美この上ない感覚なのだ。
人が、頭で……心で……、思う事の美しさと、素晴らしさは、誰の迷惑にもならない、唯一無二の、感情の置き場なのだ。
その感覚が、人を大きくし、広い心を育て、知能すらも上げる。
空想とは、考える事なのである。それを捨てて、禁じられて、自分の頭の中が駄々洩れになっているこの国に、恐らく、未来はない。
空想する事で、心豊かになる事も、空想する事で、相手を配慮する気持ちを養う事も、それは、空想をするから出来る事なのだ。
只々、空想は無駄だ、と、そう簡単に言えるのだろうか?
確かに、アイドルと結婚したいと言う空想は、無駄かも知れない。しかし、それによって、人を想う気持ちを知る。
空想によって、誰かを好きになる事が、いけない事ととして認知されてゆく国で、誰しもが、希望を失い、夢を失い、感情を失った。
何が、空想程無駄なものはない、だ。
空想こそ、人間が物語を綴り、人間が愛し合い、人間が信頼し合い、人間が人間として生きて行ける。
それこそ、空想の、素晴らしい意味なのだ。
空想を禁じた、上位者は、言った。
「私が愚かだった……。国の民よ、空想は、この国を暗雲に陥れてしまった。皆が暗く、皆が表情を失くし、皆が感じる事を恐れ、皆の自由を奪った……。私もまた、空想の世界に戻りたい。皆の脳にある機械を外そう」
それから、キューピッチで、国民の脳から機械を取り外す作業が行われた。
そして、空想を許された国は、まるで、バラ色のような国へと還った。
国の民は、自由に空想をし、
「じゃあ、もし、こんな事が起きたら?」
と、言葉に出す者も現れ始めた。
「そうだね。こんな事が起きたら、絶対楽しいね!」
空想を、口に出す事すらも、空想が許されたからなのである。
どんなに、無駄で、くだらなくて、どうしよもない、空想でも、人は、その空想で色々なアイディアを思いつく。
生きてゆくうえで、なくてはならない、人間の脳に備わった大切な機能なのである。
空想をしよう。
『もしも、明日、晴れたら……』
空想を使しよう。
『もしも、虹が出たら、泣き止もう……』
空想をしよう。
『もしも、あの子へ、気持ちが届いたら……』
空想をしよう。
『いつまでも、平和な世界であるように……』
そこは、誰にも邪魔される事の無い、無限の可能性を秘めた、コックピットなのだから。
どこまででも飛べる、コックピットなのだから。
空想をしてはならない国 涼 @m-amiya
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