夜は更けて(3)

「そーいや、こないだの仕事どうだったんですか? 討伐の」

「別に、普通」

「面白くない返しっすねー」

「実際面白いも何も無いでしょ、ギルドの社会貢献活動も兼ねたゴブリン退治なんか」

「それでもなんかあるでしょう。こう思ったより数が多くて手こずったとか」

「何も無かったわよ。あたしたちの班は割と手早く終わったし」

「ふーん……」


 実際は――色々ありすぎたのだがそういうことにしておく。この耳の聡い後輩のことだから何かしら噂を聞きつけている可能性もあるが、あまり詮索はされたくはない。


「……でも、普通のゴブリン退治よりはまとまった額入ったんでしょ。良かったじゃないすか。せっかくだしこれを機に誰か他の人と組んでも」

「それは嫌」

「……ですよね」


 レイシアの即答にキリエは閉口する。と、ふと気になることがあり、レイシアはキリエに質問した。


「……なんかあったの?」

「……何にも」

「ウソね。あんた隠し事があるとき目そらすもの」

「そうなんですか!?」

「ウソだけど」


 レイシアの回答にキリエが額を手で抑える。それからややあってから切り出した。


「実はその……そろっと今までみたいにさばくのが難しくなりそうで……」

「……ヤバいの?」

「確証とかは掴まれてないと思います……ただその、副団長がうっすら感付いてるっぽいなあ、と」


 ああ――レイシアは声に出さずに一人納得する。確かにあの人なら感付いてもおかしくはないし、知れば長く放置もしておかないだろう。手を出してこないのはひとえに証拠が無いのと、元身内である自分が関わっているかもしれないことだ。


 ――潮時か、とレイシアは思う。


「しばらく会わないほうがよさげね。今日はこれだけもらって帰るわ」

「……センパイはどうすんですか」

「当面はなんとかするわ。あんたはなんかあったときのために言い訳でも考えときなさい」

「でも……」

「大丈夫、心配しなくていいから。……差し入れおいしかったわ。ありがと」


 そう言ってレイシアはその場から歩いて離れようとする。すると後ろからキリエの声が響いた。


「――大丈夫じゃないでしょう」


 思わず足を止めてしまう。キリエはレイシアの様子を介さずに続ける。


「例の業者だって今度からは買い取り拒否してくるかもしれないし、今のバイトだけじゃ厳しいとこあるでしょ? たとえ食いっぱぐれなくても、このままじゃセンパイの『目標』だって……」


 そこでキリエは口を押さえる。しゃべりすぎた、と思ったのだろう。


「……すいません。差し出がましかったです」

「いいの」


 そう言ってレイシアは今度こそ立ち去ろうとする。もはやこの場にあまりいたくない。


「センパイ」


 再びキリエの声が響き、レイシアは振り返る。暗闇の中で良く見えないが、ほんの少しだけ泣きそうな顔に見える――気がする


「あの……あんま無茶しないでください。死んだらイヤですよ」


 レイシアは返事もせずに立ち去った。後ろでキリエがなにか言いかけた気がしたが、良く聞き取れなかった。路地裏の重たく湿った暗闇を、かき分けるようにして足早に進む。それでも足下を少しずつ絡め取られていくようで、少しずつ足取りは重くなっていく。


 ――キリエの言っていることは事実だ。例の業者は是正勧告を受けたのもあって今後は買い取り価格を基準近くまで上げるだろう。しかし一方で自分のような人間からの買い取りは差し控えるかもしれない。


 あの女――ステラから目を付けられているというのもある。完全な証拠を掴まれているわけではないが、しばらくの間は単独で迷宮内に潜るのは控えたほうがいいかもしれない。今のバイトはそこそこ稼げているが、それでも今の住まいの家賃をまかなえるかどうかという感じだし、「目標」の達成は夢のまた夢だ。


 問題の解決方法は分かってはいる。ステラやキリエの言うとおり、パーティを組んで迷宮に潜ればいい。だがそれだけはどうしてもできそうにない――嫌悪感とかそれ以上に恐怖がその選択肢を遠ざけてしまう。自業自得とはいえ、多少仲が悪くとも「仲間」だったはずの人間たちから、思わぬところで斬られた恐怖は一年以上経った今でも消えてくれそうにない。


 暗闇の底で、ついに足が止まる。黒く塗りつぶされた地面や壁が少しずつ自分を押しつぶして行くように感じる。


 ――あの日から怖いものばかりになってしまった。居場所だったはずのあのグレイルの暗がりから、背を向けて逃げ出してしまったあの日から。そして恐怖がじわじわと自分を絞め殺していく。逃れることなどできはしない。


 出口の見えない暗闇の底で、レイシアは静かにうめく。






「ワンダさーん! 少しいいー!?」

「あ、はい何でしょう?」


 ステラと話をしてから数日後、いつも通り倉庫で作業をしていたワンダにルシエが声をかけた。一瞬何かと思ったが、この時間帯で話かけられる理由など一つしか無い。


「ちょっと混んできちゃったから窓口対応お願いしていいー? あたしちょっとこれを裏に持ってかないと行けなくてー!」

「分かりましたー! すぐ行きますー!」


 ルシエがバタバタと裏に向かっていくのを見送ってから、頬を叩いて気合いを入れ、急いでロビーのほうへと向かう。


 ロビーに付くと確かに朝ほどではないが混み合っていた。急いで空いている窓口ブースの一つに入り込み、「お待ちください」の看板を脇によける。


「お待たせしました。本日は――」

「……お、何じゃお前さん、今日はこっちか」


 聞いたことのある独特ななまりにワンダは正面を向く。果たしてそこには想像通りの人物が立っていた。


「換金ついでに来たんじゃがこりゃ手間が省けた――お前さんこの後時間あるか?」


 私服姿のマンジが、ニヤリと笑った。

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