ねくすとみっしょん(1)

 昼時の大通りはたくさんの人間でごった返していた。露店があちこちに建てられ、客引きや、探宮者エクスプローラーやその他の職種の人間の声が方々にあふれている。人もそうだが、音の洪水に流されてしまいそうだ。


 そんな大通りの一角、大衆向けの飲食店の一つにワンダはいた。さほど広くない店内は外と同じく混雑していて、テーブルはほぼ埋まっている。そして客の間をぬうようにして店員たちが忙しそうに動き回っていた。


「どうした? 食わんのか?」


 声が響き、ワンダの意識はそちらに引き戻される。テーブルを挟んだ向こう側にはマンジが座っていた。二人の間には大皿に盛られた肉料理がほんのりと湯気を立てていた。店に来てマンジが注文したものだが、ワンダは未だに手を付けていない。


 実はこの店、少し前にワンダがミャオと訪れた店であり、目の前にある料理もその時頼んだのと同じものであった。あの時も味付けがさほど好みで無かったのでそれほど口を付けなかったのだが、それを言うわけにもいかない。


 とはいえ、手を付けないのはそれだけでは無く――


「あー、スマン。流れで注文したがひょっとしてあまり好みじゃ無かったかの?」

「あ、いえ、そういうわけではなくてですね……」


 ワンダが再び料理のほうに目をやると、皿に向かって真っ直ぐ箸が伸びてきた。肉片はあっという間にマンジのすぐ隣の人物の口の中へと消える。いつぞや仕事をしたときと同じような黒づくめの格好に胸元まで下ろされたスカーフ。シエルだ。


 先ほど料理が来てからというものシエルは無言のまま、澱みないペースで料理を口へと運び続けている。その食いっぷりは箸を伸ばしかけたワンダが思わず見入ってしまうほどだ。


「……すまん、こいつさっきまで泊まりがけの仕事でな……昨日から糧食ばっかりでろくなもの食べてないらしいから許してやってくれんか……」

「いえ、お気になさらず……」


 いろいろ察したマンジがワンダに向かって詫びを入れる。シエルはといえばある程度食べて一息ついたのかスカーフを再び口元まで引っ張り上げていた。と、ここでようやくワンダとマンジの様子に気づいたらしい。


「……ごめん……その……」

「あ、いいんですこっちもそこまでお腹空いてたわけではないので……」


 赤くなってうつむくシエルにワンダは返した。ワンダより確か年上のはずだが、シュンとなって小さくなる様子を見ていると遙かに幼く見える。


「……とりあえずそろそろ本題いいですか? わたしも休憩時間そんなに長くはないんで……」

「ああ、そうじゃの。すまん」


 マンジは咳払いをして居住まいを直した。隣のシエルも併せて背筋を伸ばし、ワンダもまたなんとなくそれにつられる。


「まあ、簡単に言うとな。近々パーティを組もうと思っとるんじゃが、お前さんそれに入る気はないか?」

「……わたしがですか?」


 この一週間というもの、討伐のときの体たらくを事あるごとに思い返しては悩むという毎日だったので、ワンダは素直に驚いてしまう。


「こんな風に呼び出しといてお前さん以外に誰がおるんじゃ」

「いやまあ、そう言われてしまえばその通りなんですが……ちなみにメンツは?」

「ひとまず今のところ考えてるのはワシとシエル、そんでお前さん。あとは……」


 少しだけマンジの言葉のキレが悪くなる。それでワンダはあと一人が誰かを察した。


「レイシアさんですね?」

「……まあ、そうじゃ。あんまり驚いとらんの?」

「端から見てもスゴかったですし、引き込みたいと考えてもおかしくはないです」


 実際先日のレイシアの働きは目を見張るものがあったし、マンジのように目を付ける人間がいてもおかしくは無かった。多少物当たりがキツいところに目をつぶっても引き込む価値はあると考える者も少なくは無いだろう。


「それにしたってお前さんずいぶんキツく当たられとったじゃろ。おっかなくないんか?」

「……怖い、といえば怖くはあるんですが……実際言われてたことは事実でもあるんで……」

「まあ確かにそうっちゃそうじゃが……しかしなあ……」


 マンジが頭をかきながらワンダを怪訝な目で見る。確かにレイシアの物言いはキツかったが、自らの現状を正確に言い当ててはいるとワンダは感じていた。むしろストレートに言ってきてくれる分、信用できるとも感じる。


 しかしマンジのこの態度は――


「ひょっとして誘おうか今の段階になって結構迷ってたりしますか」

「……まあな」

「物言いは確かにキツいですけど、あの場で即座に救援に向かったり悪い人ではないとは思います。マンジさんもそこら辺見てたから誘おうって思ったのでは?」

「……む」


 マンジが少し驚いたような目をこちらに向ける。どうやら当たりらしい。


「とりあえず、わたしとしてはそこまで問題はないです。……まあ実際すごい怖いですけど……ただ、その……レイシアさんが嫌がりそうだとは思います。というか――マンジさんは怖くないんですか? わたしのこと」

「おっかなくない言うたらウソになるのう」

「ですよね……」

「でも、まああれじゃな。面白いとは思うとる」


 怪訝な顔を向けるワンダを無視してマンジは続ける。

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