ねくすとみっしょん(2)

「ワシはな、正直な話この仕事がそんなに好きじゃない。というか刀振るうとか戦うことそのものがはっきり言って嫌いじゃ」

「……そりゃまた……」


 あまりにも身も蓋も無い発言が出てきて、ワンダは思わず目を丸くした。マンジはそんな彼女の様子を意に介さず続ける。


「ただまあ東国むこうから文字通り身一つで渡ってきたようなガキに、できる仕事もそんなに無いからの。それでも必死こいてやってきたおかげで、“流し”でもそこそこ食えるぐらいにはなったが、まあこの仕事を好きかって言われたら首を縦には振れん」


 多分大事な話をされていると、ワンダは直感する。知り合ってからこのかた飄々としたこの男の本心をずっと計りかねているが、今話している内容はその「かけら」のようなものであると。


「――それでもな。時々とんでもなく『面白い』って感じることや人間はおる。お前さんとかレイシアみたいにの。で、ちょうど知り合った凄腕の二人がちょうどどこにも属していないらしいと来た。で、思ったんじゃ、『こらええチャンスじゃないか』とな」

「チャンス?」

「正直のう、“流し”のままじゃ色々と不都合が多くなってきたとこでな。じゃからここらで一つ腰を据えられる場所が欲しい。そんでそれはこいつも一緒じゃ」


 マンジがシエルのほうに目を向けた。シエルはそれに対してゆっくりと首を縦に振る。


「パーティを組めば仕事量も安定するし、探宮者エクスプローラーとしての信用度も上がる。お前とレイシアなら人柄もそこそこ信用できそうだから安心して組める。何より『面白そう』じゃ。さんざん対して面白くない仕事を続けてきたんじゃ、ここらでそういうのに博打張ってもええじゃろ」


「面白そう」。


 それはワンダがあまり考えることができなかったものの見方だった。誰かの役に立つとかそういうことでなければ、そこにいる意味が無いとつい考えてしまいがちだ。


 ――けれどふと思う。


 あのとき故郷を飛び出したのは「人の役に立ちたい」とか「居場所が欲しい」とかそれ以上に「面白そうだった」からではないかと。


「――まあそういうわけでな。お前さんほどのヤツなら、できることなら復帰したいんじゃないかと思ってるんじゃが、もしそれならワシらとダメ元でやってみんかって話じゃ」

「うーん……」


 ワンダはその場で少し考え込む。おそらくウソもないだろうが本当のことも殆ど言っていない。そんな感じはする。けれど、必要としてくれているのもウソではない。なにより復帰に当たって“流し”をしながら定住先を見つけるよりは現実的だ。


 とはいえ――


「……お話は分かりました。けど、わたしやっぱりかなり心配というか……」

「そりゃあまあ分かる。じゃからまあ一度正式に組む前に試しで一つ仕事をやってみんか?」

「試しで?」

「おう。ベンティア商会は知っておるか?」

「ええ、まあ一応……」


 ベンティア商会はここサン=グレイルをメインに活動する商会の一つだ。探宮者エクスプローラーが迷宮内で使用するアイテムはもちろん日用品も手広く扱っている。さほど大きくない商会ではあるが働きやすい場所――との話だ。


 なぜ知っているかと言われれば、ミャオの今の勤め先がここだからだ。ベンティア商会は新興の商会で、異業種――特に探宮者エクスプローラー上がりの人間もそれなりに多い職場でもある。


「ここもそこで勤めてる知り合いから紹介された店でのう。まあそれはいいとしてこのベンティア商会が、サン=グレイルの外にも販路持っておってな。その一つにこっから馬車で半日ほど東に行ったイースビルっちゅう町があるんじゃ」


 マンジはどこからともなく取り出した地図を広げると、イースビルを指さした。“東壁”イーストウォール近くからサン=グレイルまでつながっている街道。そこにある小さな宿場町の一つとのことだ。


「ここからサン=グレイルまでの道に魔物が出ての。ここ数週間王国騎士団やらが出張って駆除をやっとったんじゃが、つい数日前に完了して通行許可が出たんじゃ。で、商品の在庫とかもだいぶ足りなくなっておるようじゃから至急商会から人を送りこまんといけなくなった。で、一応護衛として四人ほど人を集めんといけないそうなんじゃが――なにせ急での……」


 マンジは頭をぼりぼりとかく。なんとなく分かりつつあるが、考え事をしているときのクセらしい。


「ギルドに募集をかけようにも集まるかどうか分からん。で、その当の知り合いからなんとかならんかと話が来た。」

「直依頼ってことですかね?」

「そうなるのう。事前にギルドに書類は出すが」


 外部の人間から探宮者エクスプローラーへの仕事の依頼は基本的にギルドを通して出されるが、知り合いの探宮者エクスプローラーに直で仕事を依頼することも珍しくは無い。いわゆる直依頼と呼ばれる類いのものだ。


 ギルドを通した依頼と違い依頼者側と直接交渉しなければならないが、依頼者側からは緊急性の高い案件などにすぐ対応してもらえたり、探宮者エクスプローラー側には通常より報酬が多くもらえたりとメリットも少なくない。ちなみに直依頼でも事前及び事後に書類を提出したり、依頼によっては四人パーティを組まなければならない等決まりは当然ある。


「急と言いましたけど具体的にはいつですか?」

「今週末じゃ。これもネックでのう、休日だから人も集まりにくそうでな」

「あー……」


 週末は聖櫃アーク教の安息日に当たり、ギルドの窓口等も閉まるため探宮者エクスプローラーたちも休みを取るものが少なくない。大迷宮の入り口は封鎖されるわけではなく、依頼の仕事をするものも少なくないだろうが、ごくごく少数だろう。


「何か試しで一件仕事を思っておった矢先に話が舞い込んでな。こりゃちょうどいいと思った。お前さん、週末はギルドの仕事も休みじゃろ? 報酬も少しばかり上乗せしてもらうことにしとるし、一つどうじゃ? 楽とまではいかんが負担は少ないと思うんじゃが」

「ええと……」


 どうしたものか、とワンダは考える。復帰したいというのも事実だし、チャンスかもしれないと思うが、何分話がずいぶん急だ。しかし……


 ――と、店の時計を見たワンダは昼休みの時間が残り少ないことに気づいた。そろそろ戻らないとマズい。


「す、すいません! わたしもう昼休み終わりなんで、その!」

「あ、もうそんな時間か! えーと、もし話に乗りたくなったら明日の夕方ここまで来てくれ! よろしくな!」


 そう言ってマンジは何か書き付けた紙をワンダに向かって出す。ワンダはそれを受け取るとバタバタと店を出ようとする。が、店の入り口に向かおうとしたところで急に振り返った。


「えっと、お会計……」

「ワシが払っておくから!? はよ行け!!」

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