夜は更けて(2)

 ――魔石ランプの光は迷宮街の街を全て照らしてくれるわけではない。


 あたり一体を照らすだけ明るさを持ったランプが設置されているのは基本的人通りが多い場所だけ。それ以外の狭い裏路地などにはランプすらないところも多く、いまなお街の外と同じように墨をまぶしたような暗闇が支配している。


 そして当然のことながらこういう場所を一人で歩く人間はそういない。


 サン=グレイルは数ある迷宮街の中でもそれなりに治安のいい方とされているが、それは夜闇にまぎれる夜盗などが全くいないということを意味しない。物を盗られるだけならまだいい方で、最悪命まで取られる――ということも決してないとは言い切れないのだ。


 そんなサン=グレイルの裏路地の一つを一人歩く影があった。


 探宮者エクスプローラーたちが宿を取る宿場街に割と近く、魔石ランプの明かりもうっすら届いているので真っ暗闇とまでは行かないが、それでも薄暗いことには違いない。うっかり迷い込んでしまった人間を襲おうとする不埒な輩が潜んでいてもおかしくはない場所だ。分別のある人間なら、あまり積極的には立ち入りたくない場所だろう。


 それでも入っていく者がいるとすれば、そうした連中もそうだが――


「――あまり人目の付く場所にいたくないやつか」


 人影――レイシアは大股で歩きながら小さくつぶやく。上着のフードを深くかぶり、顔を見せないようにしていた。そこらの不審者が襲ってきたところで返り討ちにする自信はあるが、やはり体格的に限度はあるし、女と見たら襲ってくるやつもいるだろう。正直気に入らないが、決して安全とは言いがたい場所をうろつく以上最低限の身を守る努力はしておかねばならない。


「――センパイ、こっち。こっちっす」


 ――と、小さな声が響き、レイシアはそちらへと足を向ける。近くに用水路が流れる裏路地の一角。そこに暗闇の中でも良く映える白いフード付きのマントを羽織った人影があった。ある程度知識のあるものがいれば――それが銀星騎士団支給のマントだと気づいただろう。


「おつかれさまっす、センパイ」


 人影はフードを取りながら言った。ベリーショートにしたクリーム色の髪に、人懐っこい笑顔。レイシアの銀星騎士団での後輩、キリエである。髪型等では分かりづらいがれっきとした女性だ。


「……なんでそんな服着てるの」


 レイシアの目に付いたのは、マントの下のキリエの着ている服だ。銀星の団員が主に迷宮外で着る布の団員服を見に付けている。


「いやあ、私服ほとんど洗濯したばかりでして……着てくのが無く……」

「だからって制服で来るやつがいる? 夜中にこんな所に銀星の制服着たやつが入ってったらそれこそ目立つでしょう」

「外出許可は取ってるんで問題ないです!」

「そういう意味じゃねえ!?」


 レイシアは大きくため息をつく。時折――いやいつも目の前のこの後輩のなんとも言えないユルさが心配になる。


「この街が広いからってどこに目があるか分かったもんじゃないのよ。もしあたしと会ってるなんて知られたら……」

「別にいいじゃないすか」

「あたしは良くてもあんたはダメでしょ」


 レイシアは銀星騎士団での団規違反を犯し、退団処分になっているという立場にある。こうして密かに接触している理由が――いや、ただ会っていることバレるだけでも銀星内での立場が危うくなる可能性はあるし、だからこそ会う場所には気をつかっている――目の前の後輩がどこまで考えているかまでは窺い知れないが。


「むしろ堂々としてたほうが怪しまれにくいと思いますけどねー。こんな風に人目の付かないとこで会ってること自体『悪いことしてます』って言ってるようなもんじゃないですか……あっ、これこないだの分です」


 そう言って手元に持っていたバッグから袋を放ってよこす――とさほど時間をおかずに紙包みも放ってよこした。何かと思って中を開けると、串刺しにしてこんがり焼かれた肉がうっすらと白い湯気を立てていた。ソースに果物か何か入ってるのかほんのり甘い匂いがする。


「最近見つけたんすよ。安いけど結構ウマい場所で。バイトで腹減ってるっしょ?」

「……あんがと」


 実際空きっ腹ではあったのでありがたく貰っておく。キリエもまたふところから同じ串焼きを取り出してうまそうに食べ始めた。レイシアも口にくわえながら、手元の袋の中を確認する。袋の中にはいつも通り、銅や銀の硬貨が入っていた。


 これが団員のキリエとある程度の危険を押して会っている「理由」だ。


 レイシアは時折単独でこっそり大迷宮に潜っては手に入れた迷宮資源を、キリエを通して銀星と関わりのある業者に流してもらい、その代金を受け取っている。ギルドは基本単独での迷宮探索を禁止しており、迷宮資源を扱う業者の中にはパーティを組んで取得したもの以外の買い取りを行わない所も少なくない。もしそういったものと知って売買を行えばペナルティもあり得るからだ。


 ――とはいえ中にはそうしたものを無視して出所の怪しい迷宮資源をあえて売買する業者も少なくは無い。つい先日ギルドの監査を受け、レイシアがステラから疑惑を向けられるきっかけとなった業者もその一つだった。


 ギルドの規定価格より遙かに安く買い叩かれるが、レイシアのようなものでも特に出所を聞かずに買い取ってくれるので重宝していた。とはいえ、安いことには変わりなく迷宮外のバイトもしながら食いつないでいたところ、キリエと偶然再会した。


 食うものに事欠いているレイシアを見かねたキリエは、自分を通して迷宮資源を流すことを提案してきた。銀星では探索の結果得た迷宮資源は組織に上納するのが基本だが、ある程度なら個人で売買することも許されてはいる。レイシアの手に入れた迷宮資源をキリエが代わりに業者に売買する――少なくとも銀星の団規的には限りなく黒に近いグレーな行為だ。


 さすがにそこまでさせるのは――と思い、一度は断ろうとしたがキリエの押しの強さと、現実の問題――具体的にいうと家賃の支払い等が迫っていたのもありごくごく一定の量をさばいてもらうことにした。以来、今まで利用していた業者と平行してキリエに迷宮資源をさばいてもらい、少しだけ余裕も出てきたのだが――


(……まさか当の業者がギルドの監査を受けるとは……)


 元々足元を見たような商売をしていたのもあったので、レイシアとしては内心胸がすくような気持ちもあったのだが、まさか顧客名簿とここ数年の自分の行状の照合までしてくる人間が出てくるとは思わなかった。結果だいぶ不本意な形で仕事をすることになってしまい、ある程度まとまった金こそ入ったもののレイシアとしては面白くない状況になっている。

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