予感(3)
「うまい、上手」
シエルがワンダの手付きを見ながら言う。素直に関心しているような様子だった。
「えっと……ありがとうございます」
あまりにも真っ当に褒められてしまい、少し戸惑ってしまう。するとマンジも近寄ってきた。
「ふーむ、確かにこいつは手際がええの。結構場数踏んでおるんか?」
「踏んでるというか踏まざるを得ないというか……前のパーティが四人しかいなくて
魔石の他に取れる素材もまた
「じゃれついてないでさっさとやったらどう? 見張りも楽じゃないんだけど」
レイシアが周囲を見ながら叫ぶ。素材を取る際にはどうしても周囲に対して無防備になってしまうため必ず誰か一人は見張りに立つのが鉄則だ。
「わしもそろそろ一働きしたいから、代わってもええぞー?」
「遠慮しとく。私そっちの方は下手だし」
実際一度マンジが見張りに立ってレイシアが作業したことがあったが、手際は決して良くは無かった。
「いくら戦えても素材が取れなけりゃ、収入にならんじゃろ。どうやって生活しとったんじゃお前」
「うるさい、こっちもそんなに楽じゃないんだから早くしろ」
けんもほろろに返され、マンジが不服そうな顔をしながら作業に戻る。そんな様子を見ながらワンダがうっかり手を止めていると、今度は矛先がこちらを向いた。
「……言いたいことがあんなら、言ってみなさいよメガネ」
レイシアに睨みつけられて、慌てて手を動かす。すると、シエルがレイシアに見えないように
『怒ってもいいと思う そろそろ』
ほんのり眉間にはシワが寄っている。どうやら思った以上に腹に据えかねているらしい。
「いや、怒るほどでもないんで……マンジさんどうかしました?」
「ん、まあいや……」
ぼんやりと考え込んでいるようだったマンジが返事を返す。ややあってワンダに耳打ちしてきた。
「……お前、あいつの着てる鎧どう思う?」
「鎧?」
マンジの思わぬ言葉にワンダは盗み見るようにしてレイシアの方を見る。
「……多少へこみとかも目立ちますけど、それなりによく手入れしてはあるとは思いますが……なにか変なところでも?」
「うむ、なんというか……一揃いの鎧にしちゃ形がちょこちょこ不揃いなところがありゃせんか?」
確かにレイシアの鎧はところどころ輝きが違っていて、遠目ならともかく、近くで見るとどこか不格好だ。
「おそらく壊れた部分をジャンク品とかで補修して使ってるんじゃろうな……けど」
「けど?」
「なーんかあの鎧見たことあるんじゃよなあ……」
パーティやクランの中には身分確認用やメンバーの結束等のため、揃いの装備品等をメンバーに支給しているところも少なくはない。ワンダも実はレイシアのそれに関しては見覚えがあった――マンジの言いたいこととは微妙に違う意味合いでだが。
おそらくマンジの言っているのは同じような揃いの鎧を着た集団を見たことがあるぐらいのレベルだと思われる。けれど自分は――
――あの鎧一式をつけたレイシア本人を見たことがある。
午後から延々至近距離から見続けていたせいだろうか――最初は少し胸がざわつく程度のものだった予感が、奇妙な確信に変わりつつある。うまく言えないが、自分はあの鎧一式を見に付けたレイシアを見たことが確かにある。それも極めて近い距離で。
でも、どこで?
「終わり」
不意に響いたシエルの声で、ワンダは現実へと引き戻される。見るとすでにあらかた使えそうな部分を切り取り終わったシエルが、魔物の死骸の中から魔石を引き剥がそうとしているところだった。
「す、すいません考え事してて」
シエルは「問題ない」とばかりに横に振り、魔石を死骸から完全に引き剥がす。
「終わった? 次行くわよ」
「へーへー……」
マンジが頭をかきながら立ち上がる。ワンダとシエルもまた道具一式を片付け、急いで立ち上がった。今の所そこそこ機嫌が良さげだが、いつ何時爆発するか分かったものではない。
「……しかし随分楽なもんね」
浮かない表情のレイシアが、腰に剣を収めながらつぶやく。
「楽じゃしええじゃろ。ワシゃ大歓迎じゃが?」
「こっちは暴れ足りないの。それに――」
「それに?」
「――なんかイヤな感じがする」
イヤな感じ――それはワンダの中にもあった。聞かされていたよりもゴブリンたちの数が圧倒的に少ない。それ自体は別に珍しいことでも無いのだが――
頭の奥で引っかかるいくつもの小さな違和感。雑音。その他諸々。
それらが渾然となって波となり、ワンダに判断を迫ってくる。こんな小さな仕事でも。
――少しだけ、足元がぐらつく感じがした。けれどどうにか踏みとどまって、深く息をする。
(何事もなければ、怪我がなければ、それで良し――何事もなければ、怪我がなければ、それで良し――)
何度か心のなかで唱えて落ち着かせる。そして、どうすべきか考えようとした瞬間――
――遠くから、低い叫声が響いた。
瞬間小さな鳥が一斉に飛び上がり、羽音を響かせる。レイシアが、シエルが、マンジが、音のした方向に振り向く。
――ワンダは忘れていた。
本当の緊急事態というのは、考える時間を一切与えることすらなくこちらを押し流そうとしてくるものなのだと。
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