予感(2)

 木々の隙間から、強い日の光が漏れ出ている。


 密集し、鬱蒼とした森の中。午後の太陽はそんな薄暗い場所でも光で満たす。


 その中を鈍色の輝きが駆けていく。輝きの主はあちこち凹み、欠け、くすんだ刃――ゴブリンと彼らが持つナタだ。


 数は三。ヒュームの子供程度しかない体では全力疾走してもたかがしれているが、それでも十分な恐怖を掻き立てる速度で突撃してくる。彼らが向かうのは自分たちより遥かに大きく、銀色の輝きを放つもの――レイシアだ。


 使い込まれ、擦り傷やへこみもあるものの、それなりに手入れされているらしい鎧は輝きを失ってはいない。ゴブリンたちはそれを取り囲もうと横一列に広がりながら突貫していく。


 レイシアが剣を抜く。鎧と同じく使い込まれた金属の放つギラギラとした光を掲げ、ゴブリンを迎え撃つ。


 ――光が激突する。


 真ん中のゴブリンが切りかかり、レイシアがすかさず躱す――が、そこに右翼から迫っていたものが大きく振りかぶって一撃を放つ。しかしそれもまた読んでいたかのようにレイシアは身体をひねって回し蹴りを放った。十分な加速を乗せた蹴りは右翼のゴブリンの脇腹へと吸い込まれ、身体は吹き飛ぶ。


 レイシアは左手で短剣を抜刀し、斬りかかる。狙うは真ん中のゴブリンの目――しかし微妙に手元がそれたのか、片目を潰すにとどまる。


「チッ――」


 レイシアの隙を相手は見逃さず、左手から迫っていたものと、片目を潰されたものが時間差を置いて切りかかった。とっさに両手の剣で受ける。小さいが、膂力ならヒュームにも引けを取らないゴブリンが、体重をかけて鈍色の刃をこちらに近づけてくる。


「こ、の――!!」


 レイシアは力づくで刃を跳ね上げ、それに引きずられるようにして二匹のガードががら空きになる。そこにすかさず蹴りを入れた。狙うは片目のゴブリンのほう。腹に一撃が入り、倒れて天を仰ぐ。


 体勢を立て直した左翼のゴブリンがすかさず斬りかかろうとするが、それより先にレイシアの銀色の剣が喉元に迫っていた。目にも留まらぬ刺突。敵がそれを認識する前にその生命を奪っていく。


 天を仰いでいた片目のほうもまた体勢を持ち直して斬りかかるも、レイシアの短剣の斬撃のほうが早かった。潰されていなかったほうの目をやられ、完全に光を奪われたところで急所に幾重もの刺突を食らう。仰向けに転がされ、再び天を仰いだ。


 ――と、そこにゴブリンが突撃してくる。初手でレイシアが蹴りで吹き飛ばしたもの。痛みから来る怒りから、死にものぐるいで迫ってくる。


 だがすでにレイシアは迎撃体制に入っていた。


 目の前のレイシアしか見えていない相手の足に向かって回し蹴りを放つ。バランスを崩し、仰向けにすっ転んだ相手の背中に向かって、躊躇なく剣を突き刺す。敵はしばらくその場で痙攣していたが、やがてピクリとも動かなくなった。


 ことが終わり、レイシアが両手の剣についた体液をはらう。一仕事終えた後でもその表情には得意げなものも、満足感も何も見受けられない。ただ、あるべきことをそのとおりにしただけという、そんな表情。


「――少し危なかったかしら」

「よう言う。敵が可哀想になってくるわ」


 マンジが仏頂面で言った。一応レイシアの後ろで武器を抜いて構えていたのだが、結局加わることはなかった――「加われなかった」のほうが正しいか。


「不満げね。楽できていいじゃない」

「ああ、そうじゃなあ。楽はできるなあ! ……まあええ。二人共出てきてええぞ」

「は、はーい……」


 マンジの呼びかけに応じて、後ろの草むらからワンダとシエルが顔を出す。一応様子を見てレイシアとマンジの援護をするはずだったが、結局隠れているだけになった。


 午後になり、ワンダら討伐班の四人は、再びウッドラ村落周辺の探索を行っていた。ワンダが個人的に一番気にしていたレイシアは、集合時間前には特に何事もなく戻ってきた。もっともこのへんはワンダが気にし過ぎではあるかもしれないが、それでも身にまとったピリピリとした空気は相変わらずだった。


「……大丈夫ですかね? さっきみたいに死んだフリしてたりとかは……」

「役立たずのくせして疑う気? そこの男と違ってきっちり止めを刺してるわよ」

「お前喧嘩売ることしかできんのか?」

「悔しかったらその腰に下げたモノでちゃんと一体ぐらい仕留めて見なさいよ」

「お前がやりすぎて振る前に終わるんじゃ!?」


 実際その通りだった。午後に入ってすでに三箇所の巣穴を巡っているが、いずれも出てきた数は少なく、中には煙でいぶしても何も出てこないことすらあった。そしてその全てが先程のようにレイシアによって仕留められている。


 そう、全てだ。


 その戦いぶりを草むらの中でずっと見ていたが、正直ワンダは見惚れてしまった。


 比較対象がワンダの中でレクスぐらいしかいないのでなんとも言えないのだが、それと比べても無駄のない美しい動きをしている。確かな努力を重ねた、手練の動き。


 ――こわいけど、すごい。それがレイシアへのワンダの今の印象だった。


「……何こっち見ながらボーッと突っ立ってんのよ。やることやったらどう?」

「ご、ごめんなさい……」


 レイシアの機嫌が悪くなる前にワンダはいそいそと素材取りの作業に入る。すでにシエルはゴブリンの死体を安全な場所まで引きずって作業しやすいように並べていた。ワンダもまたナイフを取り出し、少しずつ崩壊が始まりつつある遺体から手早く素材を切り取っていく。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


ペースの調整で日曜にも投下しますのでよろしくお願いします

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