行きはよいよい、帰りは――(2)

 ――とは言ったものの。


(どこにいるんだろほんと……)


 村の中を小一時間探し回ったものの、レイシアの姿はどこにも見えない。あまりにも姿が見えないので徒歩で一人で帰ったのではとなんとなく思ってしまう。


(いそうなところは探し回ったんだけどなあ……)


 いそう、と言ってもワンダが思いつく限りでレイシアが一人でいそうなところを探し回っただけだ。改めて彼女に関して何も知らないなあと気づく。


 と、しばらくその辺をうろついていると――


「何やってんだお前」


 ――頭上から声が響いた。見ると、レイシアが木の上からこちらを見下ろしている。


「……そんなところで何をやっていらっしゃるんですか」

「ここなら誰も来ないし」


 そう言うとレイシアは木の上から飛び降りる。さして音も無く着地するその姿はさながら猫のようだ。


「いるなら出てきてくれればいいじゃないですか」

「あんたがどっか行ってからと思ったのに、延々その辺うろうろしてるから降りるに降りられなかったのよ。……で? 何?」


 そりゃあなたの姿が見えないならそうなる――と言いかけた言葉を飲み込み、ワンダは取り急ぎ状況を伝える。


「ワーグか……確かに今相手にするには面倒ね。上手いことやり過ごせりゃいいけど……」

「マズいですかね」

「ただっぴろい平原ばっかの場所じゃ足周りの強い向こうが有利よ。足止めて相手するにも面倒なのは変わんないし」


 ワーグは個体にとっては成人男性ぐらいの大きさになることもある。たとえ一体でも相手にするのはそれなりに骨が折れるのを、ワンダも大迷宮の中で嫌というほど学んでいた。


「あの男の言うとおり、出るなら早いほうがいいわね……出るのは一時間後よね? 時間になるころには戻るからそう伝えといて」


 そう言ってレイシアが立ち去ろうとする。その背中をワンダは呼び止めた。


「あ、あの!」

「何よ、時間になったら戻るっての」

「い、いえ、そうではなく……ちょっとお聞きしたいことが……」


 意図したわけではないものの、二人きりで話せるということにワンダは気づいた。聞きたかったことを聞くなら今かもしれない。


「何よ」

「えーと、その……わたしたち、どっかで会ったことありません?」

「……何? 口説いてんの? てかひょっとしてあんたそっち?」

「ち、違います!?」


 ワンダは顔を真っ赤にして否定する。確かに言われてみれば口説き文句に聞こえなくも無い。


「何というか……わたしたち大迷宮の中で会ったことありません? どこでどういう風にってことは全然分からないんですけど」

「無い」

「……もうちょっと考えるそぶり見せてくれませんか」

「無いもんは無い以外答えようが無いでしょ」


 予想はしていたがつっけんどんな返事を返され、ワンダはその場で軽く立ちすくむ。しかしどうにも諦めきれず食い下がる。


「でも……」

「しつこい。話は終わり? もういい?」


 レイシアが何かを投げつけてきたのでワンダは慌てて手に取る。見ればさっきまでワンダが飲んでいたミソスープが入っていたのと同じお椀だ。


「美味しかったって言っといて。じゃあ、時間までには戻るから」


 ワンダ一人を残してレイシアはまたどこかへ行ってしまった。手に収まった軽い木の椀の中をしばし呆然と見つめながら、ワンダは小さくつぶやく。


「……自分で直接言えばいいじゃ無いですか、そういうの……」






「おーし、ちょっと休憩ねー」


 御者席のほうからミャオの声が響き、馬車が止まった。自分以外のメンツがぞろぞろと馬車を降り出し、ワンダもそれに続く。


 イースビルを出て早数時間、ワンダたちはサン=グレイルへと向かう街道上にいる。警告はあったものの道中はすごぶる平和であり、疲れもあってかワンダは途中何度か船を扱きそうになった。もちろん仕事中なのでどうにか持ちこたえたが。


 外に出たワンダを出迎えたのは、草が揺れる平原と夕刻も近づき地平線へとその身を傾けつつある太陽だった。新鮮な空気を吸い込み、その場で少し伸びをする。行きよりは荷物がない分広いとはいえ、やはり長時間狭い馬車のなかにいると身体のあちこちが強ばってしまうらしい。


「やー、しかしこうもヒマじゃと眠たくなってくるな。平和なのはいいんじゃがのう」


 身体を左右にひねりながらマンジが言う。どうやらうとうとしていたのは自分だけでは無かったらしい。そんな彼を見ながらレイシアが呆れたような声を出す。


「緊張感無いわね……無事戻るまでが護衛の仕事でしょうに」


「そうは言うても実際ヒマじゃしのう。しかもろくに休まんで急いでトンボ返りじゃし、それで何も無けりゃ少しばかり眠たくもなる。お前さんもそうじゃろ」


「あんたと一緒にすんな。てか少しは相方のほう見習いなさいよ。ずっと馬車の外に気配ってたわよ」


 レイシアが指差した方向を見ると、シエルが望遠鏡を周囲一帯に向けて動かしていた。方向を小刻みに変え、見落としを作るまいとばかりに周囲を見渡している。思い返すと行きの道中でも特に周囲の警戒にいそしんでいたのも彼だった。


 ――と、次の瞬間その表情が少しだけ変わる。


「マンジ」


 視線に若干の緊張を含ませながら、先ほど相方と呼ばれた男の名を呼ぶ。マンジもまた彼の様子から何かを読み取り、手渡された望遠鏡を手に取る。


 ――そして次の瞬間、マンジの表情もまた険しいものに変わる。


「――お前ら今すぐ馬車乗れ! ミャオ! すぐ出してくれ!」

「ふえ? なんで……」

「ワーグじゃ! こっちに気づいとる! すぐに来るぞ!」

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