リプライズ(2)

「確認してええか?」


 話が途切れたのを見計らってマンジが口を開いた。いくつか気になることもある。


「つまりワンダはその――邪竜を倒したパーティのメンバーであるエリックの孫娘?」

「今の話でそれ以外の何を導き出せるってんだ」

「血縁者がいたとは初めて聞いたぞ」

「界隈から離れちまえばそんなもんさ、実際俺やパック、王国騎士団のお偉いさんになったロータスみたいに表に出続けてる連中以外の話なんてほとんど聞いたことないだろ?」


 実際その通りだ。邪竜の一件で金を得て探宮者界隈から離れたものたち――レナード、キリアン、エリックのその後に関しては確かに知っているものも少ない。


「邪竜討伐の当時すでにエリックは結婚してて娘もいたんだが、当人曰く偏屈な上に魔術以外できることも無くて女房に三行半突きつけられたらしくてな。当時探宮者エクスプローラーやってたのも養育費やらなんやらを支払うためだ」

「ドワーフどもから宝盗み出そうとしたのも……」

「単純に金に困ってたからだな。借金もそこそこあったようだし」


 身も蓋も無い話が出てきてマンジは思わず閉口する。とはいえ元はといえば家主の留守を狙って宝を盗み出そうとした連中でもある。まあそんなものだろうなと納得するしか無い。

 ――と、そこで気づいたことがあった。邪竜を倒した六人の一人レナード。彼は燃えるような赤髪の男だったと聞いたことがある。そしてレクスも――


「ついでに聞きたいんじゃがひょっとしてレクスも――」

「ご明察。レナードはあの後故郷の土地を買ってそこの地主に収まったあと、ガキを四人こさえてな。レクスはそこの三男坊よ」


 つまり「赤いたてがみ」のメンバーのほとんどがスマウグ討伐の六人の関係者というわけだ。とはいえここまで話を聞く限りではさほど驚きはしない。


「話を戻すぜ。俺たちはワンダを加えて、ここサン=グレイルで『赤いたてがみ』を立ち上げた。そっから一年ちょいはまあ順調だった――」






 さっきも言ったとおり俺は最初ワンダが戦えるかどうか不安だった。お前にも分かるだろう。人間――いやありとあらゆる命を殺しにかかる大迷宮という環境の中で、このおとなしい女の子が戦って生き残れるかどうかってのは当然誰もが思うことだ。


 結論から言えばこの不安は的中した。迷宮に潜りはじめてからしばらくの間、ワンダは毎日探索が終わる度にベッドに倒れ込み、朝も寝坊こそしなかったもののうつらうつらしていた。同室で一緒に眠っているダリアから夜中に時々泣いているようだと聞いて、俺はやはり早まったかと思った。


 だが一月、二月と経つにつれワンダは次第に環境に適応していった。そりゃ、どんなやつでも時間をかければ環境には適応していく。けどワンダのその早さは俺からしてみると異常の域だった。


 最初は知識があるとはいえ攻撃魔術の使い方もおぼつかない状況だったし、周りとの連携も到底取れているとは言いがたい状況だった。【超過反動】バックラッシュで倒れかけたことだってある。しかも何度も戦いを積み重ねて行く中で、しかし次第に自分の魔術をより効率よく、より殺傷力の高い方向に洗練させていった。からからに乾いた土がたくさんの水を吸い込んで行くように、ワンダは恐ろしい早さで戦士として成長していった。


 正直震えたよ。ここまでとはと思ったし、俺の見る目もまだまだだと思った。他の連中もワンダと負けず劣らずなスピードで成長していって、俺は内心現実味の無い目標だと思っていた最下層到達も夢ではないのでは無いかと思い始めていた――とはいえ世の中そこまで甘くないとも分かっている。


 大手クランでもまだ成し遂げていないサン=グレイルの最下層到達。それを実現するには実力もそうだが経験や方々とのコネ、そしてもちろんカネなど色々なものが絡んでくる。確かにこのパーティは強いが焦りは禁物だと思った。


 俺は最初の一年は低階層での経験積みに徹させた。時には瘴気で発生する小迷宮の攻略や魔物退治。今後も探宮者としてやっていくための知識と経験。ついでに言えば資金等の土台作りに務めた。そうして一年過ぎるころ、俺たちは一〇階層の突破を果たした。メンバーの半分以上が界隈に縁もゆかりもないルーキーだということを考えて見るとかなり早いスピードだ。このまま大きなヤマの一つである二〇層まで――と思った矢先だった。ワンダの調子が狂いだしたのは。


 はじめは小さな狂いだった。任意のタイミングで魔術が発動しない、思ったところで展開しない。そういうことが二、三回立て続けにあった。知ってはいるだろうが一〇層を超えると魔物の強さやら、グリッジのたちの悪さが増していく。そういう中で予測できない連携の乱れは死に直結する。


 ワンダは単純に自分の周りが見えなくなる性質のせいだと考えていた。知っての通りあの子の圧倒的な集中力は武器でもあるが、同時に刻一刻と変化する迷宮の環境下では弱点でもある。実際迷宮に潜り始めたころ同じようなことがあったので、今回も同じようなことだと最初はみんな考えていたし、今回もどうにか乗り越えられるとも考えていた。


 だが、結論からいうとワンダの調子は日に日に悪化していった。当人にも原因が分からないし、当然俺たちにも分からない。そのうち事件が起きた。ワンダの魔術が予定よりも遅いタイミングで炸裂して、レクスが怪我をしたんだ。


 怪我と言っても切り傷、それもダリアの法術で傷一つ残らないレベルで直せるものだったが、ワンダの動揺は大きかった。ただでさえ崩れていたワンダの調子はこの日を境に加速度的に悪化していった。


 さすがに俺も何かがおかしいと感じ始めていた。ワンダは相変わらず自分の性質のせいだと考えていたようだったが、俺はそれだけじゃないと考えはじめていた。何かがワンダの中で起こり始めていて、それがあの子の力を狂わせ始めている。


 俺は知り合いの魔術師に相談した。エリックほどではないが十分に実力のある男だ。だがワンダの話を聞いていろいろなことを試させてみたが結果としては「何も分からない」だった。


 あの子の魔術の修行が完了しないうちにエリックが亡くなったってことはさっきも話したな? 実際あの子の魔術はエリックが残した魔術書や自主的な特訓を経て生み出したもので、既存の魔術をベースにはしているもののあの子特有のクセが強すぎるんだ。無詠唱もそれで、一応口述詠唱も試してみたが、無詠唱より遙かに時間がかかる上に失敗もしやすくなるという有様だった。ワンダを見た魔術師の台詞が忘れられんよ。「同じものを見ているはずなのに自分にはあの娘の魔術が何一つ分からない」とさ。


 ワンダは日に日に憔悴していって、探索ペースも落ちていった。それでもワンダはボロボロになりながら戦い続けた。俺たちが心配してもワンダは「大丈夫」と繰り返すばかりでとりつくしまも無かった。止めれば良かったのかもしれないが、稼ぎを出さなきゃいけなかったというのもあるし、なによりあるときワンダがぽろっと言った台詞が致命的だった。


 ――これしかないんです。取り上げないで――


「これしかない」――多分俺たちみんなが内心思ってることだ。これを取り上げられたら生きていけない。自分のままでいられなくなるかもしれない――ワンダの抱いている恐れはそのまま俺たちにも当てはまるものだった。


 特にレクスにはキツく響いちまったようだった。あいつもワンダと同じく故郷から出てきて頼れるものはといえば剣の腕だけ。やつは言った――ワンダは完全に使い物にならないわけじゃない。俺たちがワンダに合わせればいい――ずっと悪いままなんてことはきっとない。一緒に乗り越えるんだ――


 幸い精密性は下がっているが術の火力自体は相変わらず十分だった。ワンダを中心に――多少不安定でも俺たちがフォローできるようにして連携を組み立て直せば、確かに大概の敵は倒しきること自体はできる。そのときの俺たちは四人組パーティとしては大台である二〇層へと到達するかしないかと言う状態だった。そこまで到達してしまえばギルド側の認定を受けて、低階層なら規定人数以下での探索ができるようになる可能性もあるし、あわよくばワンダもヤマを越えることができるかもしれない。


 どうなるか分からなかったが、奇跡的にだが――うまく行った。ちょうどこの頃あれこれ試した効果が出たのかワンダの調子が好転しつつあった。術の精密性は相変わらず下がり気味だったが、一つ二つポカがあっても俺たちでどうにかできるレベルではあった。このままどうにか勢いを付けて突破してしまえれば――と思った。


 だが、ワンダのフォローをしながらというのは俺たちに通常以上に負荷をかけていた。さらに言ってしまえば――こちらがもっと深刻だったんだがワンダが良くも悪くも中心になってしまっている状況があの子の精神的な負荷を上げてしまっていた。それでもあの子はできるだけそれを表に出さないようにしていた――あの子もまた――事態が好転する可能性にすがりたかったんだろう。


 ――そうしてとうとう俺たちがためにためたツケが決壊する時がきた。


 ワンダの調子が崩れ始めてから半年近く経っていたその日、十七階層をうろついていた俺たちは大量の魔物と遭遇し、戦闘になった。乱戦になったがどうにか切り抜け、敵を全滅させかける矢先、一体の重量級の魔物が倒れた瞬間大きな地響きが起きて――上から魔物の群れが落ちてきた。


 ――あとから聞いたがちょうど上の階層で小規模だが――【狂濫】スタンピードが起きていたらしい。お前も聞いたことがあるだろう。迷宮内の魔素マナが不安定化した結果、本来ある程度数のバランスが取れている魔物が大量出現する現象だ。そこにワンダが放った魔術など戦いの余波でもろくなっていた天井が崩落。空いた穴から魔物が落下してきた。マズい――と思って臨戦態勢に入った瞬間、轟音と共に俺の身体は吹き飛んだ。


 ――気がついたときには俺の身体は瓦礫の下だった。かろうじて動かせる首を動かし辺りを見回すと、めちゃくちゃに破壊された地形と、散乱したちぎれた魔物の死骸が目に入った。それほど離れていないところにレクスも倒れていて、ダリアが必死で治療している。生きてはいるようだが、ダリアと同じく全身傷だらけで、おそらく俺も似たような感じなのだろうと思った。


 そしてそんな地獄のような光景の中央に――ワンダがいた。


 自分の顔を手で覆い、うずくまって震えている。その様子を見て俺は一瞬で全てを理解した。この光景を作り出したのは――作り出してしまったのは――この子なのだと。


 ――異様に静かな周囲に、すすり泣きの音が響いているのに気づいた。時折言葉が混じっているのにも。小さくて聞き取れないほどの大きさなのに、俺の耳には何を言っているのかはっきりと分かってしまった。


 ――ごめんなさい――ごめんなさい――


 夥しい死と破壊のあとで一人の女の子が壊れたように謝罪の言葉を吐き出し続ける。それを見て俺は自分が何をしてしまったのかを知った――


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


リアルの都合と書き溜め量の関係で11月10日まで更新をお休みします。

また再開後は水・金の二回更新になります。

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