リプライズ(1)
「――なるほどな。話にゃ聞いてたがずいぶんな暴れっぷりだったみたいだな」
迷宮街の裏通りのバー。ヴォルフに誘い込まれたその場所で、マンジは先日の出来事の顛末をあらかた話し終えていた。ヴォルフは時折相づちを入れつつマンジから話を巧みに引き出してくる。それをうっすら感じながらマンジは何から何まで手のひらの上かと内心舌を巻く。
「助かったぜ。人づてに聞くのにも限界があるからな。やはり一緒に行動していたやつに聞くのが一番いい」
「話を聞くならワシじゃなくてもよかろうに。あと他に二人おったんじゃぞ」
「一人はお前らと同じ班だったが、そこまで仲良くやってたそぶりが無かったようだし、もう一人は――お前さんと仲がいいようだが――普段からしゃべりたがらないやつと聞いてる。話を聞くならお前だろうさ。どうもこっちに聞きたいこともあるようだしな。」
そこまで下調べ済みかとマンジは今日何度目かの肝が冷える感覚を覚える。しかし同時に疑問も生じた。
「……そこまで心配なら直接聞けばいいじゃろうに。別に居所を掴んでおらんわけじゃないんじゃし。ここまで回りくどいこともせんでもええじゃろ」
「……まあそう思うよな。俺もそう思う。けどまあなんというかな……色々厳しい」
ヴォルフは手元のグラスを眺めながら困ったような声で言った。その顔面から相手への親しみと、それ故の困惑がにじみ出ているようにマンジは感じる。
「こちらもなるべく人づてに近況は追ってはいるんだが、それ以上のことはしてない……というかしづらい。あの子もこちらを避けてる……まあ当然だが」
「……分からんな」
マンジは自分でも知らないうちに声を出していた。目の前の男――いや、「赤いたてがみ」の面々を調べていくうちに出てきていた疑問が心の中で改めて膨れあがっていくのを感じる。
「あの嬢ちゃんがやらかして出て行く羽目になったってのは聞いとる。にしちゃ、あんたの態度はあんまりにも優しすぎる。普通トラブルがあったのなら多少悪し様に言ってもおかしくなくもないのにじゃ」
「ずいぶん素直な見方をするじゃないか。本心を言ってるかなんて分からんぞこんな老いぼれ」
「確かにあんた一人なら信じられんが――他の二人も似たような感じじゃと聞いとる」
レクス、ダリアともに昔の仲間のことは進んで話したがらない――しかしその一方でその人物を悪く言うことは少なく、むしろ気にかけるような言動を度々しているとさえ聞いていた。
「特にレクスとかいうやつ――嘘ごまかしが下手くそすぎて心配になるレベルじゃと聞いとる。そんなやつと同じようなことを他の連中も言ってるならまあこれはほぼ全員同じ風に思ってると考えたほうがええんじゃないかの」
「……どうだかね」
ヴォルフはグラスの中の酒をあおる。それを見てマンジは「当たりだ」と確信する。
やはり「赤いたてがみ」の面々とワンダはひどく仲違いをしたわけではなく未練が――少なくともヴォルフたちの側にはある。もしそうならワンダが復帰した場合再度ヴォルフたちのもとに戻る可能性は十分にあるとマンジは考えていた。
「……お前あの子と組みたいのか? 話だけ聞くには死にかけたようなのに」
「それはまだ分からんが――『面白い』とは思っとる」
「『面白い』、ね――そんな言葉で片付けられるようなもんじゃないぞ、あの子は」
ヴォルフが小さな笑い声を出す。その様子にマンジはこれまでとは違う意味で背筋に冷たいものが走るのを感じた。
「お前あの子の『やらかし』についてはどこまで聞いてる?」
「――魔術が暴発してメンバーを傷つけてしまったってのは」
「そらちょっと生やさしい表現だな。近くにいた魔物もろとも全滅させかけたんだよ、あの子は」
軽い調子で語られる言葉に思わずマンジは絶句する。その様子を見てか見ないでかヴォルフは言葉を継ぐ。
「ちょうどいい。こんな老いぼれの頼みを聞いてくれた礼だ。俺の話で良ければ聞かせてやるよ――どうしようもなかった俺の話で良ければな」
そう言ってヴォルフはマンジに顔を向ける。瞬間マンジにはその顔がひどく弱々しいものに見えた。
ワンダを見つけ出したのは二年前のことだ。
当時俺はレクス、ダリアと偶然出会ってもう一度探宮者のパーティを立ち上げようと動き出した矢先だった。まだ未熟だが剣の腕は確かなレクスと、法術の天才であるダリアに続いて、俺は後衛の要になるような人材を見つけ出したいと思っていた。そこで昔の知り合いであるエリックを頼ろうと思った。名前ぐらいは聞いたことあるだろ? スマウグを一緒に倒した仲間の一人だよ。
と言っても最後に連絡を取り合ったのは何年も前。それもエリックからもらった手紙で「孫娘と暮らすことになった」という話を聞いたのが最後だった。その後俺は界隈からしばらく離れて、あちこちを転々としていた。だからまあやつの住んでいるアリオス領内の田舎まで着いて、そこでやつが少し前に亡くなったって聞いたときはまあ驚いた。確かにいい年ではあったがまだまだくたばるには早い歳だとは思ってたからな。
あては大幅に外れることになったが、別の掘り出し物もあった。死ぬ間際まで一緒に暮らしてた孫娘――もう分かるだろ? そう、ワンダだ。
当時のワンダは十七。十になるかならないかのときに家族をいっぺんに亡くして、その後唯一の身内だったエリックに引き取られたとのことだった。エリックと娘は色々あって疎遠でな。手紙によれば引き取るまでワンダとも顔を合わせたことすら無かったとのことだ。
とにかく色々確認したいこともあったので俺たちはワンダから話を聞くことにした――ワンダは俺のことを知っていた。エリックから昔話でいろいろ聞いていたようだった。
エリックが亡くなったのは俺たちが訪れる大体一年ほど前。以降はこの家に一人で周辺の人の援助も受けながら生活しているとのことだった。色々と話をするうちにワンダも魔術が多少使えるということを聞いた。エリックから手ほどきを受けたのことで、そのうちに実際に見せてみると言う話になった。ひょっとしたら使えるやつかもしれない――という淡い期待もあった。
――結果から言えば期待以上だった。基礎二属性の行使でも魔術師の中では優秀な部類と言われるが、ワンダは四属性、それをさらに無詠唱で複数行使できるというとんでもない逸材。エリックが魔術の修行を完遂させる前に倒れたせいで途中からはほぼ独学で学んだらしいがそれでも素人の俺から見ても目を見張るほどだった。
当然連れて行くかどうか――と話になった。実際俺自身興奮していたし、仲間にできるならこれ以上に無い戦力になる。ワンダも
ワンダは確かに才能がある。だが一方でどれほど才能があろうが無残に死んでいったり、そうでなくてもやめていく連中も少なくない世界だ。あの通り真面目で一生懸命なようだったが果たしてこの過酷な業界でうまくやっていけるのかどうか、俺はどうしても確信が持てなかった。
一方でレクスはかなりこだわっていた。やつ自身俺に連れ出される形で田舎から出てきたのでワンダの境遇に思うところがあったのかもしれない。ダリアに関してはどちらとも決めかねるという感じでなかなか意見はまとまらなかったが、最終的には連れて行かないと言う形になった。
――が、レクスはどうしても諦めきれなかったらしい。
俺たちが発つ日の前日に話をしに行って、もし着いていきたいなら明日の明け方にここに来て欲しいと言った。レクスからしても一種の賭けだったらしいが、果たしてワンダは最低限の荷物だけ持って俺たちの前に現れた。
まあ、はっきり言って頭を抱えたな。それでも最終的に結局俺も折れざるを得なかった。「赤いたてがみ」を立ち上げるにあたってリーダーにと思っていたレクスからの推しもあったし、なによりワンダからも懇願された。
――おじいちゃんみたいになりたい。
今の俺なら違う答えを言うかもしれないが、少なくともその時の俺はワンダを連れていく腹づもりになっていた。このままではテコでも付いていこうとするだろうし、それならこちらも世話を焼いたほうが色々面倒がなくていいかもしれない――などと理由を付けてはいたが、なんてことはない。俺も結局この娘に絆されてしまっていただけの話だ。
どのみちこうなったら全力で支えて一人前にしてやるのが年寄りの役目だと思っていた――今にしてみたら虫のいい話だが。
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