探り合い(3)
「改めて、先日は討伐に参加していただきありがとうございました」
ギルド本部内の応接室の一つ。そこでステラは向かいに座った人物に頭を下げていた。レイシアだ。先日と同じく金色の髪を両サイドで縛ってまとめているが、今日は全身を覆う銀の軽装では無く、フード付きのジャケットにシャツ、細身のズボンといったラフな格好をしている。
「本当に助かったんですよー? 今回は満月が重なってたのもあって参加できる人数をかき集めてくるのも大変で……」
「…………」
いつも通り営業用スマイルを貼り付けたステラに対して、先ほどからレイシアはひたすら刺すような視線と沈黙を投げつけてくる。あまりの敵意の強さにステラは思わず身じろいでしまいたくなる。
(……だいぶ嫌われましたかねー……)
致し方ない、とは思う。今回参加してもらった――というか「させた」経緯を考えるならこの反応は妥当ではある。
「……えーと、感謝してるのは本当ですよ? 今回本当に――」
「そういうのいいから、さっさと本題に入らない?」
「あ、はい……」
ようやく口を開いてくれたが、相変わらず態度がキツい。とはいえ、想定内ではある。だから大丈夫。多分。
「……例の話、ギルドの上の方には黙っててくれるのよね?」
「ええ、約束ですから。さすがに無碍にはしませんよ」
――数ヶ月前のことだ。迷宮資源の取引をしている業者にギルドから「手入れ」が入った。
基本魔石等の迷宮資源はギルドが
そのような素材を取引しているとある業者が、不当に安い価格で買い取っているというタレコミがあり、ギルドが調査をしたうえで是正勧告を出した――ここまではいい。そして、その顧客名簿の中にレイシアが入っていたこともあまり問題ではない。
問題は――彼女が売ったものがまず大迷宮内でしか取れない素材だったことだ。
具体的に言うと一〇層から二〇層にしかいない魔物から取れる素材。それを彼女は一年ほど前から複数回に渡って取引していた。一方で記録の上では、この一年間に渡ってレイシアは大迷宮に潜っていない――仕事の関係で偶然両方の記録を見ることになったステラがある結論を出すまでさほど時間はかからなかった。
――大迷宮に単独で潜っている可能性がある。
大迷宮は基本的に四人一組のパーティで潜る必要があり、もしそれ以下――それも単身で潜っていると分かればペナルティが与えられる。最悪の場合免状取り消しまでありえる厳しいものだ。
何より――単独での迷宮潜入は自殺行為に等しい。
もし想像の通りなら――やめさせないとマズいことになる。免状取り上げの可能性はもちろんのこと、単身で大迷宮に潜り続けることは当人へのリスクに直結する。何より――二年弱で四〇層まで行くような才覚を持つ探宮者がそのようなつまらないことで自ら命を落とすようなことがあってはならない。
幸いこのことに気付いているのは今のところステラだけのようだった。ギルド側はあくまで業者側への介入が目的だったので、個別の事案は今回ほぼノータッチの方向らしい。ステラにとっては好都合ではあった。そうして別件でギルドを訪れたレイシアを捕まえ、面談をしたのが一月ほど前だ。
とはいえあるのはほぼ状況証拠だけである。向こうもそのことを分かっているからか、こちらの追求をのらりくらりとかわし続けるレイシアにステラは思いきった手に出ることにした。
――もうすぐサン=グレイルの外で大規模な討伐を行うことになっているので参加して欲しい。もししてくれるなら今回のことは上に報告しない――
脅し――と取られても申し分ないが、効果は確かにあった。これまでこちらの言葉に応じる気配が無かったレイシアが参加の意思を示したのである。
「今回は上には報告しませんが――私の想像が当たっているとしてですよ?――同じような行為を続けるようならギルドに報告しなければならなくなります。それは分かってますよね?」
「やってたらね。あたしには関係ない。違う?」
分かってないな、とステラはレイシアの表情を見て思う。あるいは分かっていても受け入れられないか。
銀星騎士団内で何があったかまでは分からないが、この一年のレイシアはパーティに属することを避けていて、それゆえ単独でもできる仕事しか行っていない。今回の話をきっかけにどうにか他の
「……第一、仮に単独で潜ってたとしてそれがなんだってわけ? いくら群れてたとしても結局自己責任でしょこの仕事? 仮にそれでドジ踏んだとしてならず者が一人死ぬだけじゃない。ギルドには関係ないんじゃないの」
「強いて言うなら自己責任だからこそ、です。危険な行為に及んで自分はもちろん周囲に危険を及ぼしたりすればそれはトラブルの元になります。それはレイシアさんなら分かりますよね?」
レイシアは黙り込んだ。ステラはそれを見ながら続ける。
「さらに言うとそしてそういう自己責任の名の元に死人が多くなると、今ギルドに国から出ている諸々の許可も取り消しになる可能性があります。そうなると自己責任うんぬんの前の問題です――ならず者が多い界隈だからこそ、自分や他人を守るための縛りは必要なんですよ」
――少々大きく出過ぎているかもしれないが、全くの嘘でもない。
――とまあ、ここまでは建前だ。それ以上に――
「あとはまあ、これは私個人の感情なんですけど……知り合いの誰かが死ぬってのはやっぱり気分が良くないもんですよ」
「……どこまで本当だか」
「もうすでにこれだけ関わっている以上、全く情が湧かないってわけでもないんですよ。それぐらいは信じてくれてもいいでしょう?」
「……チッ」
ステラの言葉にレイシアは舌打ちで返す。やはり嫌われたなあとステラは改めて実感する。
「――まあ、いいわ。言わなきゃこっちとしては何でもいいし。じゃあね」
「お帰りですか?」
「バイトがあんのよ」
それだけ言うとレイシアは立ち上がって応接室から出ようとする――と、次の瞬間振り返った。
「……あんたも
「間違いではないですよ。凄腕かどうかは人によりますけど」
「……そういうとこが嫌いだわ、あんたの」
レイシアが苦々しげな目をこちらに向けてくる。が、すぐにそれは物憂げなものに変わった。
「――あたしに世話焼いたからってあんたのキャリアが戻ってくるってわけじゃないわよ」
ドアが閉まる。ひとり面接室に残されたステラは天を仰いだ。なるほどそう見られているのか。
(――まあ全く間違いってわけではないですけど)
突然奪われた
(……やっぱり困ってるなら助けてあげたいじゃないですか)
レイシアを捕まえ面談を重ねていたこの一月ほど。レイシアの言動やあれこれを見て、これは放置してはマズいのではないかという確信を強くしている。強い絶望に囚われた魂。それこそいつぞやのワンダのような。
声も上げられず、手もうまく伸ばせずに、絶望の中で潰れていく人間を何度も見てきた。そしておそらくこれから先もことあるごとに見続けることになる。それでも――
(私のほうから手を伸ばさない理由にはなりませんよね)
とはいえできるとしても仕事の範囲内ではあるし、伸ばした等の本人に手をはね除けられてしまってはどうしようもない。やはり脅しのような手段を使ったのは失敗だったか――とステラは反省する。
――けれど。それでも。
「……このまま終わっていくってのも悲しいもんですよ」
自分以外誰もいない応接室でステラは小さくつぶやいた。
――どうして、こんなところに。
資料を持ってギルド内を歩いていたワンダは思わぬ人物と鉢合わせして困惑していた。レイシアだ。この間と違ってラフな服装をしていたが、日の光を受けて輝く金色の髪は先日と変わらない。
「ど、どうも……」
「…………」
――空気が重い。自分の顔が強ばっているのが嫌でも分かる。それでもどうにか次の言葉を絞りだそうとする。
「え、えっとですね。この間は……」
「……チッ」
舌打ちだけ返され、すぐ横を通り抜けて行かれてしまった。後に固い笑みだけ貼り付けた自分だけが残される。
分かってはいたけど泣きそうになる。というか泣く。
「……どうしたんですか。そんなとこに突っ立って半泣きになって……」
目の前からステラの声が響いた。自分の顔をのぞき込んでいる。
「ええと、まあ、自分のどうしようもなさを再認識させられまして……ごめんなさい……」
「……何があったかまではよく分かりませんが、気にしないほうがいいと思いますよ……? あ、それ頼んだ資料ですか? 受け取っておきますね」
「あ、はい……」
抱き抱えていた資料を渡し、仕事場へ戻ろうとする。すると――
「あ、ワンダさんちょっと」
ステラに呼び止められた。何だろうと思い振り返るとステラがややあってから言う。
「えっと……今日のお昼空いてますか?」
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