探り合い(2)

 資料自体は即座に集まった。こういうときワンダは確かに早いほうだとは思う。


 ステラが持ってくるように言ってきた資料は四人分。そのうちの最後の一人をキャビネットの中から探していると、一つの資料のところで思わず手が止まる。


 レイシア・メルクリウス。


 レイシアの個人ファイル――そのことに気づいて周囲を一通り見渡してから、ワンダはハッとする。なぜ自分はこれを見ようとしているのか。


 そもそもこれがあのとき組んだレイシアのものとは限らない。同性同名はともかく、このサン=グレイルにレイシアという名前の探宮者エクスプローラーが何人いるのか。自分は彼女の名字すら知らないというのに。第一――


「その人が気になるのー?」

「ふわあっ!?」


 突然声が響き、ワンダは飛び上がった。振り返るとアルカがこちらのほうをのぞき込んでいる。一体いつ背後に立ったのか。


「びっくりさせないでください……!?」

「あははーごめんごめん。ついクセでねー……あー、この人か」

「? 知ってるんですか?」

「ここ数ヶ月ちょっと良くステラが持ち出してることが多いからねー。確かこないだの討伐の前後にも持ち出してたよ」

「討伐って――こないだのわたしが参加した?」

「そそ」


 そうなるとほぼ確定かもしれない。しかしそうなると気になることも出てくる。


「ステラさんはなんでこの人を……」

「まああたしは基本言われるがまま資料出してるだけだしー? ただまあご執心って感じはするね」

「ご執心?」

「そ。ワンちゃんと同じ感じ」


 自分と同じ――となるとこの人もワケありということなのだろうか。アルカが続ける。


「なんかたまーにこういうことあるんだよねえステラ。仕事の範囲内ではあるんだけど過剰に世話焼いちゃうというか……で、ワンちゃんはどうなの? この人のことでなんか知りたいことでもある?」

「えっと……」


 気になっていることがある――のは事実だ。


 この間の一件より以前に自分はレイシアの姿をどこかで見ている。それもかなり至近距離で。しかしここ一週間近く思いだそうとしているが、どこで見たのかまるで思い出せなかった。そのことがどうにも気持ちが悪く、頭の中でずっと引っかかっている。


 実際ファイルの名前を見た瞬間、何かヒントがつかめるかもしれない――と思ったのも確かだが――


「見るならあたしはちょっと外出てるから急いでねー。あ、もちろん持ち出したりするのは無しだよ?」

「え、いや、あのその……」


 ワンダが次の言葉を考えているうちにアルカは入り口のほうへと行ってしまった。後に残されたワンダの手元にはレイシアの個人ファイル。それを見ながらワンダはしばし逡巡する。


 やがて意を決し、ファイルを開いた。周りの様子を伺いつつ、必要そうな情報だけをなるべく拾い集めていく。


(とはいえ――)


 実際問題としてアルカが見逃してくれるぐらいではあるので、たいした情報は載ってはいない。所属している・していたパーティ及びクランの情報。ギルドに納めた魔石や素材の量とそれへの支払額――じっくり読んでいれば見えてくるものもあるかもしれないが、あいにくあまり時間はかけられない。


 それでも、思わず目を見張る情報はある。


(――銀星騎士団!? 確かにそれぐらいの場所にいてもおかしくない動きではあったけど……)


 ワンダの決して長くない探宮者としての生活の中でも銀星騎士団の名前は何度も耳にしたことがある。サン=グレイル内のクランの中でも最大の規模、そして下層へアタックできるほどの実力を誇る集団。ワンダに取っては天の上の存在だ。


 レイシアはそのクランに三年前に入団。内部での競争も激しいはずのそこで順調にキャリアを伸ばし、一度ベテラン団員に随伴という形ではあるが四〇層近くにまで到達。無事生還している。ヴォルフの方針もあったが、それより遙か手前の二〇層前でドロップアウトした自分とはえらい違いだとワンダは思う。


 しかし一年前に突然退団している――理由は“銀星騎士団内における団規違反のため”。以降はどこのパーティにも所属せず、単独でもできる仕事を請け負いながら細々と活動している。


(……うーん……?)


 ワンダはファイルを閉じ、しばし天を仰ぐ。ファイル内の情報をざっとあさって見たものの、ヒントどころかむしろ謎が深まった印象がある。


 ひとまず脳内を整理する。


 ワンダがレクスたちのパーティを抜けたのが半年前。レイシアが銀星騎士団を抜けたのが一年前。ワンダがサン=グレイルに来た当時レイシアはすでにそれなりの階層に進んでいるようなので接点はほぼ無いに等しい。


 可能性があるとするなら――一年前から半年前までの六ヶ月間。ワンダの不調が始まり、潰れるまでの期間だ。


 この時期のワンダの記憶ははっきり言ってあいまいな部分も多い。嫌な出来事はひどく鮮明な一方で、それ以外の事柄には記憶に靄がかかっている。この時期なら見たことがあっても思い出せない、というのにも説得力があるのだが――この一年と少し、レイシアは記録の上では大迷宮に潜っていない。迷宮外の仕事を細々とやっているだけだ。


(絶対、この辺だって思ったんだけどな……)


 正直、ギルド本部内やサン=グレイルの街中で見たことがある――というほうが記録の上ではしっくりくる。しかしワンダの中では「そうではない」という感覚のほうが強かった。大迷宮かそれに準ずる場所――何かしらの戦いの場――そういう場所で極めて至近距離で彼女の姿を見た。そんな気がしてならない。


 ――気になることはもう一つある。彼女の動きだ。


 あれは日常的に魔物との戦いに身を置いているもののそれだが、彼女の記録を見ても魔物と積極的に戦わなければならないような仕事は受けている形跡がない。単独でも受けられる安全な仕事が主で、単身で複数の魔物をいなさなければならないような仕事はほぼ皆無だ。しかしあの動きは――


(……一人で……?)


 ここまで考えてワンダはとある可能性に行き着く。確かにこれなら色々と納得はできる。しかし一方でもし本当にそうだとしたら……


(……あの人、だいぶ危ない橋を渡ってるんじゃ……?)

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