嵐のあと(3)
「おー、お疲れさん。今日はお互い大変じゃったのう」
「…………」
馬車の外に出てきたレイシアをマンジは努めて呑気な声で出迎えた。さっきまでと比べてみても明らかに機嫌が悪くなっている。さすがに少しばかり体の奥が緊張するのが分かった。
「……呑気なもんね、あの女のせいで死にかけたってのに」
「そりゃあまあそうじゃが、こうして生きておるし、それだけで万々歳じゃ。そうじゃろ?」
「おめでたいわね。いつか足下すくわれるわよ」
「そんときゃそんときじゃ。違うか?」
「――私はごめんよ、そんなの」
マンジは心の中で天を仰いだ。本質的にはさほど悪いやつではなさそうだが、やはりどうにも頑なだ。合わせられないほどではないが、どうにも噛み合わせが悪いと感じてしまう。
「というかずいぶんな物言いじゃのう。助けてくれたのは確かじゃろうに。実際ジリ貧じゃったろうが」
「倒す必要なんかなかったからあれでいいのよ。残ってた連中と適当なタイミングで撤退して他の連中と合流すればそこで終わりだったでしょ」
「そりゃ、まあ……」
「それなのに一人で勝手に突っ込んで、申し訳程度に『逃げろ』って――そもそも――」
――戦えるなら出し惜しみすんな――
小さく吐き捨てるように言ったのが、確かに聞こえた。そんな彼女の言葉にマンジは気になっていたことを思い出す。
「……そういやお前さん、ワンダが暴れ出す前にえらい警戒しとったな。あと『巻き込まれる』だのなんだの……ありゃ、どういう意味じゃ?」
「……明らかに様子が変だったでしょ。あんたが呑気すぎるだけ」
「そりゃあそうかもしれんが……」
「この界隈、戦いの時だけ人格変わるやつなんてしょっちゅう見るでしょ。明らかに目が据わってて周りが見えてなさそうだったから警告しただけ」
確かに筋は通っているが……なんだかしっくりこなかった。とはいえこれ以上突き詰めても満足のいく回答は得られないだろう。
――とマンジが思った矢先、レイシアの鎧の胸元近くが不意に目に入った。
鎧の表面についた何か削り取られたような跡。それはなんだか星のようにも見えるものだった。いやもっとよく見ると星部分から何か線が伸びていて、箒星のようにも見える。
帚星――流星――
「……そうか、そういうことか」
「?」
「お前さんのその鎧、どっかで見たことあると思ったんじゃが……ようやく思い出したわ。お前さんのそれ確かぎんせ――」
――マンジが言い終わるように前に、冷たい刃の感触がのどにあった。レイシアの持つ短い方の剣。それをマンジの喉に突きつけている彼女の顔はこれまで見たどの表情よりも殺気に満ちていた。
「――今度その名を私の前で出してみろ。その前に喋れなくしてやる」
「分かった――分かったから、そいつを、どけてくれ」
背筋にじっとりと嫌な汗をかくのを感じながら、マンジは落ち着いた声を出すように努める。それでも自分の声がうっすら震えているのが分かった。
やがて、瞬間的な怒りも収まったのかレイシアが短剣を喉から離す。先ほどまでの押しつぶされそうな殺気こそ無かったが、その纏う空気は暗く冷たい湿気に満ちていた。
「……頭冷やしてくるわ。帰るときになったら呼んで」
そう言ってレイシアは森の中へとスタスタと去って行った。その姿が消えたのを確認してからマンジは大きく息をついてしゃがみ込む。
立場上、ある種のデッドラインを踏み越えないようには気をつけてはいるつもりだが――今回はどうやら特大級のものだったらしい。それだけあってほぼ「決まり」になってしまったが。
(適当に誤魔化しておけばいいじゃろうに……あれじゃほぼ「元関係者だ」って言ってるもんじゃろうが)
流星のシンボルマーク。それを揃いの鎧に彫り込んだものたち。それが示すものは、このサン=グレイルにおいてたった一つ。
銀星騎士団――サン=グレイル内で活動するクランにおいて文字通り最大の構成人数と実力を誇り、また極めて特殊な立ち位置に属する集団。
ある程度出自や家柄のはっきりしているものしか入団することが叶わないうえ、内部でも厳しい競争が行われ、基準に満たないものは退団すらあり得ると極めて厳しい。大多数の団員の出自もあって王国騎士団ともコネが深く、王国の討伐任務に団員が参加することすらあるという文字通り精鋭集団だ。
(もし本当に銀星にいたならあの実力も頷けなくもないが……しかし、そうなるとなんで「アレ」で今フリーなんじゃ?)
ステラから聞いている話だとワンダと同じくレイシアも今どこのパーティにも属していないという。しかし仮に団員だったとして、天下の銀星があれだけのレベルの人材を放出するというのは奇妙だ。言動にはかなり問題があるとはいえ、より問題がありそうなゴロツキもうろついているのがこの界隈だし、マンジもそういう人間はしょっちゅう見る。
(あるいはそれすら許さんレベルで銀星が厳しいと見るか、あるいはなんの関係もないか――しかしあの剣幕――)
はてさて――とマンジは考える。
伝説の
最大のクランの元関係者と思われる凄腕の女。
腐れ縁だが、出自がはっきりしない“流し”の男。
そして自分。
(――ワシがもう少し信心深くて向上心もあるなら、「神様のお導き」とでも思えるのかもしれんが――)
仮に「お導き」にしても、もう少し考えてほしいとマンジは思う。今目の前にあるものは確かに強いが、リスクもあまりに大きい手札ばかりだ。
――だが。
今日のワンダの姿を思い起こす。圧倒的な力で見えるもの全てをなぎ倒すその姿を。
レイシアの姿を思い起こす。荒々しくも華麗な動きで全てを切り伏せていくその姿を。
――面白い。
(――正直そろそろ“流し”であちこちうろちょろするのにも限界感じちょったしの。そろっと次に進むなら――「面白い」ほうがいい)
夕闇が近づく中、マンジは胸の中で小さく灯が灯るのを感じた。
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