迷宮のヌシ(1)
「どうじゃ?」
「……近づいてますね、確かに」
こちらの方をのぞき込んでくるマンジにワンダは返事をする。手のひらに置かれた
ワーグをどうにか振り切り、一息ついたワンダたちは寄り集まって現状確認を行っていた。周囲をシエルとレイシアに警戒させ、ワンダとマンジ(マンジが持っているのはシエルのものだが)がそれぞれ
「あてずっぽうに走ったからどうなることかと思ったが、核には近づいておるようじゃの」
「ですね。とはいえ……」
ワンダの眉間にしわが寄る。別の問題が浮上しつつあった。
核に近づいてはいる。
具体的にいうとこちらが一カ所に留まっていると反応が強まったり、あるいはひどく弱まったりする。そしてこちらが弱まっているときにマンジの持っているものを見ると逆に強い反応を示していたりする。そしてそれが意味することは――
「……動いてますね、これ」
「……じゃな」
小迷宮の核は基本大きな魔石である。中心にある大きな魔石が周辺の霊脈に干渉して瘴気を滞留させ続けているので、これを機能停止させることで迷宮化は解除される。だが時としてこの魔石が魔物として受肉した状態で出現することがある――いわゆる迷宮の「ヌシ」となるのだ。
こうなると厄介だ。当の魔物を倒して、体内の魔石を機能停止させなければ迷宮化は解除されない。おまけに周囲の地形を迷宮化させるだけの魔力を有した魔石が核になっているだけあって、弱い魔物であることはまず無い。
「まさかよりによってヌシがいるなんて……」
「予想はできてたことでしょ。それにそいつを倒せばいいってことよね? むしろ分かりやすくていいわ」
話を聞いていたらしいレイシアが割り込んできた。マンジはそんな彼女に呆れたような表情を向ける。
「お前なあ……そこら辺の魔物とは格が違うんじゃぞ。少なくともこないだのホブゴブリンと同等かそれ以上。正直今更ながら別の脱出手段探したいぐらいじゃ」
「こんだけ奥まで来といてそりゃないでしょ。もしここで引いてもワーグの餌食になるだけだし、だったらまだヌシをどうにかして倒すほうがマシだわ」
レイシアの言葉に「そりゃあ、まあ……」とマンジは言葉を濁す。ワンダも同意見だった。夜も近づいてきている。下手に他の脱出方法を探すよりも、このままヌシを倒したほうがまだ生き残れる確率は高い。
「……分かってるがやるしかないな。ミャオもええかの?」
「あたしはどっちでもー。いざとなったら一人でも逃げますんでー」
ミャオは手をヒラヒラさせながら返す。マンジは「気楽なもんじゃ」と苦笑した。
「よし、ワーグもそろそろこっちに来てもおかしくないし動くぞ。シエル、先導してくれ」
マンジが投げた
「その……大丈夫?」
「あー、うん全然大丈夫だよ。ワンダは無理してない?」
「わたしは……」
大丈夫じゃないかも、という返答が一瞬出かかる。が、それを咄嗟に飲み込んで「大丈夫」とどうにか返した。
「……変なことになってごめん」
「や、こればっかりはワンダのせいじゃないよー。まあ、こういう仕事してたらこういうこともあるって」
「でも……」
「それにさ、いざという時はあたしもどうにかできるだけの力あるつもりだし。今の職だってそのおかげでありつけてるようなもんだしさ。だからまあなんとかなるよ、たぶん」
そう言ってミャオは腰に下げたナイフを指差す。ミャオが
「それにさ、ワンダなら守ってくれるでしょー?」
「……その言い方卑怯」
「これぐらい言っといたほうがいいでしょ? で、どうなの実際」
「……がんばる」
「よしよし、じゃあお互いがんばろー」
そう言ってワンダの肩を叩き、ミャオは他の三人のほうへと向かっていった。その後ろ姿を見ながらワンダはしばし黙考する。
(ミャオの手……少し震えてた)
ミャオはいざとなったら一人で逃げると言ったが、それはあまりにも厳しい。はじめての小迷宮に、近づきつつある夜。単独では生存の目は限りなく低く、おそらくそれをミャオが誰より良く理解している。
自分たちが倒れれば、ミャオも共倒れになる――その事実が改めてワンダに重くのしかかってきた。より奥に進む提案をした自分の判断が今更ながらに恨めしくなってくる。
しかし、なればこそ――
(――本当に、頑張らないとな)
おそらく、ただ生き残るだけではダメだ。ここにいる全員で何事もなく帰らなければ、それは間違いなく傷になる。今の自分の状態で何ができるか――いや、ほとんど何もできないだろうが――それでもどうにかして全員生き残れるようにしなければならないのだ――自分も含めて。
(全員――何事もなければ、怪我がなければ、それで良し――何事もなければ、怪我がなければ、それで良し――)
「何してんの? 置いてくわよ?」
レイシアの声が響く。ワンダは小さく息を吸い、他のメンバーのほうへと足を進めた。
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