転機(1)
「――手元の資料によると基礎四属性がほとんど使えるってあるけどマジか? 多くても二属性が多いが――ちなみに四属性内での得意不得意とかは?」
「……えーと、ほぼまんべんなく使える感じです……強いて言うなら風系統が多少コントロールが楽な感じですかね……」
男は右手に書類を、左手で蓄えた口ひげをいじりながら続ける。
「ふんふん。ついでに――無詠唱での魔法行使? すげえなあおい。ちなみにどの程度まで? 無詠唱って言っても威力大きめのやつとかはキツいし、【火球】とか【石礫】の小規模の術ぐらいが限界だろ?」
「えっと、大規模なやつでも時間はかかりますけど術は発動させられます。それと多少工夫は必要ですけどいくつかの術を同時に呪文を頭の中で走らせたりとか……動きは少し鈍くなっちゃうんでもちろん周りの人との連携が重要になりますけど……」
「おいおいさすがにウソだろ? エリックも少し無詠唱は使えたけど複雑なやつは使えなかったぞ? 基本的に弱めの術を敵へのブラフとかそういうのに使うのが基本だって聞いてる」
エリック――ほぼ間違いなくワンダの祖父だろう。そして彼をそう呼び捨てにできる人間はそう多くない。例えばヴォルフ――あるいはレクスの父親――そう、かつてフロスト=グレイルで邪竜スマウグを討ち滅ぼした仲間たち。
そして目の前にいる男は間違いなくその一人――パック・ヒギンズだった。邪竜スマウグを討伐したパーティにおいて斥候を務め、その後も
「――こいつの話本当なんだろうな、ステラ? 疑うわけじゃねえが、エリックの孫娘とはいえ若干話盛りすぎじゃねえのか」
「本当ですよ。それに色々あって抜けましたけどヴォルフさんのパーティで一年近く戦って二〇層近くまで行ったんですから。しかも規定の最少人数でです」
「まあ、そうなんだがいまいち信じられんと言うか……」
パックは頭をかいて、こちらを怪訝そうな目で見つめてくる。ワンダは思い切って口を開いた。
「あのー……よろしいですか。わたしは結局何の用でこちらに……」
「ああ、そうだった。すまねえな、関係無い話しちまって」
パックは思い出したようにワンダに向き直る。
「まあ、ざっくり話すとな、少しばかり復帰してほしいんだわお前さんに」
「……それは
「おう。といっても迷宮に潜れってわけじゃない。迷宮の外の仕事――魔物の討伐をしてほしいんだわ」
グレイルができたおかげで瘴気と魔物による被害からはほぼ開放されたが、完全に無くなったわけではない。
今も霊脈からは時折瘴気が吹き出して被害が出ているし、まだグレイル内に生じた亀裂等から地下の洞穴を通って魔物が出てくることもある。そういった魔物の討伐はギルドから依頼を斡旋された
「ここ最近、サン=グレイルの近辺の村落やら街道で魔物の目撃例が増えててな。うちでも依頼で集めて討伐に当たらせようってことになった。だが、時期が悪くてな……」
「時期?」
「もうすぐ満月だ。あとは分かるだろ?」
「ああ……」
昨晩を思い出し、ワンダは得心した。大迷宮に潜るほうが遥かに稼げるこの時期では確かに人は集まりづらいだろう。
「色々日程も調整したんだが、被害も出てる以上これ以上動かしようがなくてな……思った以上に集まらなかった。それで早めにリタイアして、まだ免状も持ってる連中にも声掛けして協力を仰ぐことになった。もちろん報酬は通常より若干上乗せしてな」
命あるうちに
「まあ、それでも足りなくて何人か頭下げて頼んだんだが、それでもうまいこと数が集まらなかった……というか集めたがダメになった」
「ダメになった?」
「引き受けた
パックは小さくため息をつく。眉間に刻まれたしわは加齢のせいだけというわけではないらしい。
「まあ、とにかく人数が足りなくて急遽人を集めなきゃならなんだ。それでお前さんだ」
「わたし……ですか? でもわたしは……」
「事情は聞いてるよ。ヴォルフのところで色々あったってのもな。それでも記録で見る限り実力はあるようだし、リタイアしてからのブランクもそんなに無い。ここの職員にも元
「ダメですよ?」
――ステラからとても良い笑顔でピシャリと告げられパックが一瞬怯む。が、流石歴戦の勇士、すぐさま体勢を建て直す。
「……いや、その、やっぱりここは大ベテランが……」
「ダメです」
ワンダからしてもちょっと怖い笑顔の圧。パックはしばらく口をパクパクさせてからごほんと咳払いをした。――あまり見ないほうが良かった力関係をうっかり見てしまった気がする。
「それに――聞く話によると魔術の鍛錬も続けてるそうじゃないか。しかも実戦に使えるかどうかは分からんがだいぶ安定してきてると聞いたぞ」
思わぬ方向から矢が飛んできて、ワンダは腰を抜かしそうになった。それでもどうにか持ちこたえて言葉を返す。
「そ、それどこから……!?」
「そらもうここらへん一体は俺の庭みたいなもんだからな。話の限りじゃお前さんの近所に住んでるやつらの何人か、鍛錬再開してからずっと温かい眼差しで見守ってるようだぜ。……しかしずいぶん好かれてるじゃねえか。あんまり悪い話も聞かなかったし」
――今度から場所はどこか別の場所にしたほうがいいだろうか? ワンダはそう考えるが他の案が今は思いつきそうに無い。今は想像以上に底知れなく見えだした目の前の小男の話に付いていくのに精一杯だ。
と、ワンダの様子を見たステラが小さく咳払いをする。それを見たパックは少しバツが悪そうな表情で続けた。
「……あー、すまんビビらせるつもりは無くてだな……まあ、とりあえずだ。もしかしたら戦闘にならん可能性もあるし、最悪数合わせで立ってるだけでもいい。報酬も給料とは別途でもちろん出る。頼めねえか」
「数合わせ……」
戦闘要員としてはあまり期待はされていない。数合わせのための動員。
そのこと自体に全く傷つかないわけでは無いが、今のワンダの現状では致し方ない評価だった。何よりワンダ自身、戦闘要員としての自分に今の段階では不安しか持てない。
「メンツもお前さん以外は現役で固めてなるべく危険は少ないようにする。考えてみてくれねえか。と言ってもそんなには待てないんだが……」
「お話自体は分かりましたけど……」
なんでギルド長から直接話をという疑問が喉まで出かかる。話自体なら直の上司であるステラからでも良いはずだからだ。が、パックの隣で立つ彼女を見てワンダは口をつぐんだ。
そもそも半年前、ボロボロの状態のワンダを見かねてギルド内の職を紹介したのはステラである。そんな立場で、「ギルドの都合で復帰してほしい」という話はムシが良すぎるし、何よりワンダの心情を思えば言葉は濁るだろう。ワンダの中で昨日のステラの言動にうっすら感じた違和感が氷解した。
「で、どうする? なんならこの場で決めてくれてもいいが。時間もねえし」
「具体的に言うと」
「……討伐自体が明後日だから明日までには返事が欲しいとこだな」
……どうも本当に急な話だったらしい。ワンダは少し考え込む。
不足している人員の数合わせ。危険は全く無いわけではないが、なるべく無いような配置にはする。給与とは別に報酬も出る。何より迷宮に潜るわけでは無い――
だが、しかし、それでも――
「……少し、考えさせてもらってもいいですか」
それがいまワンダの出せる精一杯の結論だった。
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