第1話 美しい少女、異世界に転移する

 死とは唐突に訪れる。

 友達と遊んでいる時、家にいる時、エッチしている時、学校の帰り道。

 思いがけないところで、思いがけない出来事に見舞われ、思いがけない死に方をする。

 私もその1人。


 でも、私の場合はまだ運が良い。

 だって、美しい女の子に殺されたのだから、これ以上の幸福はないはずである。

 幸福なはず……そう思っていたけど…。


「……何で生きてるの?」


 青々とした空を眺める。

 美しい肌を守るように木陰で寝転び、頭の中で何が起きたのか整理していた。

 お腹にあった痛みは癒え、気づけば草原の上で寝転んでいた。


 この状況は……ドッキリと言われた方がまだ許せる。

 もしかして、私には隠された力が!……なんて思うはずもない。

 でも、この展開はどこかで見た記憶がある。

 ……そう!今流行りの異世界転生だ。


 自身の好きな小説によくある展開。と言うか絶対にあるイベントだ。

 大体トラックに撥ねられるイメージが強いが、私の場合は何故か刺された。

 兎に角、ここが異世界となれば話は早かった。

 スマホを取り出して、カメラを起動する。

 一体、どんな美少女になっているのか期待の心を持つ。


 内カメラに切り替えた瞬間、わたしは感嘆のため息を吐いた。


「うわー……なんて美しいのかしら」


 黒ダイヤのように美しく長く伸びた黒髪に、童話のお姫様のように整った顔立ち、さらに日に当たったことを知らない白い肌。

 美しいその少女の正体は神楽舞桜。私自身の姿だった。


 ふふ、我ながら惚れ惚れとするわね。

 まあスマホやら、制服を着てる時点で容姿は変わってない可能性は考えていた。

 その予想は見事に的中。自撮りを何枚か撮って、スマホをポケットにしまった。


 しかし、これでは異世界『転生』ではなく、異世界『転移』だ。

 しかも、ここが異世界だと言う証拠は1つも掴めていない。今は何となくでしかない。

 それに私の肉体は一度死んだはず。どうやって生き返ったのか?物理法則から逸脱した事象に、天才的な脳みそは悲鳴を上げる。


 いくら考えても答えが見つからない。

 だから私は……考えるのをやめた。

 

「とりあえず、周囲に何があるのか探索した方が良いかな?」


 しかし、制服で歩き回るのは気が引けるな。

 近くに置いてあった鞄に手をかける。

 ……何の疑問も持たなかったけど、何で自然と置いてあったの?

 まあ神からの土産と思うことにする。


 中を確認すると、学校から出てきた時と同じ状態で教科書やジャージが入っていた。

 私が死んだ時点での荷物のようだ。

 とりあえずジャージを取り出して、着ている制服と交換する。ヌードシーンだぞ喜べ。

 制服を畳み、来たるべき日のために鞄の奥に封印。


 それと同時にアレを取り出す。

 パンパカパーン!ひーがーさ!日ー焼ーけー止ーめ!

 肌の白さを保つための必需品達だ。

 でも、これだけでは心許ないな。

 こうなるとわかっていれば、もっとたくさん持っていたのだけど。

 まあ普通の人は、こうなるとは思わないから仕方ないよね。


「さぁーって、どう進もうかな?」


 前には見渡す限りの平原、背後を振り返れば木々が生い茂る森。

 現代っ子の私にとっては森は厳しいと言えるだろう。

 でも、日に当たりたいか、当たりたくないかで言ったら、無論前者だ。

 しかし、日傘があるとは言え、日の下はあまり歩きたくはない。暑いし、片手塞がるし。

 そうとなれば決断は早かった。


 背後を振り返り、森の中に足を踏み入れる。

 人が通れるだけの道はなく、けもの道らしきところを通って行く。

 木の枝や葉っぱでお肌を傷つけないように、最善の注意を払いながら進む。

 どこに向かっているのかわからない。この先に何があるのかさえもわからない。

 無闇に歩きながら、人がいるところを目指す。


 しばらく森の中を歩き続けると、私は本当に運が良いと実感する。

 日が暮れることを覚悟したが、想定より早く見つけることが出来た。


 目を向けた先には木造の家が並んでいるのが見える。

 そう私が追い求めていたのは人気のある民家や街、あるいは村。

 どこでも良かったが、今回は村っぽい雰囲気を感じる。

 家の数は少ないし、人々が行き交うが人数は少ない。

 割と小さめな村だと推測される。


 私は確信する。

 アレぐらいの小さな村だったら、私の美貌を持ってすれば、数時間で掌握できるはずだと。

 まずはあそこを居住地として滞在して、情報収集と可愛い女の子の確保。

 そして、出来れば家も欲しい。営める愛の巣的なものが。


 とりあえず、村に入らないことには何も得られないので近づく。

 村は柵で囲われており、普通に入ることは禁止されていると見受けられた。

 別に飛び越えることは可能な高さだが、それは無作法というもの。

 それに美しい少女としては、しっかりと丁重な手続きをして私を印象付けたい。


 村の外周を見渡し、一箇所だけ柵が置かれてない、入口のようなものを発見する。

 そこには武装した人が門を守るように立ち、出入りする人に挨拶を交わしている。

 あそこに違いないと歩みを早めた。


 まずは門番の人に話を聞こう。

 私の美貌を持ってすれば籠絡させて、あの男の知る情報を全て聞き出せるはすだ。


「あのー、お兄さん、ちょっとお話良いですか?」

「あ、はい。何で……しょうか」


 アニメのような作り声で男に話しかける。

 これで大体の男は堕ちる。

 それはそうだろう。こんなにも美しい少女に話しかけられて嬉しくない人はいないはず。

 女の子にもウケも良い。罪作りな女ね。

 しかし、今回は反応がおかしい。

 まるで異物を見るかのような、悍ましい存在を目にしたかのような、嫌悪の目をされる。


「お兄さん?」

「ま、魔女が現れたぞ!」


 突然、男は叫び出す。

 頭にハテナが浮かび、もう一度聞こうとするが男は聞く耳持たず槍を構える。


「ち、近寄るんじゃない!そんな奇抜な格好をしても騙されないぞ!」


 奇抜とは酷い!こんなに素敵なジャージ姿の女は他にいないだろ!

 しかし、どうしようか?

 この殺気……このままでは本当に殺される。

 逃げ出せば、私は完全に悪者になるし、話し合いも無理そう。

 ドギマギしていると、男は槍を突き出し叫ぶ。


「死ね!魔女!」


 戦わないと!


 そう心に思った瞬間、槍を避けて、柄の部分を掴んだ。

 その状態から柄の部分に踵落としを喰らわせ、男の手から槍を落とす。

 男が動揺している隙に槍を拾う。


 まさか女の子を守るために身につけた護身術がここで役に立つとは。

 他にも剣道や棒術、薙刀、空手、柔道、合気などなど、武術と呼べるものは一通りやった。

 でも、本物の槍を使った実戦は初めてだ。

 棒術と護身術の両方を合わせて対応したが、一瞬の迷いがあれば死んでいた。


 最悪の事態は免れたが、別の悲劇の始まりでもあった。

 不意に頭を小突かれる。痛くはないが不快な感覚。

 その出所を見ると、柵の向こうに1人の少年が手に石を持っていた。

 まさかと思っていると、少年は石を投擲してくる。


「……僕の……僕のお母さんを返せ……返せよ!」


 少年の声を皮切りに、民家の人がゾロゾロと現れる。

 武器になりそうな農具を持つ者、少年のように石を持つ者。

 拒絶、畏怖、嫌悪、ありとあらゆる負の感情が私に突き刺さる。

 絶対に近づかせない。絶対に入らせないといった意志を感じた。


「森ん中に帰りやがれ!このクソ野郎!」

「その醜い姿を2度と見せないで!」


 罵詈雑言を浴びせながら、石を投げ続ける。

 流石の私も居た堪れなくなり、鞄を傘にして踵を返した。


 0話の冒頭に戻る。


 異世界どうこうはさておき、命は助かった。

 腕に良い球……良い石か、当たったけど外傷は1つもないのでもう気にしない。

 それよりかは、チクチク言葉で心を抉られたことの方が痛い。

 こんな美しい少女に醜いだなんて、ツンデレレベル100ぐらいのツン具合だ。

 ……いや、アレはガチで言ってたよな。

 クッ!この世界では美的センスが違うのか!


 森の中で1人項垂れる。

 はぁ……こういう時、慰めてくれる女の子がいれば良いんだけど。

 しかし、ここで私の嗅覚が反応する。


「クンクン……これは……女の子の香り!」


 その時の私は獣と言っても差し差し支えなかった。

 目に見えない獲物に目掛けて、一目散に走り出し、慣れない森の中を自分の庭のように駆けていく。

 しばらくすると目標の獲物を発見する。


 それは年端の行かない少女で、無防備に森の中で力なく横たわり、スヤスヤと寝息を立てている。

 その姿はまるで王子様を待つ白雪姫のように見える。


 少女を見た瞬間、飢えた獣はピシッと背筋を伸ばし、王子のような優雅さを身に纏う。

 寝ている少女に近づき、容姿を確認する。

 純白に輝く美しい髪、まだ成長の余地を残しているのに美人と確信できる顔立ち。

 これは歴代の女の子でも上位に食い込む。

 見た目から察するに10代前半……小学生6年生くらいだろう。

 うーん……ギリゾーン内か。

 だが、私は寝込みを襲う趣味は……ちょっとはあるけど同意の上でしかやらない。


「コホン……可愛いお嬢さん。こんなところで寝ていたら襲われますよ」


 年上のお姉さんのような落ち着いたボイスを耳元で囁く。

 我ながら、めっちゃ良い声を出せたと自負できる。

 その声に反応したのか、少女は目を覚まして周囲を見渡す。


「あ、目が覚めましたか」


 再びお姉さんボイス。

 経験上、これで堕ちなかった女はいなかった。

 しかし、先の件で少し怖い思いをしたので、少々距離を取る。


「……お姉……さん?」


 寝ぼけた頭を起こし、目元を擦る。

 そして、少女は私の顔をマジマジと見つめ、慌てた様子で跪いた。


「し、失礼しました魔女様。どうぞご無礼をお許しください」

「……はい?」

「どうぞ、哀れな奴隷にお仕置きを」


 まるでお仕置きされるのを懇願するような、嬉しそうな目で祈りのポーズをする。

 どうやらこの世界には私のわからないことが多すぎるようだ。

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